27 地下墓地(コックリ)
■コックリの視点
揺れ動くランタンの灯りが、おうとつのある岩肌の影を妖しく動かす。
何かの体内にいるような、そこはかとなく不吉さを感じさせる妖しい影だ。
オレンジ色の灯火の中で、女性たちの表情は緊張と恐怖に強張る。彼女たちの緊張がこの暗闇の空間を不気味なものに変えているのかもしれない。
俺は今、地下墓地の入り口にいる。
表面の粗い岩肌に、アーチ状の石組みと両開きの扉がはまっている。地下墓地への扉だ。若い僧兵が鍵を取り出すと、薄暗闇の中でガチャリと扉の鍵が外れる音がした。この中に墓地があり、フェルメーテの遺体があるという。しかも惨殺死体が。
早く調べたいと思っていると、若い僧兵が扉に手をかけ震えている。ああそうか……
「どうした?」 と僧兵隊長。
「はっ! い、今!」 僧兵は手に力を込める。
「代わりましょう」
と俺が扉の前へと進むと僧兵はホッとした表情を見せた。
やはり、僧兵とはいえ若い女性だ、怖かろう。特に聖地では魔物の討伐でその死体を見ることはあっても、人の死体を見る機会はないだろうからな。俺は取っ手に手をかけるとまずは小さく開けた。途端にヒョウッという風の鳴く音と真冬のような冷気が扉から抜け出し、首筋を、肌をゾクリとさせる。と同時に独特の腐臭が冷たい風に乗って出てきたが、俺はそのまま押し開け、中へと歩を進めた。
ここが地下墓地か……中は凍える寒さと真の闇に包まれている。
霊力で五感を極限まで高めた俺は、月のない新月の夜でも星のわずかな明かりを頼りに数百メートル先の物体が何なのか判別できる目を持っているが、そんな俺でもここではせいぜい十数メートル先までしか見えない。俺の視線が届く範囲では、床は石畳が敷き詰められ扉から真っ直ぐに通路が延びている。その通路と平行するように石の棺が等間隔に列なっていて、その石棺の頭側には文字の刻まれた石板が立てられている。墓標だ。
とその時、俺の周囲が明るくなった。僧兵が壁に備え付けられた燭台の幾つかに火を灯したようだ。凍てつく闇にオレンジ色の光が瞬く。人にとってはわずかな灯りだが、俺の目には充分でおかげで地下墓地の広範囲を見渡せるようになった。
ここは天然の洞窟を利用した墓地のようで、高さが二十メートルはあるドーム状の洞窟が広がり、また等間隔に並ぶ石棺が見渡す限りに広がっている。よく見ると墓標に名が刻まれていない石棺があるのは、まだ誰も入っていない物なのだろう。とその石棺群の中央に大きな影が。数段高くなった場所に大きな祭壇が設けられ、その祭壇の前に装飾の施された石棺が坐している。そうか、あれが恐らく聖女リオテールの亡骸を安置し祀っている石棺だろう。
「遺体はどこですか?」
「はっ!祭壇の手前です」
俺はランタンを受け取ると、先頭に立って通路を歩く。ふむ、まるで森のようだ。冷たい石棺の森。寒さゆえに腐ることなくミイラ化していくため独特の腐臭が場を包んでいるが、氷室のような冷たい空気は臭いを軽減させてくれる。しかし、一際大きな祭壇に近づくにつれ、霊力で強化した俺の鼻に、別種の臭いが感じられてきた。ミイラとは異なる血と臓物が放つ異臭が……
先に進むにつれ皆もそれが分かってきたのか、彼女らの発する緊張感が背中に伝わってきた。
「し、神殿騎士様!そ、その先に!」
耐えかねるように若い僧兵が震える声で叫ぶ。そのおびえた様子が、フェルメーテ修道僧の遺体の酷さを物語っているようでシスとアルシャーネ司祭は青くなって、お互いの手を握りしめた。聖女の再来と謳われるアルシャーネ司祭でも、この聖地にいる限り惨殺死体など生まれて初めての経験だろうから、この反応は当然だろう。
「ええ、分かります。その石棺の向こうですね?」
臭いで分かる。石棺と墓標で見えないが、石棺の二つ先から、屍臭が漂ってくるからだ。俺は手甲を外すとシスに手渡し別の手袋をはめた。
