13 修道院の城壁内
■システィーナの視点
ああ、迷宮みたい……
シンと静まりかえる冷たい廊下……
壁に埋まる太い石柱に支えられた無機質な廊下……
石造りの廊下はとてもとても薄暗いのだけれど、窓のあるところだけはまるでスポットライトのように白く輝いていて……ああなんて綺麗なの。斜めに落ちる柔らかい光線が暗闇の院内でキラキラ輝いている。白い光に満たされたその場所に近づいて行くごとに、少しずつ暖かくなって……完全に光の中に入ると目映さと共に朗らかな陽気に包まれるの。
でも光から出ると途端に目の前が真っ暗で肌寒くなって……
まるで、昼と夜、春と冬が交互にやってくるみたい……
私たちは今、看護房へと向かって廊下を歩んでいる。
廊下は徐々に弧を描いていることから大聖堂を囲む城壁のような建造物の中を歩いているんだと思う。光が射し込む窓があるのは滑らかな弧の内側……曲線の内側に窓があって、窓に近づくたびそこから大聖堂の見事な装飾が見てとれる。ああ、本当に凄い……
凄い……といえば、やはりアルシャーネさんかしら……
暗くても前を行くアルシャーネさんが輝いて見えるの。法衣が純白だからっていうんじゃなくて、たぶん本人から輝くような霊力の波動が感じられるからそう見えるのかな……はあ、純白の法衣が本当に似合うなあ。要所要所に金糸で刺繍された、高司祭のみがまとうことを許される衣服。暗い廊下に浮かび上がるような白……本当に輝いて見える。ああ特に光の中に入ったアルシャーネさんの美しさといったらもう。艶やかな黒髪が神秘的な美しさで……はわぁ……
はわあ……お話し……してみたいなあ……
声かけたら……いけないかなあ?
どうしようか、話しかけてみようか、でも何を話せばいいか……うう~ん……あ、そうだ!
「あ、あの……アルシャーネ様……」 ちょっと声が上ずった。ああもう。
「はい、なんでしょう」 アルシャーネさんが立ち止まって振り返った。
「今歩いているここは、大聖堂を囲う城壁のような建造物内……ですよね?」
「はい、そのとおりです。この建屋には、修道僧の居室や入所患者の看護房があることから、修道僧たちは『居住区』と呼んでいます」
「居住区」
「はい。居住区は上空から見ると楕円形に近い『U字型』をしていて……先ほどいた賓客の間はU字型の左上の方にあり、今は湾曲した右下くらいまで歩いてきたでしょうか……」
「そうなんですか」
「はい、このU字型の居住区ですが……岩山の中腹から石を積み重ねて、大聖堂がある岩山の上層まで、場所によっては七階層もあるんですよ」
「七階層も!?」
七階建て……はわぁ〜凄いなあ〜、よく造ったなあ〜
と感心していたら、アルシャーネさんが優しい笑顔で私を見つめていて……はわわ、はわわわわ。こ、黒曜石のような澄んだ瞳で……穢れのない美しい瞳で……み、見つめないで〜! 私結構、邪なところがあるんです! 焼きもちやきだし、コックリのこと不純な目で見たりするときもあるし……はわわ。何だかそんな自分を見透かされてるみたいで……はわわ。
「看護房以外では、怪異は起こっていないんでしたね?」 とコックリ。ああ、アルシャーネさんがコックリを見た。ホッ……
「はい、起こっておりません」
看護房だけで、怪異が……
やっぱり、亡くなった入所者が残した怨念じゃないのかしら? 修道僧の居室でも、食堂でも、各種の施設でも、また僧兵の居室や錬成場でも、起こっていないというし……
と、コックリが先へと促したので再び歩き始めた。
ああ……窓から美しい大聖堂の装飾を眺めながら、徐々に徐々にと曲線がまっすぐになり始めたころ……
薄暗い廊下の先の先に、大きな両開きの扉が見えてきた。闇の中に浮かび上がるような両開きの扉が……
わあ、大きな扉……
高さ四メートルはあるかしら。ずっしりと重そうな扉……ここからでも分かる精緻な装飾が施された立派な扉……
「神殿騎士様、システィーナ様。あの扉より先が入所者が生活する看護房となっております」
あの先に看護房が……
行方不明事件が起こり始めた、問題の場所。ああ、緊張するなあ。あの扉から先に、汚冥界と繋がる何かが存在しているのよね。ミサを行わなければ汚冥界と繋がらないとはいえ……ちょっと不安ではある。だって怪異って、いつどんな変化が起こるか分からないんだもの……
「ふむ」とコックリはアゴ髭を擦りながら「扉で仕切られているんですね」
「はい。入所者によっては徘徊する方がおられますので、誤って外に出ないよう扉で仕切りをしております」
「そうですか。そして今のところ、怪異はあの扉から先でしか起きていない……」と念を押すコックリ
「はい、そうです」
「看護房への出入り口はあそこしかないのでしょうか?」
「奥にもう一つ出入り口があります」
「そこにも扉が?」
「はい、付いています」
奥にも扉が……でもとりあえず今のところ看護房だけで怪異が起こっている。
うう~ん、しつこいようだけれども、やはりあの看護房で亡くなった方が残した怨念が影響しているとしか……アルシャーネさんは怪異が始まる前後に亡くなった方はいないと言っていたけれど……
と、コックリが立ち止った。あら? 何かしら……?
