↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
60/66

8-2 出現

「テ、ルさん!」


 雲に覆われた暗い暗い夜の空に、鳥が瞬く間に小さくなっていく。叫ぶ私の手からするりと鍵を抜き取り、王様がしっかりと玄関を施錠した。


「私たちも急ぎましょう」

「は、はい!」

「抱えるわね」

「あ、え、はい」


 頷けばひょいっと身体が持ち上がる。もう何度目かの抱きかかえられ体勢に、私の手は自然と王様の首に回った。

 ……いや、だとしてもやっぱりとんでもない体勢だな。確かに初めての衝撃は過ぎて、2度目の戸惑いも無かったようなものだけど。でも2度目はあれ、それどころじゃなくて戸惑うも何もなかったし。実質これが2度目みたいなものだ。

 王様は私の背を強く引き寄せる。私は衝撃に備えて顔を王様の肩口に埋めた。


 強い風が私の短い髪を巻き上げる。


 ちら、と目線だけ上げてみれば、連なる屋根達が下に見えた。そのうちに1つに着地して、またひとっ飛び。月光さえも無い夜闇の中を、私たちの影が跳んでいく。


「エレナちゃん、大丈夫でしょうか」


 上空で小さく漏らすと、王様はうっすらと微笑んだ。


「この王が、必ず最善を尽くすと約束しましょう」

「王様……」

「それに、此度のことは、エレナが出ていく気配を悟れなかった私にも責があるわ。己の修練の足りなさを恥じると同時に、一刻も早く事態を解決しなければと思う」

「そ、それは……」


 そんな、いくら王様とはいえ寝ている最中のことだし、責任なんてものは……と、言うのは簡単だ。

 でもそれは逆に王様に失礼な気がして、私は唇を噛んだ。そして大きく頷く。


「はい、分かりました。早くエレナちゃんを助けましょう」

「えぇ。チアキ、もし侵略者との戦闘になったら、私が貴方を守る。だから私から離れないで」

「えっわっ、かっこいい~……」

「ありがとう」


 舌を噛まないでね、との忠告に素直に口を閉じると、王様は再び屋根に着地する。そして飛び上がった。

 

「それに、テルが居るわ。彼の方が、私たちより早くエレナに辿り着くから」


 話の続きに顔を上げる。そうだ、テルモスさん。

 正直なところ、彼が少し心配だった。

 だってテルモスさんは当然ながら、エレナちゃんの性格をよく知っているはずなのだ。何日も、何か月も……きっと何年、もしかしたら何十年だって一緒に居て、近くであの子を見てきたから。

 なのにテルモスさんはエレナちゃんに置いて行かれた。

 そりゃそうだ。だってエレナちゃんにとって彼はテッちゃん(他人)なのだから。

 だから声もかけず、テッちゃんが居る庭を避け、玄関側に位置するクローゼットの部屋の窓から外に出た。

 きっかけは勘違いだったとはいえ、そう仕向けたのは彼自身だ。しかしこうして、改めて、頼れない相手であることを突き付けられた彼の心情を思えば……その後悔は痛いほど伝わってきた。


 いち早く飛び去ったあの小鳥に思いを馳せる。彼が今度こそ、大切な人に間に合いますようにと願った。


 一瞬のうちに住宅街を抜け、駅前が見えてきた。日中は往来が多い駅前も、この時間ではただ静かに眠りについている。


「大切な人を守ろうという気持ちは、人を強くするものよ」


 思わず王様を見た。その横顔に尋ねる。


「王様、どこまで分かってるんですか」

「彼がエレナのことを大切に思っていると、それだけ」


 王様が地上に降り立った。駅前のロータリーには人っ子一人見当たらない。通路を横切り、駅の入り口を通り過ぎて、大通りを外れる道に入った。


「この先、そこの!」


 片腕で王様にしがみつきバランスをとりながら、前方に見える柵を指す。工事現場を囲うように設置された鉄の安全柵。網目で中の様子が見えるような物では無い、ただ武骨で平坦な、人の身長を優に超すような大きさの柵だ。

