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8-3 出現

「ユーリさん! チアキさん!」


 特徴的な声の叫びに、ハッと意識が戻ってくる。

 止まっていた頭が回り出した。今までの分を取り戻すべく、急速に思考が進んでいく。


 ここは掘削で開いた大穴の中、その足場のようだった。見れば数段階に分けて足場で階層が組まれている。この場はちょうど中間くらい、まだまだ下があるような高さの位置だった。

 そして、声は下の方から聞こえた。


「殺したくないんですの! だから、お願い!」


 巨人に巻きつく光は、よく見れば下へと伸びている。

 それを辿った先、私たちより数段下の階の足場。

 そこからピンクの大きな目が、私たちを見上げていた。


「異物さんと話せるようにして!」


 ギチリ、巨人──異物の身体に光るロープが食い込む。

 あの小さな子どもの体躯で、エレナちゃんはこの巨人を拘束していた。

 その陰から何かが飛び出してくる。


「ユーリ!」


 羽ばたき舞い上がる小鳥が呼ぶ。


「そのまま押さえてろ!」


 私はバッと隣を見た。

 あまりにも混乱していて気が付かなかったが、王様はずっとその場で大剣を握りしめ続けていた。私を下ろした後はその柄を両手で強く掴み、力を込めている。それは、ある物をそこに縫い留めるためだった。


 大剣が貫いているのは、王様を軽く包めてしまうほど大きく肉厚な、手。

 公園の土管もかくやというような指が5本伸びていなければ、とても手とは判別できない。その甲の上に、王様は片膝をつく形で乗り上げ、押さえ込み続けていた。


 びくり、と指が僅かに動くだけで、私たちの居る足場が振動する。その揺れに私は立っていられず、壁に縋るようにしながら転げてしまった。荒く息を吸い、視線を上げる。


 小鳥が、遥か頭上まで飛び上がっていた。月──いや、巨人の一つ目の辺りまで。そこで、鳥の片翼が大きく膨らむ。

 風切り羽は中身の詰まった筋肉へ。周囲の柔らかい羽は硬い鱗。羽先が尖った爪の先。

 小鳥は残った片翼を一度だけ大きく羽ばたかせると、軌道を定めて突っ込んでいく。ドラゴンの前腕を振りかぶり、そして。

 巨人の二の腕に叩きつけた!

 

 勢いでその腕が大きく揺れ動く。それでも、手と胴体で固定されたその巨躯は、崩れることが無かった。

 ドラゴンの鋭く太い爪が巨人に食い込んでいく。ギチギチと、なんだか嫌な低い音がした。なにかが擦れるような、切れるような、そんな音。

 じわじわと何かが進んでいる。しかしあと一歩が足りないような、そんな時間が数秒続いた後、小鳥が一瞬下方を確認したように私には見えた。

 

「ああくそっ、やってらんねえ」


 一瞬のことだった。


 小鳥の頭に身体、そして片翼。それらにはあまりにもアンバランスな巨大な顎が開き、バツン!

 次の瞬間にはそれはクチバシに戻っていて、しかし嚙み千切られた巨腕がそのドラゴンの腕にしっかり掴まれていた。

 

 あまりにも一瞬過ぎて、この目で見えたことが正しいとはとても思えない。

 それでも確かにあの瞬間だけ、小鳥のクチバシはドラゴンの顎になっていた。


「放していいぞ!」


 テルモスさんの声を合図に、王様が大剣を引き抜く。それからパッ、とテルモスさんがその爪を開けば、どぅるり、とそれは何かの生き物のようにうねりながら足場の上を滑り、重力に従って落下していった。数秒後、地響き。

 王様が一度大剣を振り払う。その動きを目で追っていると、バサリと羽ばたく音がした、見れば、両翼を取り戻した小鳥がそこまで飛んできている。


「ユーリ。今のをもう一回やる」

「武力を奪うのね。そのまま倒してしまう心配は?」

「無い。このくらいじゃこいつらは死なねえよ」

「そう。ならばやりましょう」

「頼む。ただし、次はおまえがあっちだ」


 そう言うとテルモスさんは片翼を器用に動かし、頭上を指した。


「オレだと時間がかかりすぎる。今のでよく分かった」

「では、あなたが抑えると?」

「ああ。その方がやりやすい」


 そしてテルモスさんが再び舞い上がる。


「アイツが頑張ってる間に、さっさと仕留めるぞ!」


 小鳥が飛び去る。王様はその影に頷くと、私を振り返った。その口が動くより早く、私も頷く。


「行ってください! 王様!」


 王様は薄く微笑み、


「任されたわ」


 瞬時に足場の上を走りだす。足場を飛び移り、鉄骨の上を飛び上がり、一段上へ。パルクールというよりは超人めいた動きで、どんどん王様は階層を上がっていった。


 ほう、と、詰めていた息を吐き出す。目の前の光景が未だに信じられなかった。

 歪に変化した小鳥も。巨大な手を縫い留める王様も。千切られ落ちて行ったその巨腕も。

 なにがどうなれば生きていてこんな状況に陥るのか。現実は小説より奇なりと言うけれど、まさか妄想より奇なりなんて。自然と握りしめていた拳を胸に当て、荒ぶる心臓を抑えつけた。

 

 私の視線の先では、テルモスさんが再びその片翼をドラゴンの腕に変化させていた。それを今度は巨人の手に向けて振り下ろす。

 しかし、寸でのところで巨人が動いた。自由な片腕をぐわりと持ち上げる。それによって、ぶわっ! と大きな風が巻き上がった。


「わっぷ!」


 顔面を叩く衝撃波に私は思わず目をつぶる。両腕でなんとかガードをしつつ、その隙間から様子を窺った。

 頭上で声を掛け合っているのが聞こえる。

 

「無事か!?」


 テルモスさんは戻した両翼で安定した飛行を見せていた。あの突風は軽い小鳥の身体にとっては嵐みたいなものだと思ったけど、どうやら押し流されずに済んだらしい。


「えぇ。問題ないわ」


 対して王様はポールを掴み、その身を支えていた。縦に伸びて足場を組むポール。今ので吹き崩されない頑丈さとその設置技術に感謝するばかりだった。

 そんな短いやり取りを終えるや否や、テルモスさんは飛び上がる。ぼこり、空中で翼の輪郭が歪んだ。膨張し、硬化し、鱗を纏い──出来上がったドラゴンの両(・)腕(・)をまっすぐ突き出して、


「合わせろ!」


 ドオンッ!

 巨人の手の上に落下した。

 突如手に重石を乗せられた巨人は、その腕をピンと伸ばしてしまう。

 その付け根、肩の部分に、大剣の刃が閃いた。

 切り落とされた巨腕が落下していく。それをバックに、王様はくるり、と空中で前転、回した脚で巨人の背中を蹴りつけ跳躍。そうして王様が近くの足場に着地したのと、再び地の底で地響きがしたのは、ほとんど同時のことだった。


「これで……」


 私は呟く。

 両腕を失い胴体を拘束されたこの巨人に、出来ることはきっと少ない。これでこいつが戦闘意欲を失い、話をすることができるようになれば良いんだけど。


 ……しかし。私はすっかり忘れていた。

 「これでどうだ」「やった」「ざまあみろ」……戦闘シーンにおけるこれらの台詞が、一体何と呼ばれるか。

 フラグだ。


 ──ずるり。


 刃によって綺麗に切断されたはずの断面……そこから、まるで、這い出るように。

 腕が再生していく。


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