21 看護房(ホール)
■システィーナの視点
うう~ん……嫌な予感がする……
例のモノが見つからない、嫌な予感が……
例のモノ……
そう、セプトの月の三日以前に入ってきたモノで、アルシャーネさんに関連するモノ……
私の予想では、魔法のアイテム……
うう~ん……嫌な予感……
昨日は二階の全居室を調べて、今日は朝から一階の全居室を調べて……
見つからなかった……
見つからなかったの……
うう~ん……
これから行く場所でも見つからなかったら……推理が間違っている?
うう~ん……
と悩みながら歩いていたから、前を行くコックリが立ち止まったことに気づかなくって……彼の背中を守る硬い鎧にオデコを「ガツンッッ!」とぶつけてしまった。あいたっ! あいたあっ!
「あいたっ! 痛い!」
「まあっ凄い音」
「オ、オデコが~~」
「くく、なーにやってんだか」
額を抑える私の顔を覗き込むコックリは、もう、もう本当にイジワルそうな顔で……ああっ! もうっ!もうっ! またからかって! 私は顔が赤くなるのを感じて、コックリの頬を思い切りつねった!
「もうっ! もうっ!」
「あだだだだっ!! ち、ちが……腫れを診ようとっ!! ツメ!! ツメ刺さってる!!」
「もう~~っ!!」
「あだだだだだだっ!! ツメ!! 刺さってるから!!」
「ああん、システィーナさん真っ赤! 照れちゃって! もう、可愛い! 可愛いすぎます!」 ムギュッッ!!
「ほ、ほえええ~~~っ!!」
アルシャーネさんに抱き締められ、圧倒的な霊力で心と体がグワングワンに翻弄される私……オデコの痛みなんかすっ飛んでいったんだけれど!
ほえあええ~~!! 目、目が回るうう~~!! 湯に浸かりすぎてのぼせ上がってるのにまだ湯から出れないようなそんな感覚……ほ、ほええええっっ!!
「ああ、いい香りです~~!」
「ほへええ~~!! はひいい~~!!」
「あっと、アルシャーネ様!」 とコックリ。
「ああっ、御免なさい!」
あとちょっとで気絶というところで解放され、事なきを得る私。ほ、ほええええ……
ヘロヘロでヨロヨロになっていてしばらく気づかなかったんだけれど……コックリがずっと、さりげなく、優しく、私の体を支えてくれていた。もう~~……
ああもう、ああもう~~。
さっきまで私に頬をつねられてたのに。
うう~~うれしい~~!
「~~~~~~~~っっ!!」
「大丈夫?」と心配そうなコックリ。
「うん平気っ」私はうれしくてうれしくて、もう必死に隠したの。「ありがと……えへ」
「ああ~ん、モジモジして本当に可愛い!!」
アルシャーネさんがまた私を抱きしめたそうにウズウズしていたけれど、何とか堪えたみたい。うう~ん、本当に初めて会った時の、あの凛とした聖女様の感じがない……でも何だか今の方が親しみが持てるなあ。
アルシャーネさんは残念そうにした後、「あっと、そうでした」と思いだしたかのように後ろを振り返って言った。
「ここが二階のホールです。二階の食堂兼憩いの場です」
ほぉ~~、重厚なホールだなぁ……
石造りのホール。
トンネルをイメージさせるホール。
横幅はそんなにないけれど、奥に奥に長くて……天井はアーチ状に石を組んで、なめらかに湾曲したまま奥の方まで続いている。ほあ~、よくぞあんなに石を組んだよね……本当に凄い。その天井を支える壁には太い柱が埋まっていて、柱と柱との間の壁に窓がたくさん並んで……素敵な景色が眺められる。
左の窓からは大聖堂の精緻なゴシック建築が見えて……
右の窓からはうろこ雲が浮かぶ空と鏡面のような遠浅の海が見えて……
ほあ~、綺麗……
ここは、看護房二階の端にあるホールだ。
入所者が日中過ごせるホールだ。ホールのそこかしこに、緑鮮やかな樹木の鉢植えが置いてあって、無機質な石造りの中に存在する樹木の生命感が、心を落ち着かせる。ほうほう、樹木は樹勢があって、元気だ。手入れが行き届いている。
そしてホールには長テーブルや長椅子も置かれてあって、今も数十名の入居者の皆さんがくつろいでいる。
そんなホールに、アルシャーネさんを先頭に入ると、途端に入所者の皆さんが反応した。
「ああ、聖女さま……」「おお、アルシャーネ様」「ああ、ありがたい」
ほあぁ~、アルシャーネさんの姿をみとめた入所者の皆さんは大喜びの笑顔になった。アルシャーネさんもまた笑顔を返して……と次の瞬間。
「ひいっ!」「ひゃ、ひゃあっ!」「オ、オーガー!」