 人々の安全のために、と設置されたそれを、王様は軽いジャンプで飛び越えた。

 中の様子が目に入る。


 工事現場の中になんて入ったことがなかったけど、なるほど。どことなくイメージ通りの景観だ。むき出しの土、仮設小屋。ただこの辺りはまだ地上であって、地下に続く大穴は先のようだった。

 重機が眠る横を、王様が音も無く駆けていく。かくして──足元に板のような物がはられたゾーンに差し掛かった時のこと。


 突如、大きく地面が震えた。

 自然の揺れ方とは違う。どちらかというと、大型トラックが家の前を通った時のような、そんな揺れ方。

 私は自分で走っていないというのにバランスを崩したような気がして、王様に回した腕に力を籠める。

 揺れの原因はなんだ。まさか本当にトラックか重機が動き出したわけでもあるまい。それを探ろうと、前方に顔を向けた。 

 見れば、向かう先は途中で地面が途切れているようだった。崖のように地平がそこで終わっている。


「チアキ」

「はいっ」

「よくつかまっていて。飛び降りるわ」


 えぇっ!?

 絶句するも、私の身体はひとりでに動いて王様にしがみついた。脚を王様の胴体に巻き付ける。両腕でしっかと華奢な肩を抱いた。

 王様の駆ける足が速くなる。私の背を抱えていた手が外れ、王様自身の後頭部へ回された。その先に起こることを私は知っている。これももう二度目だから。

 王様の手の内でアクセサリーが変形する。植物が急成長するようにそれは身を伸ばし、逞しく広がり、白銀の刃を蘇らせる。


 そして。


 王様が跳んだ。

 途切れた地平──大穴の中へ!


「ぎ」


 悲鳴を噛み殺せたのは、これまで何度も王様が言ってくれた言葉のお陰だ。「舌を噛む」。これが無ければ私は間違いなくとんでもない大声を出して、ちゃんと舌を噛んで悶絶していたに違いない。

 とにかく、コアラか子どものように王様につかまっている状態の私に見えた情報は少ない。

 ただ王様の綺麗なブロンドが上へ靡くのをぼんやり見ながら、あぁ終わった……、と思っていた。


 このまま意識も飛ばしてしまえれば、と逃避しかけた次の瞬間、大きな衝撃と共に、ビリビリと身体に振動が走る。それから地を揺らがすような地響き。

 ふぅー……、と、背後で細く息を吐く音が聞こえた。金糸の髪が、さらり、王様の頬に流れていく。

 気が付けば、内臓が全部まとめて上に持ちあがるような浮遊感は無くなっていた。着地したのだ。


「よく頑張りました。降りられる?」


 もう声も出ない私はその導きのまま足を解き、おかしな片足立ちポーズを経てようやく両足を地面につけることができた。

 こんな……こんな。前回以上の恐怖体験があるなんて。しかも侵略者に襲われるとかではない方向で! 今こうして腰を抜かさずに立っていられていることが奇跡だとしか思えない。

 永遠のように思えたフリーフォールは、時間にしてしまえば僅か数秒のことだっただろう。でもその間私の命を繋いでいたのは、私を座らせるようにして支えていた王様の腕一本だけ。安全バーなんてものは無い、いうなれば椅子だけの絶叫アトラクション。そう喩えればこの恐怖は世界に伝わるだろうか……いや、そうだ。それどころじゃない。

 侵略者は。エレナちゃんは。テルモスさんは。

 この穴の中で、一体なにが──。


 ふ、と目線を上げれば、そこに全てがあった。


 月?


 違う。ぎょろりと動いたそれは瞳孔があって、白目があって、つまり月のように大きな一つの目だった。


 巨人。


 全てが大きな人型の何か。


 胴体に光る何かが這っている。

 それがぶるりと身を捩ると、それだけで空気の振動が私の肌を震わせた。


 なに。

 なんだこれ。

 ありえない。

 こんなの、ゲームかアニメの中でしか──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。