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5-2 再会、そして

 鍵を回して、ドアを引く。

 「ただいま」というより早く中からバタバタと足音が近づいて、


「チアキさんっ!」


 短い三つ編みツインをぽんぽんと跳ねさせながらエレナちゃんが飛び込んできた。


「ただいま。あーえっと、エレナちゃ」

「においが!」

「えっ」

「におう! においが、におい、におうー!」


 口を挟む間もなくエレナちゃんは捲し立てる。何とか落ち着いてもらわないと。あとその連呼は若干傷つかなくもない。


「ま、待って待って」


 なんとかそう口に出して、今にも飛び掛かる勢いの彼女と距離をとるように両手を伸ばした。


「えーと、あのねエレナちゃんちょっと落ち着いて聞いてほしいんだけど」

「これが落ち着いてなんていられますの!? だってチアキさん、においが!」

「に、におい。あのそれもちょっと傷つくかも……」

「ドラゴンのにおいがしますの! あなたから!」


 どきり。

 心臓が音を立てるのを感じつつ、それが顔に出ないように努めた。一回小さく咳払い。それから真面目な表情を作った。


「エレナちゃん。そのことなんだけどね」

「うん、うん!」


 エレナちゃんは私を中心にぐるぐると小走りで駆け回っている。目が回りそうなのでそれを追うのは諦めて、正面を見ながら私は口を開いた。


「……良い報告と、悪い報告があるよ。どっちから聞きたい?」

「え……」


 騒がしかった動きがぴたりと止まったのが、背後から伝わった。

 振り返れば、エレナちゃんは所在なさげな表情でこちらを見上げていた。眉を下げて、小さく開いた口をきゅっと閉じる。


「ど……どっちがいい?」


 そんな表情をあまり長く見てられなくてつい急かせば、子供は「えっと」と思考に言葉を詰まらせながらも


「悪い方!」


 と言った。


「悪い方のほうが、後から嬉しい気分になれますの。だから悪い方!」


 想(・)定(・)通(・)り(・)の答えだ。だから私の口は台本をなぞる様にするりと言葉を紡ぐ。


「じゃあ悪い方だけど……今朝の投稿にね、有力な情報は集まらなかったんだ」

「え、あ……そうですの……」


 エレナちゃんはか細く呟いた。ああ、テンションが露骨に下がっている。

 本当に、感情が全部表情と声に出る子だ。そんなエレナちゃんだからこそ、彼も喜ばせてあげたいんだろう。


「それで良い方ね。……見つかったよ」

「えっ」


 計画が上手くいくかどうか、全て私にかかっている……とは言わないけど、台無しにはさせられない。言葉を間違えないように、慎重に。練習した台詞を口にしていく。


「赤い鱗で」

「え、えっえっ」

「青い目で」

「まっ、待って」

「えー、あ、炎を吐いて」

「ちょっと!」

「年齢は? そう、不詳。分からない。何故ならとっても長生きしてるから」

「えぇっ!? チ、チアキさん!!」


 一度言葉を止める。

 もったいぶる様にゆっくりと視線をやれば、エレナちゃんはその大きな目をもっと大きく見開き、震える手をぎゅっと握りしめていた。


「あ、あたし、それ言ってないですの!」

「そうだね、聞いてないね」

「なのになんで知って」


 騒ぎが流石に気になったのか、リビングのドアから王様が顔を出した。ただいま帰りました、と会釈で挨拶。王様相手に不敬極まりないとも思うけど、今はこの子供を喜ばせるのが先だった。


「エレナちゃんから聞いてないテルちゃんさんの情報を、何故か私が知ってる。つまり……どういうことだと思う?」

「えっそっ、それはさぁ! ……期待しちゃいますのよ!」


 エレナちゃんはふにゃりと口を緩ませ、頬を両手で押さえる。その表情のなんといじらしいことか!

 緊張に逸る心を落ち着かせようとして、私は浅く呼吸を繰り返した。自然と視線が動き、黒い点を探そうとしてしまう。

 ああダメダメ、もう少しなんだから、バレるわけにはいかない。

 大丈夫だ。彼はひっそりとスタンバイしているはず。他でもない彼の計画なのだしそこは信用しなければ。

 だから、私にできることはあと少し。


「エレナちゃん」

「はい!」

「期待、していいよ」

「えぇーっ! あは、ふふふ」


 思わず、というように笑いだすエレナちゃん。そんな姿を見ては、こちらも嬉しくなってしまう。ニヤける口元をそのままに私は最後の一押し、くす玉の紐に手をかけた。


「赤い鱗で、青い目で。炎を吐いて、年齢は分からない……そんなオスのドラゴンが」

「ふふ……え、あれ?」

「見つか、え?」


 あれ? そんな反応、台本に無いな。

 急遽決まった即興劇じゃ、アドリブに対応できるだけの練習は足りていない。思わず言葉に詰まってしまって、数秒の沈黙が流れた。

 まずい、進行が。このままあとは「どうぞ!」するだけだったのに。どうしよう、演出家さん脚本家さんテルモスさん! なんとかして! なんて内心焦りながらエレナちゃんを見やれば、彼女は……


「オスですの?」

「え? いや、うん。オス……そうだよ」


 私の返答に、すすす、と視線が落ちていく。どこか気まずげにエレナちゃんの視線は泳いだ。

 なんだ。どういうこと? エレナちゃんのこの態度はなんだ。


 よく分からない。ただ……なにか、とんでもないことを見逃しているような、そんな焦燥感に襲われる。


 ──そういえば、エレナちゃんから実際に聞いた「テルちゃん」の情報って、どこまでだっけ。


「あの、あの!」


 必死な声にハッとした。

 エレナちゃんはまっすぐに私を見上げて、言葉を選ぶようにたどたどしく、それでもはっきりと、


「あのね、多分、ドラゴンを見つけてくれたってことだと、思うのですけど」

「あ……うん」

「すっごくすっごく嬉しいんですの。でも!」


 その言葉を口にする。


「そのドラゴンが男の子なら、それはテルちゃんじゃないですの」

「な、なんで」

「だってね、テルちゃんは……女の子なんですのよ」


 ビシリ。


 そんな音が鳴ったと錯覚するほどに、空気が固まった。


「……女の子?」


 背筋をものすごい量の冷たい汗が伝うのを感じながら、私は震える声を絞り出した。さっきとは別の意味で視線を動かせない。


「うん。ほら、えっと……あの、絵で描いたでしょう?」

「絵、描いた……けど、でも」

「これね?」


 すっ、と歩み寄った王様がエレナちゃんに例のイラストを差し出した。今の会話で察して取ってきてくれたのだろう。なんて用意周到、流石王様……などと言っていられるだけの余裕は、今の私には無い。

 ありがとう、と紙を受け取ったエレナちゃんが、バッ、と勢いよくそれをこちらに掲げる。


「ほら! 見て、女の子ですのよ」

「見て、と言われても……ドラゴンのオスメスの違いはちょっと分かんないかも……」

「えぇー?」


 不満気にエレナちゃんは頬を膨らませる。だけど生憎、どれだけ見ても私には違いがさっぱり分からない。そもそもエレナちゃんのイラストタッチが大分ほんわかしているから、先ほどの実物ドラゴンとの遭遇の記憶と比べても、その差異が分かりにくい、というか……。

 いや、別にそこはどうでもいい。良くはないけど! でも今はどうでもいい!


「でもね、確かにテルちゃんは女の子ですの。間違いなく!」


 どうなってるんだよテルモスさん!?


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