アルシャーネさんも気がついて、立ち止まった。
「アルシャーネ様」
「はい」
「私は先ほど、怪異の捜査を依頼しました」
「はい」
そう、コックリが依頼した二つの内容のうちの一つがそれだったの。「怪異の捜査を、共に行って頂く方をお願いします」って。ちょっと……驚いたことを覚えているわ。
「依頼したからには、最大の力で貴女を護るつもりですが……」
「はい」
「ただ……怪異捜査では何が起こるか分かりません。最悪の事態は覚悟してくださいますか?」
そう、最悪の事態……
いかに伝説的な逸話を残す神殿騎士のうちの一人とはいえ、彼も完璧じゃない……怪異は予測し得ない、驚くべき形で襲いかかってくることがあって……。だからこそ、コックリはいつも一人で怪異捜査に当たっているの。誰も巻き込まないように。もちろん、ヴェネリアの時のように、関係者に協力をお願いすることはあるんだけれど、もっぱら近隣の情報収集くらいで「一緒に怪異を捜査して欲しい」だなんて……聞いたことなかった。だからちょっと驚いたの。この協力には彼なりに何か意味があるんだと思う。まだ教えてくれないけれど……
「お気になさらず」とアルシャーネさんは胸に下げたミシェリア像を握りしめた。「話しましたね。聖霊から与えられた啓示のこと」
「はい」
「私だけに与えられた啓示……」
「はい」
「それはつまり、『 この怪異に対し、私だけが行うべきこと 』があるということです……」
そう、そうなの。
アルシャーネさんは、聖霊から啓示を受けていた。彼女だけに与えられた、彼女が行わなくてはならない啓示が……
『 戻せ 』という啓示が……
「啓示から考えれば、私もこの怪異で何かをしなければならない。いえ何かを『 戻す 』ことをしなければならない。そのためには捜査に加わらなくてはならない。覚悟はできています……」
「承知しました。失礼な念押しでしたね」
アルシャーネさんは、コックリから依頼があったので協力したわけではなく、元々捜査に加わらせて貰うつもりだったと言っていた。だからこそ、司教様が話そうとしていた怪異の説明を、自ら申し出たと言っていた。
でも……戻せ……戻せ……か。
何を戻すのかしら……
汚冥界との繋がりを戻せ……
は当たり前すぎて啓示する意味がない……
聖地に何かがないから汚冥界が繋がってしまう……
聖地の何かが定位置にないから、汚冥界が繋がってしまう……そういうことじゃないかしら……? 何か盗まれた? 重要な物が盗まれた……でもそれなら気がつくか……
さあ、そうこうしているうちに、立派な扉まであと少しになって……誰かいる。
扉の両横に二名の僧兵がいることに気が付いた。僧兵もまた皆女性で……ああ、僧兵は扉の前でハルバードをガシャンッとクロスさせると、緊張した表情でコックリを見ている。それはそうよね……オーガーみたいだもんね。
「二人ともご苦労様。怪異捜査のため法王庁より神殿騎士様とパートナーのシスティーナ様がお見えになりました」
「「神殿騎士!!」」
アルシャーネさんが説明すると、二人の僧兵は期待に満ちた目をした。
ああ、いつもの目だ。怪異に悩まされている人たちが見せる、すがるような、期待するような目。大丈夫ですよ、必ず解決しますから……
僧兵はクロスさせたハルバードを戻すと、一人の僧兵が扉に手をかけた。そして重そうな扉を開けていくと、古めかしい扉の音が廊下にこだました。
ギギギギィィー……
さあ、ここから看護房だ。
汚冥界との繋がりを見つけ、二度と繋がらないように塞ぐ……
気を引き締めよう!




