↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/73

12 修道院の賓客の間4

 

 ■システィーナの視点



 静かでわずかに肌寒い賓客の間。

 全体的に白っぽい石造りの間の一画に、広い長テーブルが置かれている。光沢のある、どっしりと重そうなテーブル。片側で十名掛けられるくらいに広い。

 そのテーブルにコックリと私は並んで座っている。艶やかなテーブルを挟んで向こう側には、この聖地で最も偉い司教様がいて、その両隣には司祭たちを統べる長と修道僧たちを統べる長が腰かけている。



 と、さっきまで司祭長の後ろに控えて立っていた女性が、司教様の隣に座った。

 聖女の再来……と謳われる、高司祭のアルシャーネさんだ……



「神殿騎士様、私から説明させていただきます」



 そういうと、アルシャーネさんはペコリと頭を下げた。

 はわぁ……何て綺麗な女性(ひと)だろうか……大聖堂前で会った時は、大聖堂の美しさや怪異が起こっているかもしれないことで頭がいっぱいで気が付かなかったけれども……面と向かって見てみると……穏やかで、落ち着いた、大人の女性という印象で……

 年齢はたぶん二十四~五歳かしら……コックリよりも少しだけ上のようで……凄く綺麗……。艶やかな黒髪……キューティクルがもう天使の輪みたいで……瞳がとても綺麗な黒曜石のよう……唇もピンク色でふっくらしていて……



 ああ……凄く暖かな……霊力の……波動を感じる……

 凄い……離れていても……感じる波動……

 これは凄いことだ……



 霊力は体の内に存在するものだから、他人の霊力は感じられないのが普通なんだけれども……



 コックリに霊力のマッサージをしてもらうことがあるけれど、体に流し込んでもらって初めて暖かな霊力が感じられるのに、この方は……ただ座っているだけで大きな霊力を放っているの……。目には見えないけれど、後光のように周囲に力を放って……暖かくて、包み込まれるような優しい霊力を放っているの……。たぶん、抑えているのに内から溢れ出てしまっているんだろう。こんなに凄い霊力を持っている人に未だかつて会ったことがない……妖精王でさえも、もしかしたら凌駕しているかも……。もしこれ程の霊力で聖魔法を使ったら、どれだけの奇跡を行使できるのかしら……



 伝説の聖女の再来……巫女……

 本当にその通りだ……

 はわあ……いいなあ……素敵だなあ……

 はわあ……お話し……したいなあ……

 はわあ……お友達に……なりたいなあ……



 我を忘れて、はわぁっとアルシャーネさんを見つめていたら、アルシャーネさんが目を細めて私に微笑みかけてきて……はわわ、はわわわ……し、しまったああっ! み、見つめすぎていた!? は、恥ずかしい! 私は慌てて顔を伏せた。そして恐る恐る目線を上げると……アルシャーネさんはもう一度微笑んで……はわわ……それから、コックリに向き直って話し始めた。



「神殿騎士様。最初に行方不明になったのは、一ケ月前のセプトの月の三日。修道僧のモリアーネです」

「セプトの月の三日……モリアーネ修道僧……修道僧歴は何年の方ですか?」

「十三の頃にやってきて……そろそろ五年経ちます」

「五年……自ら出ていくような悩みや予兆はなかったでしょうか?」

「はい。彼女と同室の修道僧からは特にそんなそぶりはなかったと聞いております……」

「最後に目撃された時間と、いなくなったことが分かった時間はどうでしょうか?」

「最後に目撃されたのは三日の早朝……入所者の介護をするために皆で看護房へと移動しているところなので……四時頃でしょうか……いなくなったことに気が付いたのは、陽が上ってからですので七時くらいだったと思います」

「ふむ……早朝四時から七時の間……修道僧は一人ひとり、入所者の看護房へ行って看護をするのですね? 彼女の担当していた居室は分かりますか?」

「はい、ではまず看護房の構成から説明いたしますが……看護房は三階層の建屋となっていて、二~三階は五人部屋が四十部屋ずつと中規模なホールが、一階には五人部屋が二十部屋と、浴室や倉庫、汚物室などがあります」