「皆さんはこちらで待っていてください。まず私が遺体の状態を確認して、酷いようでしたら綺麗に施しますので、そうしたら呼びます」
「で、ですが! 私たちの仲間です! 私たちがせずに神殿騎士様にさせるなんて!」
「いえ……仲間だからこそ、もし無惨な姿でしたら彼女もきっと見られたくないでしょう。部外者の私が適任です」
「……」皆がアルシャーネ司祭を見た。
「代わりに皆さんで冥福を祈って上げくださいますか?」
「はい……お頼みします」
「コ、コックリ。わ、私は!」
「シスもそこで待っていてくれ。いや、明かりをくれるか?」
「は、はい!」
そう言うと、シスは光の精霊ウィル・オー・ウィスプを呼び出し俺の頭上に浮かせた。途端に白い光が周囲を照らす。そしてそれが合図であるかのように皆が祈りの言葉を唱え始めたことを確認した俺は、一人で二つ先の石棺の向こうへと向かった。
と……
「っっ!!」
俺は思わず息を飲んだ。その光景に。
声は漏らさなかったから、シスやアルシャーネ司祭たちは気づかずに祈りを捧げている。
俺は心の中でうめいた。「これは酷い」と。
石棺と石棺とのわずかなスペースに、その死体はあった。確かに惨殺死体だった。
死体は仰向けに倒れている。そして上半身があり得ない方向にくの字に折れている。修道服は無惨に引き裂かれ、ほぼ全裸に近いため体の至るところにつけられた傷が見て取れて痛々しい。発見した修道僧は卒倒したというのもうなずけるし、僧兵が「直視できませんでした」と言ったのもうなずける。直視せずに正解だ。
本当に酷い状態だ。特に酷い場所は乳房と腹部か。柔らかかったであろう両方の乳房は抉り取られ胸骨が剥き出しになり、また腹部が広範囲に裂かれて内臓の大部分がないように見える。惨殺……というより「食い殺された」という方がしっくりくるだろう。
死体から目を外しざっと周囲を確認する。まず、汚冥界と繋がりを持ちそうなモノは見当たらない。あるのは石棺だけだ。そしてフェルメーテ修道僧を食い殺したと思われるモノの痕跡も、見える範囲にはなさそうだ。俺は慎重に近づくと死体のそばにひざまずきフェルメーテの顔を見た。彼女の顔は恐怖で歪み、擦り傷や血、ホコリで汚れているが……死化粧をすればキレイになるのではないか。俺は恐怖に見開いた目を閉じてあげると、胸の前でミシェリアの印をきって冥福を祈った。
「貴女の無念を晴らすため、調べさせてください」 とそっと囁く。まずは全体からだ。
「修道服がほぼ全て破れ、全裸に近い。見える範囲、身体中に擦り傷があり、粉塵で汚れている」 と心の中で呟く。ふむ、何か違和感を覚えるな。この違和感は調べながら解き明かしていこう。死因の特定から行くか。
「出血は少ないな」 と心の中で呟く。それは恐らく、殺された後食われたということを示唆するから、まだ救いかもしれない。生きながらだったら……想像だにできない。俺は遺体をつぶさに観るため彼女の体を動かし背中を上にした。と……
「死因はこれか?」 背中に巨大なひっかき傷がある。これは大きい。肉を抉る四本の爪痕が右肩から左脇腹に抜け、大量の血の跡が残っている。恐らく彼女は逃げようとしたところ、背中をザックリとやられて即死したんだと思う。
「ん? これは?」 背骨に何かが引っかかっている。四本の傷のうち一番下の傷口部分だ。これは何だ? 慎重に背骨から引き抜く。
「爪か?」 尖ってはいるが平たい爪だ。猫科の四足獣に見られる鉤爪のような爪ではなく、人のような平たい爪……人のような。
「しかし大きい」 人の大きさじゃない。幅が三センチはあるか。巨人? オーガーの仕業か? さらに痕跡を探るため視線を臀部に走らせると……
「ん? 臀部に噛み跡が」 柔らかい臀部を食おうとしたのか、歯型がある。大きな歯型だ。U字型の綺麗な。
「一枚一枚は平たい歯だ」 そう、やはり四足獣の円錐形の歯ではなく、一枚一枚が平たい人型の歯だ。やはり巨人か? でも……おかしい?
