6-3 これでいいのかUMA
私が猫と2人だけで話せるようになったのは、朝食を終えて片付けをしている最中のことだった。
テレビに夢中のエレナちゃんと王様を確認して、サイドテーブル上の猫を手招く。猫は前足の毛繕いを中断し、音も無くテーブルから飛び降りると、私の側にゆっくり歩いてきた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないですって!」
語気も強くなる。それでも聞かれちゃまずいって意識だけはちゃんとあるもので、なんとか声を小さくすることはできた。
キッチンの陰にしゃがみ込み、猫に顔を近づける。胡乱気な様子ながらも距離を詰めてきた猫を、私は睨む。
「なんですかあれ!」
「あれ?」
「ご飯の前の……エレナちゃんに! オレが結ぼうかとか!」
「ああ、あれ? いやあエレナがさあ。オレのことめちゃくちゃ好きで居てくれててさあ」
「照れないでくださいよ……」
確かにエレナちゃんがテルモスさんを好きなのはよく伝わってきた。伝わってきた、けど!
「あれあんたのことですよ!?」
「だから照れてんだろ。おまえが照れるのはおかしいけどオレが照れるのは正しい」
「いや、ただし……正しいですけど! でもあんたテルちゃんじゃ無いでしょ!? 少なくともエレナちゃんにとっては、あんたテッちゃんなんですよ!」
それを貫くなら貫くで、わざわざあんな危ない発言する意味がないし、なによりエレナちゃんがどう思うか分からない人でもなかろうに。
ふう、と一つ息を吐く。陰から少し顔を出して様子を窺えば、エレナちゃん達はテレビに釘付けの様子だった。それを確認して、再び猫に向き直る。
「別に、エレナちゃんの髪を結ぶ役目を取ろうとか思ってないですから。結びたいなら素直に自分が結ぼうかって聞けばいいのに、なんであんな言い方を……」
「あー……」
猫はわずかに目をそらした。どことなく気まずげに言い淀んでいる。
「な、なに、なんですか」
「いや。舞い上がってるオレと冷静なオレが居る。浮かれた気分のまま全部おまえに自慢しちゃおうかなって思うと同時に、流石に協力者に対して馴れ馴れしすぎるなとも思う」
「それ言う時点で自慢したい方が強いじゃないですか」
「まあそれはそうなんだよ。でもなー、引かね?」
「別に、別人のふりをし続けるとか言い出した時に結構ちゃんと引いてるんで、これ以上のことないですよ」
「なーんかやたらオレへの当たりが強くなったと思ったらそういうことかよ。じゃあもう言うけど」
可愛らしい猫が、可愛らしい仕草で首を傾げた。そしてニッコリ、猫目を細め、
「なんかさ、癖になってきたんだよ」
「……は?」
「別人のふりしてオレ、あ、つまりテルモスな。テルモスへの好意を引き出すのってさ、普段は聞けないことが聞ける気がして……それがどうにも癖になっちまって」
照れたように髭を伸ばす猫に、私は口の端を震わせることしかできなかった。
だってそれは、つまり……え、なに!? 本当にどういうこと!?
「ゆ、歪んでる……!」
「口に出てるぞ」
「出してるんです! えぇ!? そんなことのためにエレナちゃんが傷つくかもしれないこと言ったんですか!?」
「ああ、もちろんちゃんとアフターケアもするって。でもさあ、テルモスを悪く言われて傷つくって、それもテルモスが好かれてる証左だよなあ」
こういうのってなんて言うんだろう。ヤンデレ? いじめっ子属性デレ? セルフNTR!? 一ミリも理解できないけど、1つだけ分かる。
こいつ、ロクでもない奴だ!
