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6-1 これでいいのかUMA

「テッちゃんの仲良しさんは、どんな子なんですの?」

「うーん、そうだな……まあ、お転婆で目が離せない子、って言ったらいいか」

「へぇー。もしかしてテッちゃん、結構その子のお父さんみたいな感じですの?」

「まあまあまあ、お世話はしてるかな」

「テルちゃんもね、もうあたしのお母さんみたいなんですの。やっぱりドラゴンってそういう子が多いのかなぁ」

「あー……いや、個体差あるだろ。オレの知り合いとか、寧ろ世話される側みたいなのもいるし」

「あっ、テルちゃんの友達にも居ますのよ! そういう子!」

「あっはははそれは奇遇だなあ!」


 ……………………はぁ。

 

「チアキ?」

「……あ、はい王様なんでしょう」

「ため息を吐いていたようだから。なにか心配事?」

「いえいえ、大丈夫……です。私は」


 王様に力なく笑いかけ、テーブルを拭く。仕上げの一拭きを終えて退いた私と入れ違いに、王様が卓上にサラダボウルを置いた。それからリビングの方へと声をかける。


「テルは本当に、私たちと同じ食事でいいのね?」


 ローソファの背もたれ越し、アホ毛が跳ねた。

 パッ、とエレナちゃんが振り向く。その傍らから、背もたれに前足をかける形で猫が顔を覗かせた。


「テルちゃんもあたしと同じものを食べてましたの。だから大丈夫!」

「ああ。ドラゴンだからってなにかしら特別な栄養源があるわけでもねえよ。料理だってするしな」

「料理? 差し支えなければ教えてほしいのだけれど、それはドラゴンに伝わるレシピなのかしら」

「まさか。人間の見様見真似だよ。ま、それなりに長くやってりゃ、ある程度はできるようになる」

「テッちゃんもお料理上手なんですの? テルちゃんもね、すごいお料理上手ですのよ」


 あっ、ぶない。手にした布巾を取り落としそうになった。動揺に一瞬止まった思考を動かして、次にするべきことを思い出す。えーと、そうだ。持ってくるものがあるんだ。


「へえ、そりゃ奇遇だな」

「テルちゃんのお料理はね、なんでも美味しいんですの。本当にすごくて!」

「いいねえ」


 会話をBGMに箸をかき集める。手を差し出してくれた王様にそれらをありがたく渡して、じゃあ私は取り皿を持っていくとしよう。

 あ、そういえばあの猫はどう食べるんだ? 箸は3人分じゃなくて4人分必要だっただろうか。ちょっと聞いてみようかな、と私が口を開く前に、再び王様の声がする。


「ねぇ、今更なのだけれど、エレナが探しているテルちゃんは、本名がテル、というわけではないのね?」

「そうですの。テルちゃんはテルモスって言うんですのよ」


 今度は皿を落としそうになった。本当に危ない。いや、というか、なんで私の方がこんなにビビらなきゃいけないんだ!

 

「テルモスねえ。聞いたことない名前だなあ」


 当の本ドラゴンはあんなにしれっとしてるのに!


「なるほど。じゃあこれからは区別しやすいように、探しているドラゴンのことはテルモス、と呼ぶわね」

「ああ、そうしてくれ」

「それで、テル。あなたの探している相手の名前は?」

「あーっとそれはだな」

「お、王様! 魚、魚焼けてます! 王様!」


 咄嗟にあげた大声は王様をキッチンに引き戻すことに成功した。

 王様の背を見送って、キッチンの陰からちらっとローソファを見る。背もたれから降りる直前の猫──テルモスさんと目が合った。

 (なんとかしろよ!)とでも言いたげな目に、私は唇を嚙む。


 なんとかするのはそっちでしょうが!



 鮭の塩焼き。あとサラダ。和なのか洋なのかどっちなんだ、というツッコミをする人はこの場には居ないので、何も問題はない。

 エレナちゃんの席の横には、昨日まで無かった丸いサイドテーブルが持って来てある。それぞれの席に着いた私たちに次いで、音も無く猫がサイドテーブルに飛び乗った。料理で占有されたテーブルの半分を器用に避けて、広くはないスペースにスッと座る。


「本当にテッちゃんそのまま食べるんですの?」


 エレナちゃんが聞けば、テルモスさんは姿勢よく「お座り」の体勢を取って頷く。


「この姿の方が楽なんだよ。それにこの献立なら食べやすい」


 言いながら彼は自身の前に置かれたメニューを見た。少し小さいサイズの切り身と、小さい小鉢に盛られたサラダ。顔を上げた猫の目が、ジトッと私を見てくる。チッこの、ツッコミは居ないはずだったのに。

 咳払いを一つ。何も言わせないまま、いただきます、と食事を開始した。


「ひとつ、いいかしら」


 箸で綺麗に魚の身をほぐした王様が声を上げる。イメージ通りというかなんというか、王様は箸を扱ったことが無かったのだけど、この異世界生活で大分使い慣れてきていた。今じゃサラダのプチトマトくらいならサッと掴むことができる。

