↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/66

6-2 これでいいのかUMA

 その夜、テルモスさんはふらりと家の外へと消えていった。

 当然ながらエレナちゃんはテ(・)ッ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)と一緒に寝るつもりだったようだけど、それを彼がやんわりと押しとめ、「その辺には居るから」とだけ言って出て行った。

 が、それで納得するエレナちゃんじゃない。暫く……お風呂に入って出てくるくらいまでずっと、エレナちゃんは不満顔だった。それがふとした時にパッと明るくなったので、理由を聞いてみれば、「近くにテッちゃんの気配がしますの!」とのことで、彼が残した言葉は確かにエレナちゃんだけを安心させる言葉のようだった。


 そして翌日。

 小鳥の囀りという天然の目覚ましで目が覚めた。

 ソファから身体を起こし、薄暗い部屋に日光を取り込むべくカーテンを開ける。夏至も近く、すっかり日は昇っていた。さて今は何時……と、思ったところで気が付く。生け垣の上でぺちぺちとステップを踏む、小鳥。

 少し迷って、窓を開ける。


「……おはようございます」

 

 挨拶。

 すると小鳥はそれが当たり前のように、


「おはよう」


 とその嘴から言葉を発したのだった。


「おはようございます! おはよう、おはようー!」


 カーテンをまとめていれば、バタバタと忙しない足音が近づいてくる。次の瞬間には勢いよくドアがスライドされ、ところどころ髪を跳ねさせたエレナちゃんが飛び込んできた。

 滑り止めでも殺しきれなかった衝撃でドアが音を立てる。それを一瞥もせず、エレナちゃんは私たちの居る窓辺に駆け寄ってきた。


「おはようテッちゃん! おはようございますチアキさん!」

「はい、おはよう」

「お、おはよう」


 一切の躊躇なく、小鳥をテッちゃんと言ったなぁ。今。

 つい、まじまじとエレナちゃんを見てしまう。すると視線に気付かれたか、エレナちゃんが私を仰いだ。誤魔化すように笑いかける。そんなことをしている間に、テルモスさんが小さな羽をはばたかせ、窓のすぐ側まで飛んできた。


「エレナ、顔洗ったか?」

「あ、まだですの」

「じゃあ行っておいで」

「はぁい」


 来た時より幾分か落ち着いた足取りでエレナちゃんは洗面所へと向かう。それを見送っていると、開けっ放しのドアから王様がチラリと顔を覗かせた。こちらはすっかり身支度の整った状態で、私と目が合うとさらりと笑う。


「おはようチアキ。それと……テル?」


 王様は側に来て小鳥を見止めると、半信半疑、というように小首を傾げた。それに対し、小鳥は「ぴぃ」の代わりに相槌を打つ。


「ああ」

「驚いたわ。話には聞いていたけれど、本当に姿を変えられるのね。昨日は突然その場に現れたようにしか見えなかったから」


 あぁ……、と玄関口での出来事を思い出す。

 王様の言うことも尤(もっと)もだ。あの小さな羽虫の存在を認識できていなければ、確かに、その場に突然猫が現れたようにしか思えない。

 

「お望みなら昨日の姿になってやろうか?」

「本当? それなら一度見せてもらえるかしら」

「仰せのままに」


 食いつき前のめりになる王様に、テルモスさんは恭しく頭を下げた。

 そして、次の瞬間にはその輪郭がぼこりと膨らむ。

 漏れそうになった声をなんとか飲み込んだ。見慣れた生き物がその形を崩れさせる、この現象には正直中々慣れそうにない。その間にも変形は進み、時間にして5秒もしないうちに小鳥は猫になっていた。

 猫は音も立てずに窓辺の床に着地すると、ぐっ、と身体を伸ばし、その場に座り込む。


「どうだ?」


 猫の問いに、王様はするり、と顎に指を滑らせた。その目が──キラリ、輝く。


「とても、とても興味深いわ。一体どんな原理がこれを可能にしているのかしら」

「原理ねえ。なんて説明したもんかなあ……何も意識せずやってることだから。ほら、息をするのに意識なんてしないだろ?」

「なるほど。理解できるわ。そのくらいあなた達ドラゴンにとって当たり前の機能ということね」

「機能って言われちゃちょっと機械的だが、まあそんなとこだな」

「そうなると、この知識を我が国に活かすのは難しそうね。いえ、原理次第では別の何かに」


 興味津々な王様と絡まれるテルモスさんを背に、窓を閉める。こうなった王様は長い。今回は興味の対象であるテルモスさんに任せよう。その間に私は朝食の準備を……


「チアキさん、チアキさん」

「あ、え? エレナちゃんどうしたの」

「髪結んで?」


 くい、と服の端を掴みながらおねだりという二次元でしか見ないそれに、私はまんまと釣られてしまった。

 たった数か月前は自分1人の静かな朝だったというのに。その頃からは全く想像もできないような賑やかさだ。


 ダイニングの椅子越しにふわふわの白い髪を編み上げる。……とはいえ私は王様みたいに器用じゃない。そもそも私が髪を短く切ってるのだって、結わなくていいように、なんだから。だからどうにも時間がかかってしまうし、その割に出来も決して良くはない。


