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7-2 出現! (偽)巨人!

 結局異物及び侵略者のことも、異世界のことも、なにも収穫は無かった。それは仕方がない。そもそも手がかりなんてなかったのだ。

 しかし思いがけないお出かけとなったのは事実で、それなら楽しまないのは損である。……いや、私だけなら別にどうだっていい。そもそも私はインドア派なので、さっさと家に帰っていたまであるかも。それを押し留めて街で色んな場所に行ったのは、ひとえに王様のためだ。

 見るもの全てに興味津々な王様にとって、地元の町よりうんと大きなこの大都市は、どれだけあっても尚まだ時間が足りないくらいだった。

 あれは何? これは? 彼らが向かう先は何? 矢継ぎ早に繰り出される質問に、私はできる限りの答えを返す。


「キッチンカーです。移動しながら、その車の中で料理を作って、車の中から品物を売るんですよ」

「移動式屋台ということ?」

「かなり近いと思います」


 パックに盛りつけられたカレーを受け取って、王様に渡す。エレナちゃんの分は私が己の分と一緒に持った。


「それは船ですね。大きなものではないですけど……川を渡りながら観光する? みたいな、屋形船です」

「屋根と壁があるわね。ずいぶん隙間が狭いけれど、あれで漕ぐのは相当な技術が必要ではないかしら」

「漕ぐ……あ、いや、漕がないです。エンジンで進むので」


 リバーサイドのベンチはなんとなく、気分的に他より少し涼しい。さり気なく側の道に舞い降りてきた小鳥が、エレナちゃんの足元で跳ねていた。


「この地面の下に、地下街があるんです。階段を下りて、その地下に向かってるって感じですね」

「その地下には何を目的に向かうのかしら。仕事? 娯楽? そうだわ、あの階段はあらゆる場所にあったわよね。ということは地下でそれぞれの場所が繋がっていると考えて、通路として使う者も居るのかも」

「よく見てますね……確かに仕事の人もいますし、地下街にあるお店に行くって人も、単純に外が暑いから少しでも涼しい所を通って目的地に近づきたいって人もいると思います」


 そうして、地下を通り駅へと戻る。

 偉そうにいったものの、私も別に地下街に詳しいわけではない。何度も言うが私はインドア派で、せいぜい駅から大学までの道のりくらいまでしかよく知らないのだ。誰かと遊ぶということも……花奈は大体家だし、藤崎とはプライベートで遊ぶようなこともない。他の友達、は、今は関係ないだろう。決して思い浮かばないとかではなく、今、この時、王様達とのお出かけの最中に必要な情報ではないという、それだけなので。

 そんなわけで私にとっても新鮮な道だった。

 あ、ここ、こんな店入ってるんだ。え、このスイーツこの前ワイドショーでやってたやつだ。この辺にあったのかよ。あー、エレナちゃんがまだしばらくうちにいるなら、彼女好みの子ども服を買ってもいいかもな……。そんなことを考えながら、時に実際に喋って、店に寄って、お土産のドーナツを買った。


「どうでしたか」


 帰りの電車の中、運よく3人分並んで座れた所で、王様に尋ねる。

 私たちの間でエレナちゃんはウトウトと舟をこいでいた。その小さな丸い頭を自身に寄りかからせ、王様は目を細めた。


「とても有意義な時間だった」

「本当ですか。なら良かった」

「えぇ。私はこの世界のことを大分知ったつもりでいたけれど、それはまだほんの一部でしかないのだと悟ったわ」


 嬉しそうに、しみじみと王様は答える。


「この乗り物1つとってもそうよ。以前、存在自体は教えてもらったものよね」

「以前……あ、はい、そうかも。多分駅の説明した時とかですかね」

「線路を走るという情報で想像していた物とは、全然違ったわ。実際にこの目で見て経験することに勝るものはない。この世界に来て、ますますそう思うの。もちろん、絵や文章の情報から得られる物も大切だけれど」