 そんな王様は一度箸を置き、片手を胸元に当てた。


「改めて、名乗らせてもらうわね。私は王、ユーリクレマチス。我が国と民に尽くす王にして、この場においてはそこのチアキとエレナと協力関係にある」


 私の手が止まると同時に、テルモスさんが顔を上げた。まさしく猫の如くな食事方法をしていた彼は一度顔を前足で洗い、王様と向き合う。


「これはご丁寧に。オレはテル。あー……王、ね。そこの奴にも王様ってずっと呼ばれてたな」

「あ、はい。私が千暁です。佐藤千暁」


 そういえば自己紹介してなかったな。今更過ぎる名乗りをして、小さく会釈。


「私は王だけれど、この世界のではないの。私が住む世界にある、私の国の王」

「ああ、なるほど。おまえもオレ達と同じってことか」

「チアキから聞いた通りね。本当に察しが良い」

「それはどうも。なら、オレ達の世界に王が居ないことも聞いてるな? どうもそういう存在とは無縁でね、敬えないのを許してほしい」

「構わないわ。元より民は王を崇めるものではないもの」


 王様は軽く頷くと、人差し指で顎を撫でる。


「それで本題なのだけれど。あなた、一度ドラゴンの姿になってもらえないかしら」

「えっ!」


 と思わず声が出たのはテルモスさんではなく私だ。それはそれでまずい。なぜおまえが反応するのかとツッコまれてしまう。むせそうになるのを堪え、なんとか誤魔化そうと口を開いた。


「な、なんでですか王様? だって、ほら、こんなところじゃ目立っちゃいますよ」

「そうだなあ、オレも同感だ。この世界にドラゴンは居ないんだろ? 目立って行動を制限されるようじゃ、見つかるもんも見つけられんと思うけどな」


 あんたがそのスタンスを続ける限り見つかるものも見つからないよ。……とは口には出さず、心の中だけで処理をする。

 とにかく、テルモスさんをドラゴンの姿にはさせられない。これは彼自身の意地というだけの話ではないのだ。万が一誰かに見られたらまず間違いなくSNSやネットニュースを通して一気に拡散、居場所特定現場凸、最終的には新たなUMAか都市伝説になってしまうかも。この頭は最悪の予想だけはたくさんできてしまうので、こういう杞憂は既に何度目か分からないし、しつこいとも思うけど、それでも絶対に、目立てない!

 テルモスさんに同意を示すように、大きく二、三度頷く。王様はそんな私たちを交互に見て、


「そう。ならば別の手を考えましょう」


 と案外あっさり諦めた。


「私はドラゴンという存在をこの目で見たことがないから、テルモスを探すためにも一度実際の姿を見ておけたら、と思ったのだけれど。それで生じる不利益の方が大きそうね」

「そうしてくれ。ま、オレ達が居れば問題はない。オレだって同胞の気配を察するくらいはできるし、なによりエレナが居る」


 黙々と鮭を食べ進めていたエレナちゃんが「ん?」と目線を上げる。それにテルモスさんが「大丈夫」と応えれば、彼女は再び鮭の攻略に戻っていった。


「エレナならどれだけドラゴンが姿を変えてこの世界に紛れてようと、すぐに嗅ぎつける。王様、おまえが気付かなかったあの小さな姿のオレにも、コイツはすぐに気づいただろ?」

「そうね、あれには驚いたわ。ドラゴンどころか、その場に居ることすら目を凝らさないと見えないような大きさだったのに。そんなあなたがそこに居ることをエレナは確信していたもの」

「だろ? だから、今後ドラゴン探しは流れに任せて、まずはお互い元の世界に帰ることを目標としよう」

「いいえ、それはできない」


 ゆるく首を左右に振る王様に、テルモスさんの猫ひげがヒク、と震えた。

 テルモスさんは言葉を探すように「あー……」とぼやき、視線を彷徨わせる。箸休めにレタスを食むエレナちゃんを一度見て、それから王様に向き直った。王様はいつも通り、毅然とした態度でまっすぐその猫目を見返す。


「それはまた、なんで?」

「私はエレナのために、持てる力の限りを尽くすと約束したもの。王は一度告げた言葉を違えることは無いわ」


 そうだろうな、と、私は鮭の皮を剝がしながら内心呟いた。

 テルモスさんは知る由もないけど、王様とこの数週間ともに過ごした私には、王様ならこういうだろうな、がなんとなく分かる。王様の「こうなったチアキは譲らない」という発言は、私からしてみれば正直ブーメランだ。


「あー、元の世界に帰る方法を探すことだってエレナのためになるだろ。その過程でドラゴンが見つかれば、オレ達が気付く。ほら、何も問題はない」

「あるわよ」


 こうなった王様は譲らない。

 だって彼女は王だから。

 ユーリクレマチスは民の信頼を裏切らない王だから。


「エレナを悲しませる」


 そしてこれは王様は知る由もないことだけど、この発言はテルモスさんにクリティカルヒットしていた。

 テルモスさんがなによりエレナちゃんを大切にしていることはこの僅かな間だけでも私に十分伝わっている。……大切にしすぎて、空回りするくらいには。


「……じゃあ、まあ、同時並行ってことで」


 ひげを撫でながらのテルモスさんの返答に、王様は至って当然というように頷いた。

 今後の方針も決まって、頼もしい仲間も増え、なんと順風満帆なことか。と、思えればよかったのだけど。

 生憎私は寧ろ悲観的な方だし、事実として問題が多すぎる。


 まずそもそもとして、彼らを元の世界に帰す方法に全く目途が立たない。

 今のところ、あらゆる異世界からこの世界に人が来てばかり。このまま帰る方法が分からなければ、いつかこの世界の人口が異世界人と半々になってしまうんじゃ……なんて途方もない想像すらしてしまう。

 なんとかあの侵略者、またの名を異物さん、から情報を得られればいいのだけど、現状あいつらの気配は無い。この問題に関して、進捗が侵略者依存になってしまっているのがなんともむず痒いものだ。


 それに、テルモスさんとエレナちゃん。

 彼らはこれから本当に、ずっとこの歪んだ関係を続けるんだろうか……?


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