4-5 【求:目撃情報】
「……あっえっ、違う!」
「あ? なにが。オレはドラゴンだって」
「いや違くなくて、あの、あのっ」
そうだ、それどころじゃない!
今起きたことがどうこうとか、人外キャラが人型になることの好悪とか、そういうのは取り合えず全部どうでもよくて、それより大事なことが1つある!
だってそうだ!
ドラゴンが居たんじゃないか!
「テルちゃんさん!?」
その名を口にした次の瞬間、
「へえ?」
再び気温が上昇する。
「じゃあやっぱり、おまえの言うエレナちゃんとやらは、オレのエレナで間違いないみたいだなあ」
目を眇め、一切の表情を消したこの人──ドラゴンは、見せつけるように片腕を持ち上げた。
その腕が、ぼこりと輪郭を膨らませる。
ぼこり、ぼこりと膨張し、表面が硬化し、鱗を纏い、尖った爪がギラリと伸びる。
「エレナをどうした。どこにいる。答えによっちゃあ……」
淡々としたその問いかけに開いた喉の奥から、炎の揺らめきが見えた。
「うっ、うち!」
そんなものを見てしまっては、私なんぞにはもうどうしようもなく、
「うちにいる! 無事! 保護してる! テルちゃんさんを探す手伝いをしてる!!」
そうやって、切れ切れの言葉をなんとか伝われとまくしたてることしかできなかった。
身を守るために両の腕を顔の前に掲げる。その隙間からチラと見れば、ドラゴンは閉口し、ジッ、とこちらを見ていた。
「エレナは、無事なんだな?」
コクコク、何度も頷く。
「おまえが保護してる、と」
コクコク。
「エレナもオレを探してる」
コクコクコク。
「ふうん……」
ドラゴンは器用に片方の口角を上げる。それから小さく咳払いすると、腕を下ろした。
鱗に覆われたそのドラゴンの前腕が再びぼこりと波打ち、今度は縮んでいく。それがつるりとした人間の腕になるのを見届けて、私はごくり、喉を鳴らす。
「あの、あなたは本当にテルちゃんさん?」
「本名かと言われると違うけど、エレナにそう呼ばれてるって意味ならまあ、そうなるな」
本当に? だとしたら、あまりにもあっさり目的を達成したことになる。エレナちゃんのことを思えば喜ばしい限りだけれど、それにしてはなんとも拍子抜けというか……都合が良すぎるというか。
先程見たのは確かにドラゴンだった。所謂西洋風のドラゴン。エレナちゃんが描いたテルちゃんさん像の特徴そのままの。
でも、目の前に居るのはどう見たって人間だ。
色合いはテルちゃんさんに似てなくもない。
髪を鱗と同一視していいのならそれは炎のような赤色だし、目は海のように深い青。まさにエレナちゃんの言った通りだけど、ただ確信も無かった。
状況的にそうとしか考えられないし、今まさにその腕だけがドラゴンの物になったのを見たとはいえ、侵略者やら異物のこともある。リスクを思えば、100パーセントの自信無しに彼女たちとは会わせられない気もした。……あ、涙ぼくろ。
「……一応、確認しても良いですか?」
「お、警戒心。良いねえ。聞けよ」
もし万が一、最悪のことが起きた時の為に、こっそりと隠すようにスマホを操作する。もうワンタップで通話がかかるという状態のまま、ドラゴンに尋ねた。
「名前を聞いても」
「テルモス。だからエレナからはテルちゃんって呼ばれてる」
テルモス。それがこのドラゴンの名前。
聞いたはいいものの、そういえばエレナちゃんからテルちゃんさんの本名を聞くのを忘れていた。そのまま「テル」だとばかり。これはちょっと後で裏取りするとして、あと確認するべきことは、えーっと。
「赤い鱗に青い目……だったかな、さっき。ドラゴンだった時」
「なってやろうか?」
「いい、いい、結構です!」
ふん、と鼻を鳴らすテルモス……ちゃん? くん? さん?
「性別と年齢は?」
「オス。年は数えてない。エレナもオレの年なんて知らないから意味ねえよ」
「あ、へぇ……数えられないくらい長生き、みたいな?」
「まさにだな。おまえの種族もそうなの?」
「いや全く。全然数えられますね」
なるほど、すごくドラゴンらしい。なんか漠然と超長命ってイメージあるもんな、ドラゴンって。
というかオスなのか、テルちゃんさん。ドラゴン体の性差はよく分からないけど、こうして今取ってくれている人間のような形を見るに、丸みを帯びた女性的なシルエットをしているように見えるけど。まぁ体型だけで分かるものでもないか。
「あとは……そうだ、星の飾り。耳に」
「ああ、それも知ってんの」
テルモス、さんは、片方だけ長く伸ばしたサイドの髪をスッとかき上げた。
そうして見えた耳の上部、軟骨と軟骨を繋ぐように、1本の棒のようなピアスが通っている。それには確かに星の形の装飾が煌めいていた。
「エレナとオレが番った証な。これでいい?」
「……エレナちゃんも、そんなこと言ってた」
じゃあ、やっぱり。
見つけた。それはもうあっさりと、呆気なく。
異世界転移してきたドラゴンを!
こうしちゃいられない。さっきまでの恐怖心はどこかに消えて、私はテルモスさんの手首を取り引っ張るように歩き出した。
「おいちょっと」
「早く、早く帰らないと。エレナちゃんが待ってますから」
「こら、落ち着けって」
軽い力で手を引かれ、私は立ち止まった。前に進むことは難しいけれど後ろに倒れるほどではない、くらいの、本当に軽い力だった。
「なに? エレナちゃんに会いたいんじゃないんですか」
「そりゃ会いたいよ。だからこそ安全に、問題なくエレナの所に行かなきゃならねえ」
だから、とテルモスさんは続けつつ、掴まれた方とは逆の手で、さり気なく私の手を掬い取った。
「この見た目じゃ表は歩けないよな」
「……え」
「違う? この辺どうも髪の色は黒か茶の奴ばかりだから、これじゃあ目立って移動どころじゃないだろ」
そう言うや否や、ぼこり。
思わず口から小さく悲鳴が零れた。私の目の前、至近距離で、テルモスさんのその端整な顔の輪郭が崩れたから。
これをなんと表現すればいいのか、私の語彙力では難しい。液状というには形があって、変形というには溶けている。一番近いのは……そう、スライム状の生物がへんしんするような、そんな感じ。そんな過程を経て、私より大きかった背丈の人間が、私より小さな猫に変わっていた。
「これで行くか」
にゃあ、の代わりに出た言葉に、私は額を押さえる。
「……う、ぐぐ」
「なんだその呻き声。ああ、別に道中は喋らねえから安心しろよ」
赤茶の顔を前足で撫で、青い目でこちらを見上げる猫。
いや、もう、なんというか。
ドラゴンの発見で薄れていた衝撃がぶり返してきたというか。
でもそれを今の頭の回転数じゃ上手く説明できる気もしなかったので、
「……電車に猫は乗れないと思います……」
と、なんとか言葉を絞り出した。