 王様が振り返り、背後の車窓を見やった。次々と家や建物が通過していく。車内アナウンスが流れ、停車駅の名前を読み上げた。


「それが本当に我が国の糧になるのか。それを判断するのは、王の責務だもの」

「流石です。かっこいい。最高」

「ありがとう」


 向かいのドアが開く。むわ、とした熱気と共に、乗客の乗り降りが行われる。私は膝の上に置いたドーナツの箱を持ち直しながら足を引き、同時に言葉も飲み込んだ。


「……あー、えっと」


 何か別の話題を、と思った時、


「チアキ」

「えっあっ、はい。なんでしょう」

「あなたの日々の献身は、実に私の支えとなっているわ」


 王様の声は、するりと私の耳に届く。

 車内で聞こえるはずのたくさんの音を置き去りにして、まっすぐ。


「この王が、あなたを必要としている。この言葉を忘れないで」


 周囲の乗客の迷惑にならないようにとひそめられた声量で、それでもその言葉には確かな力があった。

 あぁ、もう。王様には全部お見通しなんだ。

 ぐっ、と唇を噛みしめる。もの言いたげな態度を見破られた恥ずかしさから、目どころか顔すら合わせられなかった。


「そ、の……実はちょっと、不安だったんです」

「えぇ」


 と、ただ私の言葉を促す王様。それが寧ろありがたい。私はぽつぽつと、少しずつ言葉を紡いでいく。


「行きの電車の中で、ずっと静かだったから……もうこの辺りにあなたの興味を惹く物はないのかなって思っちゃって」

「それは」

「あいや、分かるんです。あなたからしたら、それどころじゃなかったですもんね。多分ずっと気を張っててくれたのかなって思うんですけど」


 それでも。

 知らないものを見ると、わくわくするのだと言った王様が、初めて乗る電車に無反応だったのを見た時。

 私は確かに恐れてしまった。

 王様が、新たな刺激を求めて、私の元を去ってしまう可能性を。


「だからあの、良かったですよ本当に。まだまだあなたにあげられる知識とか学びみたいなものがあったみたいで。完全に私の勘違いって言うか」


 頬を掻く。王様の話す隙を与えないように、矢継ぎ早にそう捲し立てた。

 本当に、もうすべて解決したことなのだ。今の王様の言葉1つで。

 では何故わざわざ口にしたのかというと、王様への誠意のためだ。この王に気を使わせてしまったことへの、正当な対価。だからもうこれ以上何かを言ってもらいたいとか、慰めてもらいたいとか、そういうことは一切無いのである。そういう意味での早口だった。

 私は全てを言い終えると、これでこの話はおしまい、と両手を合わせる。


「ふふ」

「あの、笑わないでもらえると……」

「いいえ違うの。あなたの心境を笑ったつもりはない。ただ少し可笑しくて」

「それが笑うって言うんじゃ」

「あなたのことじゃないわ。私のこと」

「え?」


 王様は、真っ白な手袋に包まれた指の背を口に当て、もう一度小さく笑った。


「ねぇチアキ。民は王に何かをあげるものじゃないのよ。王が、民から、もらっているの。結果的には同じように見えるかもしれないけれど、そこには大きな違いがある」


 確かに王様はいつもそう言うけど。私は眉を下げる。その違いってやつが私には分からない。そうして押し黙った私の目の前に、ずい、と王様の煌めく瞳が詰め寄った。

 ちっ、近い!


「お、あ、いや、あの?」

「王は民によって成るの」


 すらりと伸びた人差し指が、私を指す。


「私を王としているのはチアキ、あなたという民なのよ。だから、あなたが自信を無くしては、私も王と成れなくなってしまう」


 いい? と小首を傾げる王様。その瞳と指先に引力が働いているかのように、視線が外せなかった。引き付けられるまま、ゆっくりと頷く。

 合わせて頷いた王様の顔が離れていくのを、どこか名残惜しい気持ちで見送って──「おい」。


「はっ!?」

「そういうのは家でやれよ。おまえ等が目立つのはともかく、エレナが巻き込まれる」


 耳元で羽音と共に囁かれた小声にバッと顔を上げれば、吊革につかまる人の背の隙間から、正面の座席に座る幼児と目が合った。

 あぁもう、最悪だ!


「ん、んんっ、げほっ、ごほ」

「チアキ、大丈夫?」

「あの、はい、大丈夫、大丈夫です。あの……いや、本当に……悪いのは私で……」

「一体どうしたの」

「大丈夫! ……ですから」


 再び顔を寄せようとする王様をなんとか押し留め、胸を撫で下ろした。同時にさっきまでの光景が私の脳裏を駆け巡る。

 こんな人前で、あんな、あんな……! 頭を抱えたいけどそれもできない。代わりに唇を噛んだ。

 今だったらこうして自制心が働くのに、どうも王様に迫られると駄目だ。王様の圧倒的なオーラに当てられて、私までその世界に飲み込まれてしまう。カリスマが強すぎるのも考えものなのかもしれなかった。


 それにしても……と、私は眠りこけるエレナちゃんを見る。エレナちゃんは今のやり取りの間も一切目を覚まさず、静かに寝息を立てながら王様の肩に額を擦り付けていた。


 王様にも、この子どもは全く臆さない。自然と王様に髪を結んでもらっていたし、他にもまま世話を焼かせていた。私からしてみれば不敬極まりない、が、王様自身が気にしていないので、私が何か言うことでもない。

 それにこの子はまだ子ども。王様のカリスマ性が理解できなくても仕方がない年頃だ。きっともう少し大きくなれば、いかに王様が素晴らしい王かが分かるはず。その時になって「昔のあたしはあの王に肩を貸してもらって……! なんてすごい経験を……!」と改めて感慨に耽ることになるだろう。


「ねえ、チアキ、チアキ」

「なんでしょう」

「あの表示板を見るに、この停車場があなたの住む町だと思うのだけれど」

「えっあっ、うそ。あ、はい! そうです降ります降ります!」


 とかなんとか1人で考えていたら、あっという間に最寄り駅に着いてしまった。慌てて立ち上がる私に次いで、王様はスッ、とエレナちゃんを抱き上げる。座席の方を見て、忘れ物は無し。私たちはそれぞれドーナツの箱と子どもを抱えながら、人の合間を縫って電車を降りた。


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