8-5 出現
絶句する私を他所に、王様はポールを掴んで風圧を耐えていた。その場で脚を折り畳みポールを足場にすると、矢のように跳躍する。下段に構えた大剣を振り上げる形で腕を狙う、が、巨人が腕を持ち上げたことで狙いが逸れ、僅かな切り傷を作るに留まってしまった。
「なら……」
着地し、王様はもう一度跳ぶ。次に狙うのはエレナちゃんが引き留めている方の腕。いざ、と振った大剣はしかし、腕に届く前に自由なもう片手に阻まれた。
巨大な手のひらに大剣が刺さる。その瞬間、フッ、と大剣の姿がかき消えた。巨人は手についたものを払うような仕草を見せるが、既にそこには何も刺さっていない。
王様は落下していた。巨人の手に刺さった大剣が消えたのだ。つまりは空中で支えを失ったことによる自由落下。落ちてくる王様を頭上に見上げ、私は悲痛な叫びをあげていた。
「王様っ!!」
届くわけもない手を伸ばす。目の前まで落ちてきた王様と、目が合って。
王様の手の内から刃が伸びるのを見た。
再び現れた大剣が、足場を組むポールの隙間に差し込まれる。そして、金属同士が擦れる鈍い音を響かせながら足場が振動した。
「わっ、とっ、と」
たたらを踏み、なんとかポールに縋りつく。心臓が、心臓がバクバク鳴っている。一点を見つめて息を整える私に、下の段から声がかかった。
「チアキ」
「え、あ、王様」
「ありがとう」
なにもできてないですけど……と、返事をする前に、王様は飛び出していた。
腕を、肩を、時に直接胴体を。王様の大剣は絶え間なく巨人を狙うが、その猛攻を巨人は片手でいなし続ける。大きな身体はそれだけで脅威だ。一撃の威力は大きいし、簡単には刃が通らない。せめて自由に動く腕が無ければと思うけど、それを排除するのにも1人では難しい。こいつをどうにかするには、王様と一緒に戦える仲間が必要だ。私じゃあどうしようもない。
テルモスさんが戻ってきてくれれば……。私は視線を彷徨わせるが、あの小さな鳥の姿はどこにも見当たらなかった。飛ばされたとはいえ小鳥の身体は軽いだろう。せめて少しでも近くに居れば良いんだけど。
他にこの場で頼れる相手と言えばエレナちゃんだけど、腕をもう1本拘束するには当然新たなロープが必要だ。それがあるか次第……いや、あったとして、これ以上あの子に負担をかけて良いものか?
確かに巨人は拘束されている。胴体と、空中で固定した腕。それぞれを光るロープでガッチリ締め付けられ、大きく見動くことを許されない。
しかしそれはあくまで大きく動くことだけだ。巨人が煩わし気に胴体を捩れば一瞬ロープが移動するし、巨腕は常により上を目指そうと震え続けていた。
それらすべてをエレナちゃんが留めている。
……駄目だ、既にとんでもない負担すぎる。この子に頼るしかない状況とはいえ、今までこんなことをしてもらっていたなんて。
私はロープを追い、エレナちゃんを見下ろした。斜めに数段下がった辺り。そこでエレナちゃんは踏ん張っている。
その片足が僅かに、足場の上を滑った。
それを見とめた瞬間にはもう、私は駆け出していた。
何をしているってそんなの決まってる。あの子を助けに行くのだ。
私じゃあどうしようもない? それはそう。その通り。私にできることは少ない。この場で一番の足手まといは私だ。でも、そういう問題じゃなかった。
こんなこと前もあった気がする。あの時とは全然状況が違うけど、思っていることは変わらない。
これをするしかない。
正しい、正しくないとかは関係ない。とにかくこれをするしかないと、それだけで私の足は動いていた。
足場の縁に立ち、下を見る。
……高い。怖い。でも、でも!