「なるほど」

「彼女が担当していた居室は二階の十一号室から二十号室です」

「二階の十一号室から二十号室……そのどこかの部屋を看護していた時にいなくなった可能性があると……」 コックリはアゴ髭を触ると質問した。「その居室で直前に亡くなられた方はおられませんか?」

「はい、おりませんでした」

「ふむ、亡くなられた方はいない……」 コックリはしばらく考え込んだ。「…………」 賓客の間に沈黙が流れる。皆がじっとコックリを待っていると「……分かりました。念のため、後ほどその居室へと案内願えますか?」

「はい、承知しました」



 私はなるほど、と思った。亡くなられた方、か……

 コックリはその部屋で生活していた入所者が『怨念を残して死んでいった』と考えているのかも……。うんうん、それが一番可能性が高いよね。入所者が自らに課せられた宿命を呪い、死んで行き、結果怨念を残す……うんうん、多いに考えられる。ただ、その部屋で亡くなられた方はいないとのことだけれど……念のため、か。そう考えていると、コックリが続きを促していた。



「それでは第二の行方不明事件についてお願いします」

「はい、第二の行方不明事件はモリアーネがいなくなった五日後の夕方起こりました」

「五日後……どなたが行方不明になったのですか?」

「薬草師の修道僧フェルメーテです。彼女も十三の頃にやって来てもう二十年ほどこの修道院で薬草を育て、調合していた修道僧です」

「薬草師……二十年もこの修道院で生活し薬草の調合を担っていたら、それは彼女の人生そのもの……自らいなくなる理由はなさそうですね……」

「はい……彼女の調合薬で何名もの入所者が命をつないてきました。彼女はそれを誇りに思っていました。そんな彼女が自ら出ていくことはないかと……」

「彼女が最後に目撃されたのはいつ頃でしょうか?」

「入所者の夕食前、食後の薬を届けに来た姿を皆が目撃しています。おそらく六時前だと思います」

「六時前……いなくなったことに気が付いた時間はいかがでしょうか」

「九時の就寝時に同室の者が気が付きました」

「なるほど、夕方六時前~九時頃……どの階が最後に目撃された階か分かりますか?」

「いえ……」



 アルシャーネさん曰く、彼女はすべての階に行っている上、薬を配り終えるといつも入所者の容態を診るために見回りをするとのことで……いつもちょこまかと動いているので、食事介助をしている皆もさして気に留めることがなかったという……うう~ん、どこでいなくなったか分からない……やっかいね。



「この二人に共通点はありますか?」

「共通点は……そう……ですね……」 アルシャーネさんは修道僧長を見ると、僧長は首を横に振った。「特には……」

「そうですか、分かりました。では次の行方不明者のことをお願いします」

「はい。次の行方不明者は入所者でした」

「入所者……その方の名前と年齢、病状、いなくなった時期はいかがでしょうか?」

「はい、まずその入所者の名はメイ。年齢は四十代の女性で、フェルメーテがいなくなった一週間後の夕方に姿を消しました。彼女の病状は血液の病です。生まれながらに重度の貧血で長く動けない状態で……最後に目撃されたのは夕方五時頃……二階のホールで外の景色を眺めていた姿が目撃されています。しかし七時の夕食の時間に彼女の姿がないことに気が付きました」

「ふむ……夕方五時から七時の間……。病状は重度の貧血……自ら出ていくことはなさそうですね……いや、出ていくも何も、貧血で長く動けない……」

「はい。これで三人目……修道僧二人なら、まだ『もしかしたらそれぞれ出ていった』と言えなくありませんでしたが……動くことさえままならない入所者まで……。それゆえ聖霊に問いかけたのです……」

