7-3 出現! (偽)巨人!
「危ない危ない……教えてくれてありがとうございます」
「いいえ。表示板の見方が合っているようで良かったわ」
「もうバッチリですよ」
私は自分のICカードを改札に翳し、それから預かっていたエレナちゃんの切符を通す。
「私の分は自分でやってもいいかしら?」
「もちろんです」
もう1枚預かっていたそれを王様に手渡す。王様は受け取った切符を一瞥し、
「向きはある?」
「あー……印刷してある方が表、かな……? あんまり意識したことないですけど。どっちから入れるとかも無い気が……」
頷くと、改札機の口に切符を近づけた。
「もう少し押してみてください」
「押す? こうかしら、わっ」
途端、シュッと切符が改札機に吸い込まれる。王様はそれに目を丸くし、私を見た。自分の口元が緩むのを感じる。
「通って大丈夫ですよ」
「つくづく、興味深いわ。一体どんな仕組みでこんな……これがあれば関所での手続きがもっと……」
「あ、あ、あ、一旦通ってからに! 閉まっちゃいますから!」
「はい、はい」と急かすと、王様は心得たように背を押されて進んだ。ふう、一息。帰宅ラッシュより早い時間帯でよかった。あまりに改札が混んでいたらこんなこともできないから。
並んで駅構内を歩く。この辺りはまだ暑くないけど、外が近づくにつれて、少しずつ蒸したような外気が混ざってくる。憂鬱なそれに、今度は別の意味で息を吐いた。
「あの、つかぬ事を聞きますけど」
「許しましょう」
「暑くないですか?」
王様は涼やかに微笑む。
「感覚の話をするのなら暑いわよ」
「あ、そうなんですか!? そうなんだ~……」
「なにか言いたげね?」
「あぁいえ、その、王様って全然汗かいてないじゃないですか。それにずっと涼し気な顔してるから、暑さに強いか、暑いっていう概念そのものが無いのかなって」
「この世界は確かに私の国とは異なる点が多いけれど、暑さ寒さといった感覚的な物に違いは無いと感じているわ。汗という点に関しては、そうね。いかなる時も余裕を保つ姿を民に見せるのが王というものよ」
「……えぇとつまり、特殊な訓練を受けているとか、そういう話ですか?」
「どう受け取ってもらっても構わないわ」
分かったような分からないような。とにかく王様でも暑いってことは分かった。
「そういう意味でも、地下に通路を作って店舗を配置するというのは実に画期的な建築だわ。地上の混雑解消に、適温かつ最短距離の移動用通路、誘致できる店舗数の増加。少し考えただけでもこれだけの利点がある」
「あー確かに、地下街なら異世界でも再現しやすい、のかな」
「あれはどうやって建設したのかしら。地下を掘るとして、その間の地上はどんな様子に……」
「うーん……実はこの辺にも地下街作る工事をしてるんですけど……」
「そうなの!?」
キラン、と輝く瞳で王様が振り向く。私は唾を飲みこみ、何度か頷きながら人差し指を立て空中を指した。
「ほら、工事の音聞こえません? これ地下街作ってるんですよ」
「……うぅん」
顎に手を当てる王様はしかし、あまりピンと来ていないようだった。重機といったものは王様の世界には無いのかもしれない。
それにこの工事自体は王様がこの世界に来る前から行われているものだし、王様にとっては最初から鳴っていた物だ。だからすっかり「日常の音」として認識してしまっていたのかも。
「建設の様子を近くで見学できないかしら」
「それはちょっと! 結構な範囲立ち入り禁止ですからね……」
「そう……」
王様は残念そうに肩を落とした。う、胸が痛い。なんとかしてあげたいけど、流石に無理なものは無理だ。改札に切符を通すのとは訳が違う。
「ほんとうに、はいれませんの?」
と、そこに眠そうにとろけた声が割り入った。
「うぇっ! あ、エレナちゃん。起きた?」
「おはようございます……」
目をこするエレナちゃんを王様が抱き直す。パチパチと瞬かせられる瞳が私を見た。
「はいれませんの? その、むこう」
「向こう……」
エレナちゃんが指さしたのは、まさに工事の音が響く方角だ。なるほど、この子たちの世界には重機はあるのかもしれない。などと分かったところで答えは変わらないけれども。
「駄目だねぇ。やっぱりほら、危ないから。まだ全然通路とかもできてなくて、掘削作業中……あ、大きい穴が開いてるような状況なんだよ。そもそも入れないよう規制されてるし」
「……ふぅん……」
「規制というのは民の安全を守るための物。規制を施した者の意思を無碍にするわけにはいかないわね」
王様は頷く。エレナちゃんは暫し、王様の肩にしがみつきながらジッと工事の方向を見ていた。そしてかわいらしい欠伸を一つ。
「わぁりましたの……」
「良かった……。あの、エレナちゃん、疲れたね? もう家着くから」
「うん」
そうして子どもは再び夢の中に落ちて行った。私は王様と顔を見合わせ、小さく笑い合う。
初夏の午後、家路に向かう足取りはいつもより随分ゆったりしたものだった。




