5-4 再会、そして
「……だ、そうですよ」
ふぅー、と息を整えて、空中に声をかけた。すると案の定、耳元に羽音。そこに居ると判断して、言葉を絞り出す。
「まぁ、その……ほら、解決はしました、よね」
「したか!?」
「うわ声でか。そのサイズ感で出る大声じゃないですよ」
「声の大きさには自信があるんだよ、とか言ってる場合じゃあ、ねえな」
羽音はそのまま私の顔の正面に移動してきた。小さな黒い点がホバリングしている。
「どうしたもんか……」
「そうですねぇ……」
「ああくそ。なにしでかすか分からん所が面白い奴だけど、こんなのは望んでねえっての」
「……うーん」
「この薄っぺらな仕切りの向こうにアイツが居るのに、なんで顔合わせらんねえかなあ」
「あの、それなんですけど」
小声と共に私は人差し指を立てた。
正直なところ、なんでこんなにこのドラゴンが(サイズ的にも、気持ち的にも)小さくなってるままなのかよく分からない。だってそうでしょ。理由が分かったんだから、あとはその誤解を解けばいいだけだ。
「別にさっさと顔合わせちゃえば良いじゃないですか。思ってた性別と違ってもビジュアルは一緒なんだから、顔見れば分かるでしょ」
至極当たり前のことを言った自信がある。それなのに、なぜだかその場には数秒間の沈黙が落ちた。
そして、
「……だめ」
「え?」
まさかの否定が返ってくる。
「だめだ」
「な、なんで? 拒否どころか悩む理由すら無くないですか?」
訳が分からず眉を顰めると、テルモスさんは再び押し黙ってしまった。一体なんなんだ。なにがそんなに駄目? 推測すら立てられず、私は首を傾げるしかない。
2人揃って黙ったまま、ジッと顔を突き合わせる。そうしていれば、テルモスさんが躊躇いながら口を開いた
「……先に言っておくけど、これはマジで、全部オレが悪い。アイツは何も悪くない。誤解に気付かなかったオレが、全部、悪い」
なんだろう、すごく歯切れが悪い。
「アイツはずっとオレをメスだと思って接してたんだ。それは、つまり」
「つまり?」
「アイツが頼ってるのも、信頼してるのも、探してるのも! 全部メスのテルモスなんだよ。それがオスでしたーなんて言ったらどうなるか……!」
なんとなく、彼の言いたいことが分かった気がする。私は眉を寄せて言葉を促した。
「……どうなるんです?」
「おまえオスだったのかって幻滅される……!」
大きく息を吐く。
まぁなんというか、いたたまれない。いや、もっといたたまれないのはテルモスさんなんだろうけど。別に騙す気はなかったんだろうし、彼自身、今の今までこの誤解を知らなかったわけで。
とはいえそれはそれ。一番大事なのはエレナちゃんの感情だ。
……いや、だとしてさぁ。
「それはそうですけど、でもそんな、それじゃあどうするんです? 会わないってことですか?」
「それしかない」
それはどうなんだ!?
「エレナちゃんはあんたのこと探してるのに!?」
「それでも!」
「あの子はもう見つかってるドラゴンを探し続けることになるんですよ!?」
「それでも!!」
「ずっと寂しい思いさせますよ!?」
「アイツに恥かかせるよりマシだ……!」
本当に……?
