7-1 出現! (偽)巨人!
巨人が出現したのは、偶然にも地元から近い位置にある大都市、私の大学がある市内だった。
すぐにでも飛び出そうとするエレナちゃんと王様を宥めすかし、お出かけの準備を整えてから家を出る。小鳥の姿のテルモスさんは空から、そして私たち3人は徒歩でゆっくり駅まで向かい、電車を使って例の市へ。改札を出た頃には何かを察して落ち着いた様子の王様が、私の道案内を待たずに走りだそうとするエレナちゃんの手を握ってくれていた。
「えーっと……あぁ、こっちです」
こういうのは大体SNSに情報が載っているものだ。予想通りの投稿を公式アカウントから見つけ出し、記されている地図に従って駅からの道を進みだした。
ビル群の中を人波に紛れて歩いていく。すれ違う人から時折向けられる視線はもう気にならなくなった……つもりだけど、やっぱり少し居心地が悪い。とはいえこれはもう仕方がないのだ。なにせ王様はとんでもなく目立つので。
今日も王様のコンディションは完璧だ。
煌めくブロンドが陽光に照らされ、王様の歩いた後に軌跡を残していく。日々暑さを増す気温の中でも、王様は汗一つかいた様子がない。涼しい顔で、美しい人が街中を歩いている。
……そりゃあ目立つ。目立つよなぁ。
「ねぇ、ねぇってば!」
「あ、ご、ごめんエレナちゃん。なに?」
はっと見下ろせば、キャスケットのつば越しにエレナちゃんが私を見上げていた。
エレナちゃんの白髪は、王様のブロンド以上に大変目立つ。幸い髪を結っていることで帽子の中に全て隠せるので、例の如く母さんから送られてきた衣類に入っていたキャスケットを貸し出したのだ。つばによってピンク色の瞳もうまく見えにくくなっているし、我ながら良いチョイスだと思う。
「合ってますの、道?」
「合ってると思うけど……」
「本当に? 大丈夫? 急がないと異物さんがまたどっかに行っちゃいますのよ!」
頬を膨らませるエレナちゃんをあやすように何度か頷いて、もう一度スマホの画面を見た。うん、間違いなく合ってる。だってこういった施策が組まれるのは大体駅前か、大きな広場的な場所だから。そういう丁度良い場所がこの先にあるのだ。
そうして道を曲がれば、それは現れた。
緑の芝生に水を噴き上げる噴水。ビルに囲まれた都市の中、憩いの広場に。
見上げるほど巨大な……ロボットの姿!
「居たー!」
大声を上げるエレナちゃんに、周囲の人の視線が集まる。しかしそれも一瞬で、ある人は無関心な様子ですぐに、ある人は微笑ましいものでも見るように顔をほころばせた後に、元の活動へ戻っていった。
「早く! やっつけてテルちゃんのこと聞かなきゃ!」
「あ、あーエレナちゃん。ちょーっと待って」
エレナちゃんの空いている手を捕まえて押し留める。おっと、と。一瞬引っ張られかけてたたらを踏むも、王様の支えのおかげか躓くのは抑えられた。そうして勢いを殺された子どもが私達を振り返る。切羽詰まったように強張った表情。
「もう、邪魔しないで! チアキさんは来なくてもいいですのよ、あたしが」
「違うの、違うんだよ」
「1人で」
「あれは侵略者、じゃなくて異物じゃないんだよ」
「やる……え?」
バタバタと暴れていたエレナちゃんの両足が、ピタッと動きを止める。それから数秒、子どもは足どころか全ての活動を止めてその場に立ち止まっていた。
その間に脳内で何を考えたのか、突然動き出したエレナちゃんは、今度こそ私達を振り切って走り出す。
「あっちょっと!」
不意を突かれて振りほどかれた手が少し痺れている。でもそれどころじゃない。私は慌てて子どもを追って芝生を駆けた。
こんな街中で、あの光るロープを振り回されてみろ。それこそ夕方のワイドショーを独占してしまう。嫌な想像を振り払うように走って、巨人の足元、手を触れられない様に仕切られたパーテーションの手前で立ち止まったエレナちゃんの腕を掴んだ。
「あのねエレナちゃんこれはロボット、あ、いや、そのえーっと、モニュメント! 像なの、像!」
そう。これは新作アニメの宣伝施策なのだ。
作中に登場する怪獣やロボットを模した巨大モニュメントが街中に突如登場する。そういう宣伝は結構最近増えてきていて、これもその一環だ。これは私たちの敵ではなく、寧ろ作中では人間を守る側、主人公陣営のロボット機体、そのモニュメントなのである。
