5-3 再会、そして
「ちょ……ちょーっと待って!?」
私は縋りつくようにして玄関ドアの取っ手を押し開ける。それから外へ転がり出て、
「絶対にドア開けないでね!? あの、王様お願いします!!」
それだけ残してドアを閉めた。
バタン! と思ったより大きな音が出て、それだけ自分が動揺していることが分かる。そのままドアに背を預け、額を押さえて、口元に手をやって、頬を押さえ、もう一回額を押さえる。
「……え、聞いてた?」
ぽつりと呟いた私の目の前に、ぷうん、と黒い点が飛んできた。どことなく頼りなさ気な軌道。
……数秒待って、返事がない。ふら、ふらとただ飛ぶだけのそれに、私は言葉を続ける。
「テルちゃん、女の子らしいんです、けど」
……返事はない。
「あなたやっぱりテルちゃんじゃ無い……」
「なわけあるか!」
大声(羽虫にしては、だけど)と共に、ぐわんと黒い点が私の鼻先を掠めた。うっ、と仰け反り、自然と私の目は中心に寄っていく。
「アイツの絵見ただろ! どう見てもオレだっただろ!?」
「い、いやーちょっとデフォルメがデフォルメで判別しにく……」
「だとして!」
「だとして!?」
「だとしても」
そこでテルモスさんは一度自身を落ち着かせるように言葉を区切り、
「アイツはどこからどう見てもオレのエレナだった。オレがアイツを見間違えることなんてない」
「……うーん」
「なんっでこんなことに……」
きっと手が届けば頭を抱えているのだろうなと思う。あの長身美人が炎のような赤い髪を振り乱して懊悩している様はあまり見たくないような、寧ろちょっと見たかったような。
とかなんとか言っている場合でも無かった。正直かなり混乱してる。だって、え? どういうこと?
「でもじゃあなんなんですか? あなたはエレナちゃんが探してるテルちゃんで、でもテルちゃんは女の子で、あなたはオスで……?」
「知らねえ……こっちが聞きたい……」
「な、なにが起きて……」
おかしいな。本当なら今頃、サプライズが成功して大喜びの可愛いエレナちゃんがそこに居たはずなのに。
サプライズの内容は至ってシンプル。どこかで見たような、だからこそ王道の奴だ。
焦らして期待させている間、実はその場にテルモスさん本人が隠れていて、「どうぞ」の掛け声と共に死角から姿を現すっていう、アレ。
しかしこれは異世界のサプライズ。テルモスさんは決して隠れることなく、その場に居るままでこれを実行できるのだ。
ようは──ずっと私たちの側で羽虫として飛んでいて、合図でその姿を変えるのである。
まずは鳥。次に猫。その変化を見てエレナちゃんが「あっ」と気付いた時にはよく見慣れた人の姿になっていて、そこでご対面……といった感じ。
本当はドラゴンになってあげたかったらしいのだけど、家の中であんな巨大な姿になられたら間違いなく家が倒壊してしまう。だからって外に出るわけにもいかない。住宅街にドラゴンが現れたとなれば大騒ぎ、これも間違いないからだ。
そうして相談を重ね、サプライズ案を練り上げた。「まぁほぼずっとドラゴンの形のまま一緒に居たけど、次に多かったのは人の形だから、これでもアイツならすぐ分かるだろうよ」とは、浮かれ切っていた頃のテルモスさんの談である。
しかし現実は無情だった。おかげでテルモスさんは未だに羽虫の姿のまま、抱えたい頭も抱えられない。
「おまえさ、一回聞いてきてもらってもいいか」
「何をですか?」
「ほんっとうに、テルちゃんは女の子なのかって」
「さっき間違いなくって言ってましたけど……」
「よく考えたら違うかもしれないだろ!?」
「は、はい。分かりました」
あまりの必死さに頷くしかなかった。何度も何度も頷いて、小さな羽虫からは考えられないくらいの圧を背に、私は恐る恐るドアを開ける。
「チアキさん!」
2人は私たちが出ていった時と同じ場所に居た。