今にして思えばサプライズ云々だって、もしかしたら自己満足でしかなかったんじゃないだろうか。こいつがただエレナちゃんのしょげる顔が見たかっただけ……そんな気さえしてくる。
私の手がわなわな震えているのに気が付いたテルモスさんは、こほん、と咳払いした。前足を片方あげて、ちょい、と私の注意を引く。
「おーい、聞いてるか?」
「聞きたくないけど聞こえちゃってますよ……」
「おまえが聞くって言ったんだから、最後まで責任取ってオレの惚気を聞けよな。協力するって言っただろ」
「こんな最悪の性癖を聞く協力なんてした覚えないです!」
「最悪なのは否定しねえけど」
「分かったうえで変わる気がないんだ、より最悪だ」
私は唸りながら、額に手を当てた。ここ最近で一番頭が痛いかもしれない。王様もエレナちゃんもアクが強い人物だけど、まさかこいつが一番濃いとは。種族の問題だとは思いたくない、まだ見ぬ他ドラゴンに申し訳ないし。だからこれは、テルモスとかいう人格(ドラゴン格?)の問題だ。
もういっそエレナちゃんに気付かれてくれないだろうか。このドラゴンはテッちゃんではなく、テルちゃんだと。荒療治かもしれないけど、結局それが一番丸く収まるような気がしてしまう。……まぁ、部外者の意見だと言われればそうなんだけど。
「というか、エレナちゃんは匂いで気付くみたいな話ってどこに行ったんですか」
そうだよ。だってテルモスさんは言ってた。
「アイツはオレの匂いを覚えてる。会っちまったら匂いで比べられて気付かれる可能性が高い」……って。
なのに現状そんな素振りは全く無く、エレナちゃんはすっかり彼を「テッちゃん」だと思っている。ドラゴンなことは分かっても、個人の判別はできていないじゃないか。
しゃがんだ膝に顎を乗せ、恨みがましく呟く。するとテルモスさんは、きゅっ、と肩をすくめて見せた。どうでもいいけど猫の身で器用すぎないか。
「まあエレナだからな」
「理由になってないですよ」
「なってるよ。エレナはあいつ、思い込んだら一直線だから。オスのドラゴンだって情報が先行して、それならもうこいつはテルちゃんじゃない、ってすっかり思い込んでる状態なんだろうよ」
「……そういうものですか……」
不服だが、納得はできる。私のことを暫く異物だと思い続けていたくらいだ、一直線っていうのは本当なんだろう。
私はため息を吐いて目の前の猫を見やった。
頭が良いドラゴンなのは確かだ。彼が居れば、未だ見当がつかない異世界転移の方法にも、うんと近づけそうなほど。
でも同じくらい、ロクでもないドラゴンだった。ことエレナちゃんに関することだけは。天は二物を与えずというか……完璧な存在より少しくらい欠点があった方が魅力的というか……色々フォローの言葉は浮かぶけど、その欠点の部分を自分にぶつけられるとなってしまえば、どれも恨み言にしかならなかった。
「頷かれちゃえば良かったのに。髪結んでーって言われて、その猫の手でどうにもならずに人の姿になっちゃえば良かったんですよ」
「舐めるなよ。長い指がなきゃ結べないのは過去の話だ。今じゃドラゴンでも、この姿でも、ちゃんとアイツの髪を結んでやれる」
「……冗談ですよね?」
「練習したんだよ。植物の蔓とか使ってさ」
アイツが人の姿を気に入ってるから、その技術を見せたことは無いけどな。と。
郷愁を帯びた目でテルモスさんが呟いたと同時に。
「え、えぇー!?」
リビングから大きな声が上がった。
一切の間もなく、猫が身を翻して駆け出す。私は足をもつれさせながらキッチンから転がり出て、その後を追った。
「なっなにが!?」
果たしてそこに彼女らの姿はあった。
声が上がった通りの場所、リビングの、テレビの前。
2人は立ち上がり、壁かけテレビに齧りついていた。
もちろんそれは比喩であり、実際に歯を立てているわけではない。でも、この表現はきっとこういう人たちを見て生まれたんだろうなと思うくらい、ものすごくテレビに近づいていた。
「エレナ?」
「お、王様? どう、どうしました?」
声に反応して振り返った王様の表情が思いのほか真剣で、私は息をのむ。
だって──王様がこの顔をするのは、決まってある時だからだ。
その美しい髪をまとめるアクセサリーを振るって、大剣に姿を変える時。
「侵略者が出たの」
「え!? ほ、本当ですか!? そんな、どこに」
「ここよ」
そう言って王様が身を引く。そこにあるのは当然テレビの画面で、つまり。
「ねえチアキ。これはこの世界で起きていることを報道している映像なのよね」
「……そう、です」
朝のニュース番組。
その一報道に、ビルほどの高さの金属の巨人が映っていた。




