4-3 【求:目撃情報】
大学の学食というものはありがたいもので、程よい量のあたたかい食事を、大学の敷地内から出ずに、手ごろな値段で、素早く提供してくれる。あと単純に美味しい。私のお気に入りはパスタを専門で出してくれるお店で、今日も食券とシーフードパスタを交換していつもの特等席についた。
横を見れば窓辺に樹木の枝が伸びて、町中を飛んできたであろう鳥が嘴で己の身をつついている。その様子を少しの間見つめて、腹をくくった。
トートバッグの中をまさぐって、奥の奥にしまい込んであったスマホを取り出す。スマホをこれだけ遠ざけたのは初めてかもしれない。だって見たら分かってしまう。
ぐっ、と唇をかみしめて、恐る恐るスマホを裏返して画面を見た。スマホの画面は既に明るくなっていて……ロック画面と、時計。
「はぁー……!」
ドッ、と力が抜けた。へたれそうになる身体を机に手をつくことでなんとか支え、スマホを置いた。
ロック画面には一切の通知が来ていない。まっさらな画面に現在時刻、それだけ。
それはつまり、今朝の投稿への反応が一件も無いことを示していた。ポジティブな物も、ネガティブな物も、一切合切、すべての反応がまったく、無い。
安堵と落胆がない交ぜになったような、不思議な感情だ。良かった、とも言い難いし、残念だ、とも言えない。どっちも本心。
しかし炎上を恐れる私はともかくとして、家で成果を待つ2人にはなんとも報告しにくい。そういう意味じゃあ少しだけ、残念の方が比率が大きいかもしれなかった。
もう一度ため息を吐いて、トレーに乗せたフォークを手に取った。ひとまず昼食を食べてしまおう。いただきます、と唱えて麺を巻き取っていく。
今日も今日とて私は大学生として勉学に励んでいる。
家でお留守番中の王様達はきっと今頃、アニメに夢中だろう。家を出る前、王様にテレビリモコンとサブスクの説明をしてきた。一度見聞きしたものはさらりと習得する王様のことなので、様々な異世界物アニメを選んでは観賞し、異世界及びドラゴンへの知見を深めているのではないかと思う。エレナちゃんはどうか分からないけど、どうか途中で飽きて家を出る、なんてことがなければそれで良い。
フォークで小エビを刺した所で、ふと正面に人の気配を感じ、顔を上げる。
「お、ここ空いてんじゃん」
「結構空いてますけどね、他にも」
「まぁまぁ」
軽い調子で笑いながら正面の椅子を引いたのは、藤崎。置かれたトレーから刺激的な匂いが漂ってきて、こいつもまたいつものお気に入りメニューを頼んだのだなと察した。
「佐藤さ、担々麺、結局食った?」
「人には好みってものがあるからね」
「それは、そう。でもここの担々麺はまじで美味しくて」
「安くて量も丁度良い、って何回も聞いた。それを言うならここのパスタだってまじで美味しくて安くて色んな種類もあるけど」
「うーん。人には好みってものがあるからなぁ」
肩をすくめて、藤崎は真っ赤な汁に箸を差し入れた。かき混ぜられた端からスパイスが撒かれるように刺激臭が襲ってきて、無意識のうちについ眉が寄ってしまう。
「食の好みは合わないんだよな俺ら。その辺花奈ちゃんの方が気が合う」
「花奈はあれなんでも食べるだけだと思うけど……」
「あぁ大丈夫、おまえらの仲に割り込もうって意味じゃないからさ」
「そんな心配してないって」
「おっ、へぇ……ふぅ~ん……」
にやつく藤崎に、今度は意識的に顔を顰めてやった。まったく、都合が良いように受け取りやがって。
「そういう意味でもない」
はいはい、と藤崎は適当に流し、麺を啜った。
当の花奈が並ぶ店には、随分と行列ができている。食堂の回転率を思えばそこまで待ちはしないけど、とはいえ今すぐ食べられるというだけの人数でもなかった。人に囲まれて苛つく花奈の仏頂面が目に浮かぶ。
まぁ、だからこそこうして、ようやくスマホを確認できたわけだけども。花奈がひっついている状態で通知を確認して、もしバッチリなにかしらの反応が来ていたら、間違いなく花奈の目にもその通知が入ることになる。それは避けたかった。
「てかさ、そうだ。佐藤おまえ、あれなに?」
「あれ?」
「今朝の投稿。おまえドラゴン属性好きだっけ」
飲み込んだばかりのエビが詰まりそうになった。
ぎこちない手つきで私が水を呷る間に、藤崎はちょちょいと自分のスマホを操作する。そうして見せられた画面にはSNSの投稿が映っている。あまりにも見覚えがある、ありすぎる、ありたくなかった文章。
「拡散希望。こういう感じのドラゴン知りませ」