「えぇ……」と思わず声が漏れる。じと、と半眼でテルモスさんを見れば、彼は意味のない呻き声を上げながらふらついた。
「お、落ち着いて。絶対さっさと名乗り出た方がいいですって。で、ちゃんと言いましょう。それがせめてもの誠実さでしょ」
「アイツを傷つける……嫌がられる……」
「なにも言わない方がダメージでかいですって!」
「嫌われる……捨てられる……」
「うわもうなんだこの人」
あ、まずい本音が口から。パッと口を覆うも時すでに遅し。これは怒られる、とビビりながら様子を見た羽虫はしかし、やっぱりふらふらと力なくその辺りを浮遊しているだけだった。
これは相当重症だ。このドラゴン、対エレナちゃんに対してだけポンコツすぎる。
さっきまでのテルモスさんは常に冷静で、頼りになるドラゴンだったはずなのに。あの彼はいったいどこへ行ったんだろう。一を聞いて十を知る、そんな回転速度を誇る頭がすっかり機能停止しちゃっていた。
まったく、唸りたいのはこっちだっていうのに。私は腰に手を当て、なんとか彼を動かそうと試みる。
「私、エレナちゃんにドラゴン見つかったって言っちゃいましたよ」
「そうだな。オスのドラゴンが見つかったって、言ったな」
「せめてオスのドラゴンとして会いませんか? エレナちゃんからしたらテルちゃんじゃない扱いになるかもしれませんけど、一旦ちゃんと正しく出会い直しましょうよ。それでこう、信頼を築き直してからならまだ、なんとか」
「……いや、アイツはオレの匂いを覚えてる。会っちまったら匂いで比べられて気付かれる可能性が高い」
「また匂いですか……」
先ほど退出する前にエレナちゃんが言いかけた言葉が過ぎる。あれは多分、匂いでそこにドラゴンが居ることが分かっていたってことなんだろう。なんともまぁ鼻が利く異世界人だ。
「じゃあつまり、あれですか。ドラゴンは確かに居た、でも探してる相手じゃなかったからって言ってさっさと消えちゃった……そういう感じにしたいってことですか?」
「そ……れしかないだろ」
「ほ、ほんとにぃ!?」
本当に同意が来るなんて思わなかった。思わず大きな声が出る、と、同時に。
小さな、でも確かな物音がした。
ゆっくりとバレない様に、隠れてドアを開ける音。
反射で振り返る。
バチッ。4つ2対の目と視線が合った。
「あっ」
子どもが声を漏らせば、その肩に手を置いた王様が申し訳なさそうに目を伏せる。
「止めたのよ。止めたのだけれど、絶対バレないから、と自信満々なものだから」
王様が何か言っている。でもその言葉は私の耳から耳へと通り抜けて行って、ほとんど理解できていなかった。
乾いた唇を無意識に舐める。それから、震える声を絞り出した。
「……聞きました?」
エレナちゃんの身体が大きく跳ねる。
「……ん? なにも?」
分かりやすく上擦った声!
「ど、どこから」
エレナちゃんは困った表情で王様を見上げた。2人は顔を見合わせて、王様が改めてこちらを見る。
「最後だけ。探している相手ではなかった、という部分」
「やっぱり、そのドラゴンさんはテルちゃんじゃないんですのね」
あーもう、最悪だ。知らずのうちに吸い続けていた息を、静かに長く吐いた。
協力者に過ぎない私は別に良い。問題はテルモスさんだ。彼の感情を想像するだけで、私の方が勝手に足元が崩れそうな気持ちになる。
ちらと横目で探した羽虫は、私の視界の中には居なかった。でも多分消えてはいないんだと思う。だって今、エレナちゃんが「そのドラゴンさん」と言ったから。タイミングを逃し、最悪の状況に追い込まれ、でも今更どこかに逃げることもできず、きっとその辺りにただ浮かんでいる。
そうして私が黙っていれば、エレナちゃんは意を決したように勢いよく顔を上げた。大きな声で、第一声。
「あの、見知らぬドラゴンさん!」
グサッ!