「……そして……『穢れた世界に』と……」

「はい。すぐさま司祭を中心に僧兵隊を護衛として組織し、この修道院内に怨念が存在しないか、汚冥界が繋がっていないか、大規模な調査が行われました」



 アルシャーネさんは静かに話し始めた。

 その時の調査は、本当に鬼気迫るものだったという。この聖霊に守られた土地で、怨念が満ち……汚冥界が繋がるなんて……あってはならないことだもの。夜を徹して、くまなく捜索されたという。室内で焚くことなど決してない松明を焚き、僧兵達に守られた司祭がありとあらゆる場所を捜索して……今でも、修道院に充満する松明のむせかえるような臭いを忘れることはできないという……



 でも……



「結果……怨念は見つからなかった、と……」 そうコックリは言った。

「はい。夜を徹した捜索の甲斐もなく、夜明けの時間が迫ってきました。夜明けの時間はミサの時間……このような危険な状況で、巡礼者を招いてのミサなど危険極まりない……中止すべき……と考えましたが……ここであることに気が付いたのです」

「三つの行方不明事件の起きた時間帯ですね?」

「はい、そうです」



 え? 時間帯? 何のことだろう? 話の腰を折るようで申し訳ないのだけれど、私はコックリに聞いた。



「コックリ……三つの行方不明事件が起きた時間帯って……?」

「ああ、第一の行方不明事件は早朝四時~七時。第二の事件は夕方六時〜九時。第三の事件は五時~七時……日に二度行われるミサと被る」

「ああ!」



 そうか、ここでミサが出てくるのか!

 日に二度行われるミサは、今の時期は早朝六時と夕方の六時に行われる。ミサは四つの章から構成され、その一つの章は汚冥界への鎮魂が目的となっている。汚冥界が関わるミサが……



「非常に判断に迷いました」 と司教様がアルシャーネさんの代わりに話し始めた。「本当にミサが関わっているか……今までミサを行っても何ともないことの方が多かったわけですし……でももしかしたら……と迷いました」

「ええ、そうですね……して、ミサを行ったのですか?」

「はい……行いました」 今度はアルシャーネさんが答えた。「通常よりも僧兵を配備して、必ず二人以上で行動するようにして、ミサを行いました」

「……結果はいかがでしたか?」



 私は思わずゴクリと息を飲み込んだ。ど……どうだったのかしら……



「……何も起こりませんでした……」



 ほー……そうか……よかった~……

 と安心したのも束の間、この後のアルシャーネさんの言葉で私は言葉を失った。



「ミサではなかったのか……そう思いましたが、短いミサの間では見落としがあったのかもしれず……巡礼者たちを帰した後、修道僧だけでミサを行いました」

「修道僧だけでミサを……?」 コックリは眉をひそめた。そして少し考え込むと先を促した。「まさか……」

「は、はい……」 アルシャーネさんは気を落ち着けるためか、一度大きく深呼吸をして、言った。「行方不明者が……出てしまいました……」



 ああ!

 ここで出てしまったのか……!

 このミサで、行方不明者が……!



「…………」 コックリは難しそうな表情になった。「そうですか。しかし、汚冥界との繋がりは分からなかった……」

「はい……」



 コックリは大きく「ふー」っと息を吐きだした。

 眉間にシワを寄せて怒っているように見えるけれど……この表情の時は悲しさとか無念さに耐えているときの表情だと、私は知っている。ああでもたぶん、「怒っている」と誤解を与えているかも……だってコックリの様子に司教様が肩を落としてしまって……



 たぶん司教様はこう思ってる。「やらなくてもよかったミサを行って、結果怪異の犠牲者を増やしてしまったから神殿騎士が怒っている」と。さらに「汚冥界との繋がりも分からず、犠牲者を増やしてしまったから神殿騎士が怒っている」と……ああフォローをいれないと……



「あの……怒っている訳ではないですよ……誤解なさらないでくださいませ……」

「ああ失礼しました。そうです、怒っている訳ではございません……こうなると、確かにミサが影響している可能性が高いですね。だからこそ、これ以降ミサを行えなくなってしまった……」