「できましたの?」


 私の手が止まったのを感じ、エレナちゃんが振り向かずに聞いてくる。ああ、自分の頭を掻きむしりたい。


「ちょっ……と、良くないかもな……」

「ええ!? どういうこと?」

「いやーあの、王様にやり直してもらった方が……」

「そんなにですの?」

「そんなにですね……」


 自分の状態を探ろうとエレナちゃんが頭を振れば、太くて短い左の三つ編みがぼいんと跳ねる。また逆に顔を向けると、今度は毛束が緩くて長い右の三つ編みがひゅんと回った。

 見ているだけでなんだか申し訳ない。すぐにでも王様に直してもらわないと。


「あの、王様」

「ううん、大丈夫ですの」

「え?」

「これがいい!」


 パッと振り返ったエレナちゃんは、楽し気に笑っていた。私は面食らって瞬く。


「い、いやいやいや、エレナちゃん。本当に酷いよ? あの、私の腕が。長さとかすごい歪だし、編み込みも緩いし」

「これがいいの! だってテルちゃんみたいなんですもの」

「え、でもテル……テルモスさんに、髪、結んでもらってたんじゃ」

「うん。それはそうなのですけど」


 はて、どういうことか。初めて会った時のエレナちゃんはとてもきれいに髪を結っていたと思うけど。当然私が結った状態とは全く比べ物にならない。それなのに、「テルちゃんみたい」?

 頭にハテナを浮かべていると、突然サイドテーブルに猫が飛び乗った。どうも目ざとく話題を聞きつけたらしい。聞きやすい位置に移動してきたようだ。ちゃっかりしてる……。

 じと、と私が猫を見れば、つん、と彼は顎を上げた。エレナちゃんはそんな私たちのやり取りに構わず、話を続ける。


「でも昔のテルちゃんもね、あたしの髪を結ぶのに苦労してたんですの」

「え、そうなの?」

「んふふ。どっちかだけほどけちゃうーとか、どっちかだけ大きいーとか、よく困ってたんですのよ」

「へえ……それは結構いが……」


 まずい!


「……いが、いがみ合わなかったんだね、へ、へへへ……」

「いがみ……?」

「ううん気にしないで」


 意外だ、なんて言ったら、「テルちゃんに会ったことないのになんで意外だなんて思うの?」と疑われてしまう。なんとか軌道修正、できたはず。危ないところだった。

 サイドテーブルからの視線が突き刺さる。ああ、さっきと逆の立場だ。ヘラヘラ笑って受け流していれば、視線の主が小さく息を吐いて卓上に伏せた。その体勢のまま口を開く。


「しかし、そのザマでよくずっと結んでもらう気になったなあ」

「どういうことですの?」


 きょとん、と目を丸くするエレナちゃんに、テルモスさんはどこか尊大な態度で続けた。


「髪、結ぶのうまくなかったんだろ、そいつ。もう結ばなくていいーって言っても良かったんじゃねえの?」

「な、なんでテルさんがそんなこと言うんです」


 私は慌てて口を挟む。何の意図でそんなこと聞くんだこのドラゴン!

 私からすれば高度な自虐にもとれるけど、エレナちゃんは違う。初対面の相手に、大事な人を悪く言われてるようなものだ。なんでそんなことするの? と非難の色を乗せた目にも、猫はしれっと髭を撫でるだけだった。


「うーん……」


 そんな中、当のエレナちゃんは何かを考えるように目を伏せていた。そして、


「うん、思い返してみましたけど、それはぜーんぜん、思いませんでしたの」

「それはまたなんで? オマエだって可愛い方が嬉しいんじゃねえの?」

「それはそうですけど。でもね、気持ちが嬉しかったんですの。あたしが頼んで、難しいのに可愛くしてくれようと頑張ってくれるのが嬉しくて」

「へー……」


 目元を染めて微笑むエレナちゃんに、テルモスさんはきゅっ、と猫目を細くした。


「それにね、思い出したんですの。実はテルちゃん、最初はドラゴンの姿であたしの髪、結んでくれようとしてたんですのよ」

「えぇ!? ドラゴンで!?」


 と私が思わず声を上げる。


「だ、だってドラゴンの姿ってあのー……エレナちゃんが、描いてくれたみたいな」

「ええ」


 と言いつつ、私の脳裏に浮かぶのは昨日この目で見たテルモスさんのドラゴンの姿だ。あの太くて大きな手……というより、前足? 前腕? 分からないけど、あれで髪を結ぶなんて器用な真似ができるなんて、とてもじゃないけど想像できない。


「テルちゃんは本当にね、ずっとドラゴンの姿で過ごしてて……そんなテルちゃんが、あたしの髪をちゃんと結びたいからって言って、その時だけあたしと同じ姿にね、なってくれたんですの」

「ああ、なるほど……」


 そういうことか。納得すると同時に、エレナちゃんとテルモスさんの微笑ましい一幕を覗かせてもらったみたいでなんだかちょっとあたたかい気持ちになる。

 だというのに。


「なあ、オレならこの姿でも上手く結べると思うけど?」


 なにを言い出すんだかこの猫は。

 

「え? その手でですの?」

「ああ勿論。試してみようか」


 猫の顔で器用ににこりと笑う彼に、エレナちゃんはきょとん、と目を丸くして──


「ふふふ。ううん、大丈夫!」


 断わった。

 ぱちん、と音が鳴りそうな瞬きを猫が1つ。対してエレナちゃんは楽しそうに笑いを交えながら言った。


「今日はチアキさんに結んでもらったしー……それにね、ふふ。やっぱりドラゴンに結んでもらうのは、テルちゃんだけがいいなって」


 確かな信頼と、欲とも言えないくらいのかわいらしい独占欲。

 それに、テルモスさんは、


「……へー」


 喜色を混ぜた声音で呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。