ものすごく鋭利な物が刺さった幻聴がした。
「そこに居ますのよね? あなたも、自分の仲良しさんを探してますの?」
何もない空中を見上げて声をかけるエレナちゃん。私と王様は、それを黙って見守った。
少し間が開く。
それから、黒い点が目の端で動いたと思えば──ぼこり、とその質量が突如膨れ上がった。
何も知らなければ、空中に突然塊が現れたように見えたと思う。大きく目を見開いた王様がその証拠だ。
その塊は輪郭をうごめかせ、あっという間にすらりとした猫の形を取った。空中からしなやかに着地する。目を輝かせる王様と、当然のような顔でそれを見ているエレナちゃん、それから私。3人に見下ろされた猫は、すすす、と顔を俯かせ、
「……そうです」
謎に敬語で返事をした。
「あたしもですの。お揃いですのね」
エレナちゃんは鈴を転がすように小さく笑い、猫の前にしゃがみ込む。そして顔を覗き込むように頭を傾げた。ふよん、アホ毛と三つ編みツインが揺れる。
「ねえ、お揃い同士、一緒にお互いの相手を探しませんの?」
えっ、と出そうになった声を今度こそ抑える。今、私が水を差してはいけない。それくらいの空気は私にも読める。
でも……これはなんだか、とんでもないことになってきちゃった気が。
猫は返事をしない。エレナちゃんの顔も見ない。それでもエレナちゃんは楽し気に微笑んでいる。
「あたしエレナ。ヒカリ、エレナ。あなたの仲良しさんがあたしの知り合いだったら良いけど、あたしのこと知ってますの? どう?」
テルモスさんはどうするんだろう。
ここが分岐点だ。ここの対応で、この先の身の振り方がまるっきり変わる。そわそわと首元をひっかく私の前で、猫がようやく顔を上げた。
「……あー、そう、ね。エレナ。エレナか。いやあ、オレの知り合いにそんな名前の奴は居ないなあ」
あっ、こいつ。
その道に行くのか、本当に!
「そうですの……」
しゅん、とエレナちゃんは一瞬肩を落とした。しかしすぐに取り直し、猫の方へと、ずい、と身を乗り出す。
「じゃあ、あなたの名前は?」
「名前、名前。名前ー、はー……あー……なんだと思う?」
「えぇ!? どゆことですの!?」
「これはクイズだよ。お近づきの証」
「えーそんな、う、うーん」
エレナちゃんは素直に考え込み、その側に猫は腰を下ろした。そんな一連のやり取りに、私の口角は下がるばかりである。
なにをしてるんだこのドラゴン……。私が額を押さえていると、こそりと王様が囁きかけてくる。
「名前、聞いていないの?」
「聞いてはいるんです、けど……」
ちょっと事情というか、難しい問題というか、別に難しくはないけど面倒なことがあるというか。王様相手に何をどこまで言っていいのか、口ごもる。
「分かった!」
と、エレナちゃんが手を打った。
「いい? いい? 言いますのよ」
「ああどうぞ」
「つまりね、チアキさんが、あなたをテルちゃんだと思って連れてきたってことは、テルが付く名前なんですの。だから、あなたはテル! そのままの、テル! どうですの?」
「……おお、すげえな! 大正解!」
「え、やったぁ!」
その場にずっこけそうになる私を王様が咄嗟に支えてくれた。ああ、すみません、本当に……あ、大丈夫です。本当に私は大丈夫で、大丈夫じゃないのは私じゃなくて、その、えっと。
「でもね、あたしの知り合いにテルちゃん以外のテルが付く名前のドラゴンは居ませんの。やっぱりあたし達、全然関係ないみたい」
「あーそっか、それは残念だなあ」
「でもでも良かった、一緒の所から来た子が居て。心強いですの! ……あ、2人が心弱いってわけじゃなくてね?」
エレナちゃんは優しいね、私たちのことも気遣ってくれて。でもごめん、私今口を開いたら何を言うか分からない。
そんな私に代わり、王様が優しく微笑み頷いた。
「ええ、大丈夫よ。同じ世界から来た同じ境遇の者が居るというのは、それだけで気の持ちようが変わると思うから」
「そう、そういうことですの!」
そしてエレナちゃんは猫をひょいと抱き上げた。鼻先を合わせ、無邪気にほほ笑む。
「じゃあね、これからよろしくですの。テッちゃん!」
「テッちゃん、って、あー、オレ?」
「テルちゃんはテルちゃんだけの呼び名ですの。だから、あなたはテッちゃん。いい?」
「……ああ、よろしく。お互い、相手を早く見つけようぜ。エレナちゃん」
テルモスさん。
本当に、ほんっとうにそれでいいのか……!?