「ちょっ、と! 読み上げやめろ!」
何とかして止めなければ、と慌てて藤崎のスマホに手を伸ばせば、ひょいっと引かれた。
「おーい食堂ねここ。声、声」
「おまえがさぁ……!」
「ごめんって。でも意外でさ。そもそも佐藤いつぶりの投稿だっけって感じなのに、それがこんな内容だから」
藤崎は片手で担々麺の具材を摘まみながら、もう片手で器用にスマホを弄る。それをじとりと睨み、私はため息を吐いた。
そうだった。私がSNSで繋がっている数少ないアカウントの1つが藤崎の物なんだから、あの投稿がこいつの目に入るのは必然だ。失念していた上にこんな公共の場で大声をあげた私が悪い……いやでも読み上げたのはこいつが悪くないか? こんな公共の場で。
再びのため息。そんな感じで私の食事の手が止まっているというのに、元凶の藤崎は我関せずと青梗菜を噛み締めていた。シャキシャキさせやがって、この。
「で、結局これなに? ドラゴンキャラ探してるってことでいい?」
「ん、うーん……まぁ……」
「いやぁドラゴンね。分かるよ、良いよなドラゴン。結局ドラゴンか巨大ロボってところあるよな、敵でも味方でも」
「そう、いやそうかな。色々あるでしょ属性は。エルフとか、獣人とか……ロボだってどの程度のロボ感がいいかとか」
「それは獣人でも同じだけど、その話しだすとちょっと争いが起きるから今は一旦置いておいて。とにかく、そんな佐藤にはね、これおすすめ。見てこれ」
そう言って再び向けられたスマホに渋々視線を向ける。その画面の中には、何やらポーズを取る女の子が居た。
可愛い女の子が、鋭い爪をこちらに向けている。赤い髪。後ろ向きに伸びた2つの角。彼女を大きく見せる背中の羽。周囲の炎のエフェクトが時折大きく燃えて、それに合わせてガオと吠える、そんな女の子の──イラスト。
「ソシャゲじゃん」
画面下部に表示されている星の数が多い。私はやっていないソーシャルゲームだけど、きっと最高レアリティなんだろう。限定キャラとかかもしれない。半眼で見やると、藤崎は当然といった顔で頷く。
「ソシャゲだよ。逆になに? あ、コンシューマー? 俺結構メジャーなゲームしかやってないんだよなぁ」
「そうじゃなくて」
「分かった、アニメか漫画が良いのな。なら尚更これよ。このソシャゲ今度アニメ化するから丁度良いって。まぁできればやって自分でストーリー見てほしいけど、やっぱアニメの方が追いやすくはあるからなぁ」
それから藤崎は、やれどのキャラもイラストが良いだの、やれこのキャラが嫌いなプレイヤーは居ないだの、おすすめソシャゲを熱弁し続けた。まったく、人の話を聞かない奴め。
ただまぁ、そう強くは言えなかった。なにせこれはひとえに私のためだというのが分かるから。
藤崎は私の投稿を見て、これで解決すればと思ってドラゴンキャラを紹介してくれた。そこに自分の好きなソシャゲを布教しようという打算がないかと言われると分からないけど、少なくともこのマシンガントークのきっかけになったのは間違いなく私である。完全な勘違い、とはいえ勘違いされて当然の投稿内容なので、その申し訳なさもあって口を挟めなかった。……にしたってよく回る口だな……。
「ちぁきちゃんっ。やぁーっと食べられるよお腹空いたぁ~」
藤崎の話をぼんやりと聞き流しながらパスタを巻いていれば、深いため息と共に隣にトレーが置かれた。福神漬けたっぷりのカレー。誰かなんて見なくても分かる。
そうして私の隣にどっかりと座り込んだ花奈へ、藤崎が聞く。
「あぁ花奈ちゃん。花奈ちゃんも興味ある? ソシャゲ。ていうか花奈ちゃんってゲームとかする?」
「知らなぁい。いただきま~す」
「だろうなぁ。スマホ触ってるとこも見たことないし」
「まぁ実際花奈はあんまりゲームしないよ。うちで一緒にパーティーゲームとか、あとは私が勝手にゲームしてるの後ろから見てたり」
「あぁはいはい。そういうマウント俺には取らなくて大丈夫だから。取られるまでもなくおまえの方が上だよ、俺が上になる気も無いし」
「なに言ってもそういう捉え方するなぁおまえは……!」
午後の講義は2人と同じ。つまり藤崎からは満足するまで延々とドラゴン娘のソシャゲを布教され続けるのは確定だし、一定時間私から離れたことで鬼のように不機嫌な花奈がゼロ距離でへばりついてくるのも確定だ。せめて利き手と逆の方の席に花奈を座らせることだけを決心して、吐き出しそうになるため息を、大きな一口に詰め込んだパスタと共に飲み込んだ。




