22修道院の賓客の間6
■システィーナの視点
静かだ。
静寂に包まれた賓客の間に、赤い夕陽が射し込んでくる。
ああ凄い紅の色……
空が怖いくらい紅い色に染まって……ううん、まだらな空になってる。ところどころ朱く、赤く、紅く……複雑な茜の空……
コックリと私は、二人で賓客の間でアルシャーネさんを待ちながら、夕陽を眺めている。アルシャーネさんはちょっと席を外しているの。
「例のモノ、見つからないね……」
「ん……」 コックリは窓の外を見据えながら言う。「ああ」
そう、見つからなかったの。
二階のホールを調べたあと、三階へ上り、例のモノを捜索したの。でも……でも、やっぱり三階にも条件にあうモノは見つからなかった。
見つからなかったの。
うう~ん……どういうこと?
看護房全部を調べたんだよ?
そもそもの『仮説』が間違ってる?
仮説は①怨念が現世と汚冥界を繋ぐ扉となるけれども、②この聖霊の清廉な力が満ちる地では怨念が存在できないから、③怨念以外のモノが繋がり、④そのモノはセプトの月の三日前後に入ってきて、⑤アルシャーネさんだけに扱えるモノ(アルシャーネさんだけに聖霊の啓示があったから)……はかなり良いセンだと思うんだけれど……
一か八か、ミサを行えば……と思ったけれど、それでさらに誰かが汚冥界に堕ちたら……危険すぎるのでこれは本当に最後の手段みたい。コックリが「全ての可能性を調べ尽くしてなおダメだったら」って言ってたの。全ての可能性を……か。
ということは、コックリにはまだ何か検証すべきモノが見えているってことよね……何かしら……?
うう~ん、何かしら……
コックリを見てみると、彼は腕を組んだまま窓の外を見つめている。ピクリとも動かず、夕陽に当たるコックリ……ああ、首都ローマリアの大聖堂内で見た彫刻みたいに素敵……
ああ~、凛々しい騎士様……私の騎士様……整った顔立ちで首が太くて長くて、背中が大きくって、腰がキュッとして、お尻がどっしりして……はあ〜私の騎士様。ああ、彼は本当に私のモノなんだよね、はあ~……
じゃなくて!
うう~ん……何かしら……検証すべきモノ……
うう~ん……何?
うう~ん……
うう~ん……
ん?
あ!
もしかして……そういう可能性も……あるかな?
なぜ見つからないか……
そう、誰かが条件にあうモノを『隠し持っている』可能性!
都合の良い時、悪い時に出し入れしているの……つまり私たちが調べているのを見て、隠したという。
ああ!
そう考えればいくら探しても見つからないはず……今、正に誰かが隠し持っているから!!
ん?
あ!
一連の怪異も説明がつく?
つまり事件の発生はこう。①誰か(犯人A)が例のモノを隠し持っている。②ミサが行われる際に危ないから手放しておく。③その手放しておいたモノをたまたま誰か(被害にあった修道僧たち)が触る。④触った瞬間汚冥界に堕ちる。⑤犯人Aがミサ終了後、例のモノを回収する……
ああ、説明がつく!!
説明がつく、けれども!?
それ、悪意が感じられない!?
だって!
ミサの前に手放すとき、誰も触れないようなところに隠し置いておけば!
誰も汚冥界に堕ちることもなかったのに!
つまり、わざわざ誰かが触れるようにしたってことよね!?
誰かを汚冥界に堕とそうと思って!!
ひゃああ!? じゃ、邪悪!! 邪悪だああ!!
さっそくコックリに!
……と思ったけれど、ちょっと待てよ。待てよ待てよ……
誰かが隠し持っているということは『修道院にいる誰か』が隠してるってことよね……え?
奉仕の心を持つ優しい修道僧か
生まれながらの宿命と懸命に向き合う入所者か
聖霊に洗礼を受け聖魔法を使える司祭か
女性ながらも聖地を守護する僧兵か
ええ!?
ええええ!?
いやいやいや!!
いやいやいやっ!!
ないないない!!
それはないよっ!!
絶対あり得ない! ここにいる人たちは本当に素敵な人たちだけだもん! いや、まあ全ての人に会って話したわけじゃないけれども!!
素敵な人たちだもん!!
私は頭をブルンブルン振って、自分の恐ろしい考えを消し去る。ないないない!!
「どうしたの? 『ないないない』って」
はりゃ!? 声が出てたみたい! コックリが怪訝な表情で私を見ていた。
ひゃあ、恥ずかしい!
ん!? 待てよ。そう、コックリ……コックリなら今私が考えたことをもっと早くに考えて捜索していたハズ……なのに、そうしていない……人を疑ってない! たぶん、違うんだ!! コックリは何かの考えがあってこの修道院にいる人が悪さをしているとは考えていない……!!
私は思いきってコックリに打ち明けてみた。
「コックリ。実はね。たった今、例の条件にあうモノを誰かが隠し持っているんじゃないかって思ったの。でもコックリは人を疑っていないから、人じゃない根拠があるのよね?」
「ん?」 コックリは片方の眉毛を上げた。いきなり私がまくし立てるように言ったからかな。でもコックリは頷いた。「ああ、そうだね」
やっぱり!! 人じゃない根拠があるんだ!!
どんな根拠なんだろう!?
「うんうん! 聞かせて!」
「ああ。まあ物的証拠というわけではないが……」 コックリはアゴ髭を触りながら言った。「ここが聖地だから、ね」
「え!? 聖地だから?」
何その普通の理由! 私の表情から考えを読み取ったのか、コックリは苦笑しながら言葉を付け加えた。
「ふふ……ホラ思い出してごらん。この聖地の岩山に初めて足を乗せたときのこと」
「え!? 岩山に足を乗せたとき?」
「ああ。清廉な力で心が満たされただろう?」
ああ、うん。覚えてるわ。遠浅の海を歩いてきて岩山に足を乗せたとき、すごい清廉な霊力がほとばしったよね。本当にビックリした。心が洗われるってこんな気持ちなんだろうな。
「そう。聖地では邪悪な心が払われるんだ。死者の『怨念』が存在できないのは聖霊の清廉な力によるものなんだが、実は怨念だけではなく、生者の『邪悪な心境』さえも払うんだ」
ほあ~~、そうなんだ~~
コックリ曰く、聖地では殺人だとか強盗だとか、凶悪な事件は起きたことがないんだという。じゃあ兵士とか不要かなとも思ったんだけれど、修道院へ誰よりも早く上りたいという人たちが起こす小競り合いとか野生の獣などの捕食行動とか、邪悪な心の存在しない行為は起こるので兵士は必要なんだとか。
「そうなんだ。だから人は調べる必要がなかったのね」
「うん」
「じゃあこれからどうするの? 次は何を捜査するの? 全ての可能性を調べるって言ってたよね」
「ああ。捜索を次の段階に進めようと思うんだ」
次の段階! さすがだ。もうコックリは次のモノのあたりがついているのね?
「さすが! 次の段階! それは何を捜索するの!?」
「ああ。次は『人』を調べる」
「はっっ!?」 何て!? 「人!? はっ!?」
「入所者を調べるつもりだ」
はい!?
人を疑ってないって言ったばかりじゃないっ!!




