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4-4 【求:目撃情報】

 ──かくして、まったく予想通りの時間を過ごし、ようやく1人になった帰路である。

 駅への道のりを歩きながら、なんだか吐き慣れてしまったため息を吐く。ため息を吐き慣れた、ってのもなんだか嫌なものだ。

 片手に握ったスマホのロック画面は、結局静かなままだった。うんともすんとも言わない。1つの通知もないただのロック画面。

 ……疲れたな。すごく。

 いつスマホが振動するか、ずっと気を張っていたのが急に来た。ぐっ、と肩が重くなった感覚に、一度強く目を閉じる。

 そういう意味じゃ、花奈や藤崎とのやり取りはある意味癒しだったのかもしれない。確かにあいつ等との会話は何も考えなくていいくらい気楽なものだし、異世界の「い」の字もない日常的な場面だ。あの2人の存在こそが私を異世界と無関係な所に繋ぎとめているというか……いや、やめよう。別に異世界的なことに関わるのが嫌ってわけじゃないし。炎上が嫌なだけで。

 とにかく、私だって王様やエレナちゃんの力にはなりたい。しかしこの現状では私の感情がどうであれ、成果は出そうになかった。


「エレナちゃんになんて言おうかなぁ……」


 あれだけ期待されて家を出たのだ。帰宅した瞬間「どうでしたの!?」と飛びつかれるのが容易に想像できる。そんな純粋な子どもに成果無しを報告するなんて、考えただけでお腹が痛くなる案件だった。

 自然と足取りも重くなり視線も下がる。のろのろと歩く視界にいくつもの足が見えては、私を追い越していった。

 日々の一場面ですれ違うだけの人のことなんて、誰も気にしていない。それはインターネットの中だってそうだった。

 炎上している件がどうして目に入るのかっていうと、それだけ人の目に触れているからで、つまりそもそも注目されなければ火すらつかない。だというのに私は燃えたくないと怯えて日和って、挙句の果てに反応がないことに安堵すらして、結局今となってはそれが申し訳なくて顔が合わせずらくなっている。人間の感情とはかくも複雑なものなりや……あぁもう、現実逃避したってどうしようもない。

 とにかく早く帰ろう。私の家なんだから帰らないわけにもいかないし。それに、もしかしたら2人の方でなにか考えがまとまっているかもしれない。そしたらまたそこから私ができることを探せばいい。うん。そうだ、とにかく立ち止まってちゃいけない。王様だってそう言うはず。

 そうやってひとりでに頷いて、足元の塊に声をかける。


「猫ちゃんもそう思う?」


 猫って言葉が分かるんだろうか。ぱちりとした目がこちらを見上げた。

 やたらとゆったりした歩みが気になったのかなんなのか、少し前からじゃれついてきていた猫ちゃんだ。自宅周辺ならまだしも、ある程度車やコンクリートの多い大学周りじゃ猫なんてあまり見かけない。だから珍しいなと思いつつ、その赤茶色の毛に触れ合わないよう足を運んでいた。

 しなやかな動きで私と並ぶように猫は行く。歩くのに合わせて尻尾を左右にゆらゆら揺らし、時折周囲を探るように顔を上げる。そんな些細な仕草すらよく分かるくらいの距離にこの子は居た。

 こんなに近くで猫と歩けるのは正直ちょっと嬉しい。下がりっぱなしだった口角も上がる。猫の気まぐれに感謝だ。それにまぁ、下を向いていたおかげでこの子に気付けたと思えば、色々考え込んだのも悪くはなかったかもしれない。

 そうして猫ちゃんの動きをジッと観察しながら足を進め、ふと地面に見慣れないタイルが敷き詰められていることに気付いて顔を上げた。


 猫だけを見て歩いていたら、いつの間にか帰宅路を外れていたらしい。

 三方向を建物に囲まれた日陰の空間に、自販機とごみ箱だけがぽつんと設置されている、ちょっとした空きスペース。自販機側の壁は多分よく知る駅の物だと思うから、どうも駅の裏側まで来てしまったらしい。

 こんな場所があったとは、1年以上同じ道を通っていたのに全く知らなかった。猫ちゃん様様だなぁ、とここまでの案内人をもう一度見下ろし、


「よくここまでのこのこ付いてきてくれたなあ、おい」


 パカリと開いた猫の口から、ありえないものが飛び出てきた。


 ……少しの間、完全に思考が止まった。

 本当に、意味が分からなかった。大分不思議な出来事にも慣れてきたと思っていたのだけど、やっぱりまったく想定外のことには中々ついて行けない。


 だって、そんな──猫の口から人の声がするなんて。そんなの絶対ありえない!


「聞こえてるよな? 聞こえてねえと困んだよ。折角見つけた手がかりなんだからさあ」


 また喋った。

 喋った? ……喋った! 喋ってる!?

 猫が人の言葉を喋ってる!!??


「えっなっ、はっ」

「ああ、聞こえてるみたいで結構。じゃ、知ってること洗いざらい吐いてもらおうか」


 じり、と後退する私を逃がさないと言わんばかりに猫は距離を詰める。それにまた私の足は下がって、その繰り返しだ。気が付けば囲まれた壁の奥に追い込まれてしまった。

 おかしい。身体の大きさなんて全然違う、私の方が何倍も大きいはずなのに、目の前の猫からものすごい圧を感じる。

 これはあれだ、つい先日感じたものと同じ。私の天敵、クの付くアイツを目にした時と同じ心境。

 

 怖い!