できるだけ音を立てないようにと思ってドアの取っ手を引いたのに、エレナちゃんはすぐこちらに気付いた。つまり、その場で動かず、そわそわと玄関ドアを見て待っていたということだ。
「あの、エレナちゃん。さっきはそのー……」
後ろ手にドアを閉め、さてなんと切り出すべきか。
考えている間にエレナちゃんはチラリ、と私を見上げ、それから王様に視線をやって、どうやら彼女の方も何か言葉を選んでいるようだった。
それならエレナちゃんより早く言わなければ。だってこの子供に何か言われてしまったら、私は誤魔化せる自信がない。
「エ、エレナちゃん!」
「ん!? うん!」
「……テルちゃんさんは……本当に女の子、なの?」
捻りも何もないド直球な問い。でも一番シンプルに聞きたいことが聞けるはずだ。
これにエレナちゃんはパチ、パチとその目を瞬かせ……こくり、と、確かに頷いた。
「それは本人、いや、本ドラゴン……? から、聞いたこと?」
「チアキさんはわざわざ家族の人やお友達に、性別を聞きますの?」
「そ、それは」
「ユーリさんに聞きましたの?」
「……聞い、てない、けど……」
確かに聞かない。王様にも聞いてないし、花奈も、藤崎も、母さんも、そもそもエレナちゃんにだってそんなこと聞いていない。
いや、でも、これはそういう話じゃあ、
「あのね、ドラゴンってね、姿を変えられるんですのよ」
ドキッ、と心臓が跳ねた。
「姿を?」
黙った私に代わって王様が尋ねる。
「うん。テルちゃんは大体はドラゴンのね、いつもの姿で居たのですけど、朝、あたしの髪を結んでくれる時だけは、この方が結びやすいからって言ってあたしと同じ、こういう、腕と足があるような姿になってくれてましたの」
脳裏にあの美人の姿が浮かんだ。
なるほど、次に多かった姿っていうのはそういうことだったのか。毎朝決まったタイミングだけはその姿になっていたのだから、そりゃ見ればエレナちゃんに伝わるはずだ。
「私たちと同じような身体構造の姿ということね?」
「う、ん? うんそうですの。それでね、その姿がね、すっごく可愛い女の子なんですのよ。だから一目で分かりますの」
「なるほど……」
あぁ……。
全部繋がった。納得感に私は細く息を吐く。
脳裏で人の姿のテルモスさんが頭を抱えている。丸みを帯びた体型の美人。
私が彼を彼だと聞きだしたのは、人探しから入ったからだ。警戒心と、少しでも情報を集めなきゃという責任感。そういったものが無ければまぁ、初対面で性別を尋ねることなんて中々しない……初対面どころか、仲を深めた後だってそうそう無いかも。
だからその場合の私は多分、パッと見の印象とエレナちゃんからの話で、テルモスさんをなんとなく女性かも、と思っていた可能性がある。で、そんな確認なんてしないから、認識がすれ違ったまま交流が続いていただろう。
エレナちゃんはまさしくこれだったのだ。それがこの一番大事な場面で露呈した、と、そういうことだ。
私は片手で自分の髪をぐしゃとかき混ぜた。繋がったは繋がったけど、じゃあこれからどうするべきか。
どんな対応をするにしろ、一応テルモスさんの意思は聞いた方がいいよな。どうせまたその辺に飛んでいてこの話は聞いているだろうから、私が外に出ればついて来てくれるでしょ。
疑問が解決した分、さっきよりは余裕がある。私は意識的に口角を上げて、エレナちゃんに手のひらを向け、
「もう一回待っててもらっていい?」
「ま、またですの?」
「うん」
「あの、でもそのそちらのドラゴ」
「もう一回待っててもらっていい!?」
「わぁびっくりした!」
目を丸くする子供を置いて有無を言わさず外へ飛び出た。なにか聞こえた気がするけど気のせいだ。ドラゴ……いや気のせい気のせい。なんかバレてそうとか、そんな訳がない。
「……だ、そうですよ」
ふぅー、と息を整えて、空中に声をかけた。