ただまぁ、王様たちが勘違いするのも無理はない。そういうのがあるって知ってる私は一目で理解できるけど、異世界出身の彼女たちにとってはニュースの煽り文の通り、「巨人襲来」でしかないだろう。
いや、正直私も一瞬勘違いしかけた。なにせ侵略者やら異物やら、ドラゴンやらと関わりすぎた。本当に異物がこの世界に現れて、ガチの超常現象ニュースとして世界が大混乱に陥っているものかと思ってしまった。これに関しては藤崎に感謝だ。「結局ドラゴンか巨大ロボ」と力説していたあいつのお陰で、そういえばそんな巨大ロボアニメが始まることを思い出せたのだから。
「像、ということは、これは動かない偽物なのね?」
ゆっくりと歩いてきた王様が、落ち着いた声音で尋ねる。いつも通りのその様子に私も息を整えて、大きく頷いた。
「そうです。異物でも、侵略者でもなくて、あの……あ、広告、というか」
「広告?」
「はい。アニメ、見ましたよね。動く絵。あれの宣伝です。これが登場するアニメが今度放送されるんですよ」
「なるほど。空想上の存在を現実に見せることで、身近な存在として認識させて興味を引く。そういうことね」
「うーんそう、そう、かな? はいそうです」
「理に適っているわ。我が国でも採用できないかしら。歌劇や物語をもっと民の身近に感じさせることができれば、文化の発展にも……」
そうして王様はお決まりのポーズで考え込んでしまった。私はそれに苦笑し、エレナちゃんを見下ろす。
エレナちゃんは私に腕を掴まれたまま、じっ、とロボットを見上げていた。首が痛くなるのでは、と心配しかけた頃、おずおずと彼女は私を振り仰ぎ、
「……異物さんじゃないですの」
「う、うん。そうだね」
「匂いがしませんの」
「あ、そうか。匂いが分かるんだっけ……」
「見つけたと思ったのに……」
その眉が、少しずつ、でも確かに下がっていく。
「え、っと」
なんとかしなきゃ。だって子どもが悲しんでいて良いわけがない。
「あの、ロボット! って、分かる?」
「……なんですの?」
「ロボット。これのことなんだけど」
あまり頭が回っている感覚はない。それでもなにかこの子を笑わせられれば、と、私は浮かんだ言葉をそのまま口にし続けた。
「身体が金属で出来てて、食べ物じゃなくて動力、えーっと、エネルギーで身体が動いてるんだよ。これがすごい強くて、力も強い、金属だから丈夫だし、あ、ロケットパンチ! 腕がね、ロケットみたいにビューンって飛んでパンチするの! かっこいいよね」
「ふぅん……」
「それにあの、変形とかするのもあって、普段は乗り物だけど戦うときはロボットの形態になったりね。あ、これなんかドラゴンみたいだよね? なん、て……」
なんだか舌が回りすぎて余計なことまで言った気がする。途中の反応も良くなかったし。あぁ、また私は一人でから回って……世界の規範がどうとか言ってた頃からなにも変わっていない……。
語尾が萎んでいき、カラッとした陽気に蒸発して消えていく。居たたまれなくなって、よせばいいのに怖いもの見たさで見たエレナちゃんの表情は、
「えっ」
輝いていた。
キラリ、見上げるピンクの瞳が太陽の光を反射する。
「エレナちゃ」
「すごい」
「んん?」
「すごい、すごい! だってそれ、すごい、あたし達みたい!」
あ、あたし達? 目を丸くして首を傾げる私に、エレナちゃんは興奮した様子でぴょんぴょんと跳ねる。
「あたしみたいに力が強くて、テルちゃんみたいに形が変わるんでしょ? すごい、そういう所もあたし達みたいですの!」
「あ、あぁ、そういう……」
「へへ、すごい、すごい! 嬉しい~!」
腕を掴まれた不自由の中で、できうる限りの大はしゃぎをするエレナちゃんに、私はひっそりと息を吐いた。
良かった。どんな形であれ、この子に笑顔が戻った。それなら私の下手な解説も浮かばれるというものだ。
エレナちゃんの腕から手を放して、手を握り直す。迷惑にならない程度にはしゃぐのは大いに結構、でも迷子になっては大変だ。きちんとこの手を掴んでおかないと。
王様とエレナちゃんは各々ロボットを見上げて楽しんでいる。そんな2人を眺めている私の視界を、黒い点が己を意識させるように横切った。耳を澄ませる。
「ありがとうな」
別にあんたのためではないけども。まぁここはエレナちゃんに免じて、何も言わないでおいた。