喉の奥が圧迫されたような苦しさを堪え、私はポールを掴んだ。はじめの一歩は恐る恐る、ポールを伝って下の階層へ降りていく。
子どもの頃に登り棒とかでもっと遊んでおけばよかった。そんな後悔は既に何年も遅い。おっかなびっくりずり落ちては一度ポールにしがみつき止まって、またずり落ちてを繰り返しながらもなんとか私の足は足場に降り立った。
そこで息を吐く間もなく再び走り出す。そうして次に縁に立った時、次の一歩に躊躇いは無かった。
ポールをずり落ちて、先程よりは早く下の階層に降り立つ。もう目的の子はすぐそこだった。
「エレナちゃん!」
叫び、半ば抱きかかえるようにしてエレナちゃん越しにロープを掴んだ。エレナちゃんが驚いた表情で私を振り返る。
「チアキさん……!? なんで」
「分かんない! 分かんないけど、きみにだけに背負わせたくなかった!」
きっとエレナちゃんにとって、私の力なんてものはほぼ無いようなものだろう。私は初対面の時、この子に完全に無力化されてしまったのだ。今こうしてヘロヘロの私がロープを引いたところで、一体この子の負担の何分の一を背負えていることか。
それでも。それが分かっていて尚、これをするしかなかった。
頑張る子どもを、ただ見ているだけではいられなかった。
大きく息を吸い、「ふうっ!」と吐く。そんな私にエレナちゃんはきゅっ、と唇を噛み、それから花が綻ぶように笑った。
「ふ、ふふ。んふふふふ」
「な、に……笑っ、て……!」
「優しいですのね、チアキさん」
「そっ、ん、な……」
「おかげで……」
エレナちゃんは顔を正面に戻す。そして、
「もっと頑張れそうですの!」
ぐうっ、と、子どもの体重がかけられる。
私を支えにエレナちゃんはめいっぱいロープを引く。ロープのより前方を掴みなおし、腰を落としてもう一度引く。信頼で預けられたこの身体を倒すわけにはいかない。私は足を大きく広げ、どっしり構え備えた。
ぐぐぐ、とロープが震える。実はもうあんまり腕の感覚が無い。それでも多分、力は入れ続けられているはずだった。額から垂れた汗が目の端を流れていく。不快、だけどそれを拭いている余裕は無い。いやというか……これ、いつまで続ければいいんだ。今状況は、どうなって。
汗を振り払うように、顔を上げる。
丁度その瞬間のことだった。
ロープが空中で食い止めた巨腕がロープに引っ張られ、こちらにずれるのを見た。
なんということだ。
この子は巨人を抑えつけるどころか、自分の力で動かした!
思わずぽかん、と口を開ける。しかし、驚愕していられたのも今の内だけだった。
動きを妨げられたら、どうすればよいか。
引っ張られ、どうしたって進めないのなら──引っ張られる方向にわざと倒れこんでやればいい。
突如、ロープを引く手ごたえがなくなった。
ロープが巻きつく巨腕がその動きを変え、引かれていた方向……すなわち、私たちの方に手のひらを向けたのだ!
「わ、あ、わぁっ!」
「うわあああ!」
それまで思い切り力を込めていた私たちは当然堪えることなどできず、引く力の勢いそのまま背後に倒れこむ。著しく腰を打ち付けた。痛い、痛すぎる。それでもエレナちゃんだけは腕に抱きかかえることに成功した。
エレナちゃんはパッと見どこかを怪我した様子は無い。良かった、上手くクッションになれたようだ。内心安堵の息を漏らして、はたと顔を上げた、その時には、
手のひらがこちらを向いていて、
「と」
影が落ちる。
「止まって……」
ぽつりとこぼした呟きはあまりにも小さい。
巨大なその動きが、スローモーションのように見えた。
その時、迫りくる指の隙間から覗く暗闇に、一際強い光が灯る。
一瞬後。
天から降り注ぐ、炎の柱──!