「おかしい。何だこの違和感」U字型の綺麗な歯並びだが……おかしい! おかしいぞ!?
「分かった、片側しかない!」そう、何かを噛むなら上顎と下顎の二つの歯型が着くはずだが、片側しかない。
「どういうことだ?」 臀部に複数の歯型が残されているもののいずれも片側しかない。普通は∩字とU字型の一揃いのハズ。もし巨人がかじりついたのなら、上下の歯型が残るハズ。俺はさらに探る。
「いや待て。よく見ると一方は平たい何かが圧迫した跡がある」 そう、よく見るとU字型に残る歯型の上に何かが押し当てられた圧迫痕がある。
「これは、歯茎の跡か?」 そう、固く分厚い歯茎が押し当てられた跡が残っている。
「歯が生えていない。上顎と下顎の歯の生え方が違うんだ」 そう、恐らく上顎と思われる方は歯がなく、下顎と思われる方は八本生えている……
「草食獣によくある歯型だ」 そう、草食獣の歯型だ。上顎には歯がない代わり、分厚く固い歯茎があり、そこに葉を押し当て下顎の歯で噛みきる。
「だが草食獣? 肉を食っているのに?」 肉を食っているのに草食獣の歯型? 食い殺されているのに、肉食獣でなく草食獣の歯型?
「上下の顎で前歯の本数が異なるのは偶蹄目の証拠……牛や馬、ブタの偶蹄目に見られる特徴」 そう、上顎と下顎の歯の数が違うのは偶蹄目。特に上顎に歯がないのは……「牛」。俺はそこまで見て「もしや」と思い、遺体を再び仰向けにした。そして足の付け根、秘部を探ると……
「やはり……」 思った通りだった。初見での違和感の正体がこれだ。ほぼ全裸と言っても過言ではないほど修道服が破れていたので、違和感を覚えたんだ。魔物が人を食ったのならば、ここまで服は破られない。『 別の目的 』があって、服を破ったんだ。
「強姦するために……」 そう強姦するために服を破ったんだ。彼女の女性器は無理矢理性交したことで傷だらけになっていた。傷のつき方からすると、恐らくは死姦だ。死んだ後で、無理矢理男性器を押し入れられている。
「魔物が人の女性を強姦」 それは巨人の行動ではない。巨人にはメスがいるから、人の女性と交わることはない。人の女性と交わるのは、『 体は人間で頭部が動物 』のような魔人に見られる行動だ。例えば頭部が犬のコボルト(体は小型)、頭部が豚のオーク(体は中型)、そして大型は頭部が……
「性器が裂けてしまっていることから、サイズは大型のモノ」
恐らくこれはあの魔物の仕業だ。あの魔物は、背を向け逃げ出したフェルメーテを、鋭利な爪の生えた手で襲い命を奪った。そしてフェルメーテがメスだと知った魔物は、彼女を死姦したあと、柔らかい肉を食した……
フェルメーテに残された痛ましい痕跡から、ある魔物が推察できる。
①人と同じ爪を持つ
②巨人のように大きい
③肉食
④歯型は草食獣(牛のもの)
⑤雄
⑥人の女性と交わる
この特徴を網羅する魔物は一体しかいない。それは魔人の中でも最大級、体高三メートルは越える個体も確認されている、頭部が牛の魔人……
「ミノタウロス……」