「はい……」



 ミサを行わなければ、この地で怪異は起きない。汚冥界に堕ちることはない……

 彼女たちにはそれしかなかった……

 ミサを行わない……その対応で、この地に住む者を守るしかなかったんだ……



 でも、ミサを行わないことで……たった二週間、ミサを行わないことで……

 この聖地の周囲で……死者の怨念がはびこる場所で……

 汚冥界が繋がり始めた……



 一体どうすれば……



「気を落とさず。正しい判断と思います」 コックリは続けた。「はっきりとしたメカニズムも分からない状況でミサを継続して行うことで、さらに悪化する可能性もありました。例えばこの修道院にいる全員が汚冥界に堕ちる可能性も……」

「は、はい……」

「して、この修道僧たちのミサでは、どなたが行方不明になったのですか? 修道僧ですか? 入所者ですか?」

「はい……この時いなくなったのは……」 アルシャーネさんは声が少しかすれてしまったので、一度咳払いをしてから続けた。「捜索に当たっていた僧兵でした」

「僧兵!?」 コックリは予想外の言葉だったようで、驚きの表情を見せた。「僧兵が? 捜索に当たっていた僧兵が?」

「は、はい」



 コックリは相当予想外のことだったようで、何度も聞き返していた。

 そう、この時行方不明になったのは、修道僧でも入所者でもなく、僧兵だったという。コックリは、眉間に手を当てたまま目を閉じていた。深く重い沈黙がその場に流れる。その空気からか……誰も話しかけてはいけないような、そんな気がして……誰もがコックリの次の行動を待った。



「失礼しました。僧兵は二名で組んで捜索に当たっていたんでしたね?」

「はい、そうです」

「二名とも、汚冥界に堕ちてしまった……ですね?」

「え!?」 私は驚いた。え、そうなの?

「一人が残ったら、怪異捜査に進展があったはず……それがないということと、行方不明者が五名であるということ……」

「そ、そうか……」



 行方不明者は五名だった。いきなり二名も堕ちてしまうなんて……



「警戒していた人間さえも堕ちる……」コックリは再び考え込んだ。「しかも……二名同時……」 ああ凄い険しい表情だ。こんな表情の彼は初めてかも。「…………」

「コックリ……」

「……ああ……失礼しました。僧兵が最後に目撃された場所と時間は分かりますか?」

「八時頃、大聖堂前の中庭で捜索場所を確認していた時が最後です」

「どこを捜索する予定だったのでしょうか?」

「一階の一号室から十号室までです」

「一階……何時頃にいなくなっていたことに気がつきましたか?」

「九時に中間報告をする時に気がつきました」



 九時頃……

 修道院は騒然となったという。それはそうだろう。捜査のリスクを最小限に留めるために二人体制で捜査に当たっていた僧兵たちが行方不明になってしまったんだもの……。これは確かに、ミサを行うことができなくなるのは当然だ。どんなに警戒していても、無駄かもしれない……



「分かりました。ありがとうございました。それではこれより怪異捜査に当たりたいと思います……が」

「「……が?」」 一同がコックリの言葉を待った。

「二つ……お願いしたいことがあります」



 とコックリは皆さんに向けて指を二本立てた。

 二つのお願い……

 一体何かしら……?



 ■現状までのまとめ

 前提条件

  ・聖地は聖なる気が満ちる地(怨念を浄化する力を持つ)

  ・汚冥界は穢れた魂が堕ちる魂の世界

  ・物質界と汚冥界は重なって存在するも繋がらない世界

  ・死者は怨念を残すことがある

  ・怨念が汚冥界と物質界が繋げる扉となる

  ・ミサは怨念を鎮める効果を持つ


 問題点

  ・怨念を浄化する聖地で汚冥界が繋がる

  ・怨念を鎮めるミサを行うことで繋がる

  ・どこが繋がるか分からない


 行方不明者

  ・セプトの月の三日早朝   修道僧一名

  ・セプトの月の八日夕刻   修道僧一名

  ・セプトの月の十五日夕刻  入所者一名

  ・セプトの月の十六日午前中 僧兵二名



何とか、UPできました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。