 弾かれたように私は駆けだそうとした。

 した、ということは、それは叶わなかったということだ。何故か。


「おいおい、この可愛い姿じゃあ喋る気にもなんねえか? ……じゃあ、これでどうだよ」


 足を踏み出したその瞬間、ぶわりと大きな風が私の額を撫でて行って、はっと見上げればそこに居たからだ。


 2本の太い角。分厚い耳のついたワニのような頭。

 ずしん、と大きな足がタイルを踏みしめる衝撃で、身体の芯がビリビリと痺れる。

 こじんまりとした建物裏の隙間を埋め尽くすほどの巨体。狭苦しそうに畳まれた羽がその赤い身体を覆っていた。


「答えろって。なあ」


 開いた口が塞がらないなんて経験は、一生に一度で良い。

 少なくともこんな短期間に何度も経験しては、一大学生でしかない人間はもう、おかしくなってしまう。


「答えなきゃどうなるかくらいさあ……分かるよな」


 肌の表面をジリジリと熱い何かに炙られるような感覚。初夏の午後の気温どころか、猛暑ですらここまで直接的な熱(・)さ(・)は感じない。それでも気のせいじゃなかった。確かにこの場の温度が急激に上昇して、私を焼こうとしている。

 それは目の前の生き物によって引き起こされていた。

 その口がグワリと開く。

 鋭い歯がずらりと並んだ大きな口。私なんてひと呑みしてしまえそうなそこから、ぬるい息が吐き出される。それと同時に。

 チリッ、と炎が舞った。


 ──いやー、それでさー。


 人の声!


「はっ、話すから! 話すからそれやめて!」


 叫びながら咄嗟に目を瞑ったのは多分、恐怖心からだ。

 目の前の生き物がどう、というよりは、この先起きる出来事への恐怖。

 人の悲鳴、ざわめき、シャッター音、サイレン、ごうごうと燃える炎……私の想像力が瞼の裏に最悪の状況をつくりあげる。しかし、結論から言うと、それらが実際に私の耳に入ることは無かった。

 代わりに聞こえたのは「チッ」という小さな舌打ち。それから荒々しく遠ざかっていく足音。

 

「……いつまで黙ってるつもり?」


 至近距離から聞こえた声に、ビクリと肩を揺らす。それは先程まで私に詰め寄っていたあの生き物の声だった。

 ただ、それにしては声がトーンダウンしている、ような。

 よく分からないけれど、恐れていたようなことは起きていなさそうだ。声音的に、生き物も落ち着いている気がするし。それなら、と、恐る恐る私は目を開けた。


「……は?」


 壁ドン、という言葉がある。

 壁に相手を追い込んで、自分の腕か手でドン、と壁を付き閉じ込める。恋愛もので見る手法の一つ。


 今の私はまさしくその相手側だった。

 相手側、ということは、ドン側が居るということになる。


 ドンしているのは、燃えるような赤い髪の人(・)。

 その人が私の背後の壁に腕をドンして、こちらを見下ろしていた。

 

 でかい。

 立った状態でここまで見下ろされることも中々無い。藤崎だってせいぜい目線がちょっと高い程度だ。でもこの人は、殆ど頭が1つ分以上大きい。

 呆然とする私の口は機能を失ってしまったようになにも発せなかった。そんな私にこの人は眉一つ動かさず顔を寄せ、その体勢で口を開く。


「これでいいな? おまえが話しかけてても違和感のない姿ってこれだろ」


 全く頭は働いていないけど、話しかけられたことだけは分かった。


「……え、あ、なに? 違和感……?」


 だからほとんど反射で、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「それともさっきの小動物が良い? オレはなんでも良いけど、あれって喋らない種族だよな。ま、おまえが誰にどう思われようとオレには関係ないか。おまえが喋りさえすれば」

「いやあの、えっと、小動物、あ、猫? いやならそのままで……あ、でもすみませんちょっとどいてもらっても」


 まずい、そのまま喋りすぎたせいで、本当に素直な懇願をしてしまった。

 これは機嫌を損ねたか、と身をすくめるけど、私に怯えに反し、目の前の人はあっさりとそのドンした腕を引いてくれた。その手を腰に当て、しかし油断のない目でこちらを見る。


 ……なんか、一周回って冷静になって来たな。意味が分からない出来事が起きすぎた。猫は喋るしドラゴンは現れるし、かと思えばなんか壁ドンされてるし──って、待った!


 ハッとする。慌てて身を捩り、目の前の人の向こうを見た。

 ボリュームたっぷりの長くうねった髪が邪魔をするけど、確かに分かる。そこにはただ日陰に自販機とごみ箱があるだけで、それ以外は私とこの人、その2人だけだった。

 

「ドラゴンは……?」

「おまえがやめろって言ったんだろ」

「はい?」

「あー、だから。おまえが、話すからやめろ、って言ったんだろって。この方が話しやすいだろと思ってわざわざおまえに合わせたんですけど」

「は、はぁ……それは、どうも……」


 ピッ、と向けられた指先をまじまじと見る。

 え、えぇと。起きた出来事と聞いた話を頭の中でぐるぐると混ぜて、噛み砕いて、なんとか理解しようとする。でもその結果辿り着いた答えは、どうしたってありえない物だった。

 ありえない、ありえないけど、ありえないことも現実になり得るってことを私はもう何度も経験している。

 だから、つまり。


「あなたはドラゴン、ってこと、ですか」


 目の前の人は、大きく頷いた。

 けど……だからってすぐに受け入れられるわけもない。

 だって、えぇ? ドラゴンって存在自体わけが分からないのに、それが喋って、人の姿を取って……? いや、確かにフィクションのドラゴンキャラじゃ結構ある設定ではあるけど……


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