コックリを見た入所者の皆さんが次々に恐怖の声を発したので、コックリは「うく……」ともう悲痛な顔になって、肩を落とした。ああもう、ああもう~……こんなコックリ、キュンキュン来る……こんなに落ち込んでるコックリって、人魚のディートリッヒに怒られた以来にないよ~~~。大丈夫だよ~~、私はコックリの良さを知ってるもん……
私は彼を励ますためと、入所者の誤解を解くために、彼の腕を抱きしめた。怖くない人ですよって……さっきも一階で、意識のある入所者の前でそうしたら、恐怖が薄れたんだ。
「ひい……え?」「あ……」
と、予想通り入所者の皆さんの視線が私に集まって……
私とコックリを交互に見て……コックリを見る目がちょっと変わった。よしよし、成功だ。コックリも気を取り直したのか「ありがとう」と私にささやいてからアルシャーネさんに問いかけた。
「アルシャーネ様、入所者のメイが最後に目撃された場所はホールのどこでしたでしょうか?」
「はい、彼女は……そうですね」 とアルシャーネさんは、うろこ雲と遠浅の海が見える窓の一つを指して「あの窓のところにあるベンチに座っていた姿を、修道僧が目撃しています」
「では、調べてみましょう」
コックリはそういうと、そのベンチに歩いて行った。
ベンチは入り口から一番近いところにある。重度の貧血で長い距離を歩けない入所者のメイが、この場所に座るのは必然だったようね。ベンチはこげ茶色で古めかしい作りなんだけれど、しっかりとしている。人が座っていた部分だけちょっとへっこんでいて、座ることで磨かれてツルツルでテラテラ光っている。
「まず、このベンチ自体はセプトの月の三日以前からあったものでしょうか?」
「はい。おそらくは数十年前からのモノかと……」
なるほど、ベンチは相当昔からあるみたいね。
コックリはベンチを触ると、大きな体をかがめながら、ベンチの裏や下を見て回る。ああ、体が大きいと大変ね……とコックリはベンチの横に置かれた鉢を見た。そこには高さが二メートルにはなろう観葉植物が元気に育っている。
「こちらの観葉植物はいかがですか?」
「はい、それも数年前からあるものです」
「ふーむ……」
と唸ると、コックリはベンチに座った。ベンチは鎧を纏ったコックリの重みで、わずかに軋んだ。
「入所者のメイは毎日ここに座って、窓の外を見ていた……」
「はい。病療修道院の性質上、入所者が行くところは限られていて……」
うん、そうみたい。
行く場所が限られているから……今ここにいる入所者のうち何人かが編み物をしたり、刺繍をしていたり……ここは社交の場になっているみたい。
「出入口に近い……人知れず、ここから出ていくことも可能ですね」
「そうですね、可能だと思います」
うん、今も入所者がホールから出て行っている。トイレとかかしら?
「メイがいなくなったその日も、ホールには人がいたんですよね?」
「はい、夕飯時刻になりつつあり、人が集まってきていたと聞いています」
「……では、メイがホール奥に行ったということはなさそうですね」
「そうですね。もし奥に行って『ああなった』のならば誰かが目撃していたでしょうから」
ああなった……と「汚冥界に堕ちた」ことを伏せたのは、他の入所者に知られないようにだ。
実は、入所者にはこの修道院が汚冥界と繋がってしまうことは教えていない。混乱を来すし、この場を去ろうとしても行く場所がないし……そのかわり汚冥界と繋がるキッカケとなるミサを行うことをやめ、念のためところどころに僧兵も立って警戒している。
「このベンチ付近に、例の条件にあてはまるようなモノはない……奥に行った可能性も低い……」 コックリはアゴ髭に手をあてて考え込んだ。「……しかし念のため、奥も調査させてください」
「はい、承知しました」
やっぱり念のため奥の方も確認するみたい。
アルシャーネさんは一歩一歩立ち止まりながら、このホールにあるモノすべてを指差して「これは数年前にはありました」「こちらは去年あたりでした」と言いながら歩いていく。ああこのホールも居室同様それほど多くのモノはないから、次々に検証が終わっていく……
一つずつ、一つずつ検証していって……
最後の一つが検証し終わって……
コックリがアゴ髭に手を当てながら考え込む。
「条件に該当するモノは、なし…………」
「…………」
「…………」
三人の間に、コックリの言葉が重苦しく響いた。
条件に該当するモノは、なし……
嫌な予感がする……




