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4-2 【求:目撃情報】

 さて、オーブントースターが軽やかな音を立てて役目を果たしたと告げてくる。取っ手を引くと、香ばしい小麦の匂いが一瞬ふわりと広がって、部屋の中に溶けて行った。

 

「マーガリンは各々好きに塗ってください」


 ダイニングテーブルの上に3人分、焼きたての食パンを皿に乗せて置くと、エレナちゃんはまっさきにテーブルの真ん中に用意してあったマーガリンの容器に手を伸ばした。それから慣れた手つきで蓋を取って、バターナイフで食パンの面にマーガリンを広げていく。

 どうも見た感じ、エレナちゃんの世界はかなりこの世界と似ているようだ。

 マグカップもある。ボールペンもある。食パンもマーガリンもあるとなれば、今の所異なる点はドラゴンくらいだ。あ、嘘。あの光るロープもそうだった。あんなものこの世にあってたまるか。

 

「次使う人居ますの?」

「いただくわ」

「はいユーリさん」


 ありがとう、と王様がエレナちゃんからマーガリンを受け取る。

 実の所、私はパンにマーガリンを塗らない派である。だからこれは完全に王様用だった。

 我が家の朝食は常にパンのみだ。パンの種類こそ色々買ってはいるけれど、こうも同じだと流石に王様は飽きてしまうかもしれない……そう思った私がせめてもの味変になれば、と買ってきたのがこのマーガリンである。パン以外を出せばいい、という意見については気が付いても気が付かないフリ。習慣になってしまったし、なにかするにしても焼くだけなのが楽なので。

 王様は今でこそ当然のようにマーガリンを塗っているけど、彼女の世界にはマーガリンは無かったらしく、初めて見た時にはそれはもう興味津々と言った様子で目を輝かせていた。「バターとは違うのね?」とペースト状のマーガリンを掬う王様に頷きつつ、でも実際マーガリンってバターと何が違うんだろう……いや確かに味は違うけど……などと思ったのは私の心の中だけの秘密だ。

 

「いたーだきます」


 小学校の給食のような掛け声でエレナちゃんが食パンにかぶりつく。ザクッ。あ、良い音。

 王様がマーガリンの蓋を閉めたのを皮切りに、私も手を合わせる。さて一口。カリッとした耳とザクリとした面がほど良い食感だ。実に私好み。私が焼いてるんだからそりゃそうか。

 

「今日も美味しいわ。この、表面まで焼き目の付いた焼き加減が良いのかしら」

「良かったです」

 

 王様は毎食律儀に食レポをしてくれる。される方の私としてももう慣れたもので、いつものように返事をした。

 もう一口、と王様は食パンを齧る。それを飲み込むと、一度食パンを皿に置いた。


「ところで、チアキ。なにか情報は合ったかしら」

「テルちゃんさんのことですね」


 無心で食パンを食べ進めていたエレナちゃんがピクリと反応し、こちらに視線を向ける。


「正直なところ、全然ないです」

「その、それで調べても出てこない、ということよね」


 それ、で王様は私の傍らに置いたスマホを指差す。


「まぁそうですね……色々目撃情報とか無いか見てはみたんですけど」

「そういった物もない、と。いくつか可能性は考えられるけれど、どれも憶測の域を出ない」

「でも、何もしないわけにもいかなくないですか?」

「えぇ。とはいえ何かしらの取っ掛かりは欲しいわね。異世界転移を学ぶために見たあの動く絵のような、何か参考になりそうなものはないかしら」

「それならまたドラゴンが出るアニメとか」


 と私たちが話し合っていれば、


「あの、あの!」


 エレナちゃんが手を上げる。


「その四角いのでテルちゃんを探してくれてますの?」

「探せるっていうか情報収集っていうか……あ、まぁ確かに探せもするけど」


 盲点。そうか、探すって検索するだけじゃないや。

 私は普段見る専なので全く頭になかったけど、よく考えてみれば、SNSというものは自分から発信することもできるのだ。


「拡散希望、って言って、色んな人から情報を教えてもらうことも、できなくはないかな」

「ふぅん……?」


 ちょっと難しい言葉だっただろうか。なんて言おうか、と悩む私に王様が補足。


「掲示板みたいなものかしら。自ら発信することで情報を得るのよね」

「あーそうですね。そうかも」

「えっじゃあ、テルちゃんのことを探してください、って貼り紙することもできるんですの!?」

「でき……る、かな……できる、けど、うーん……」


 らんらんと輝くエレナちゃんの笑顔から逃れるように、つい視線を逸らす。

 まぁ、そりゃ私はSNSにアカウント持っているわけだし、投稿する事だって別にできる。できはする、けど。


 「拡散希望。ドラゴン(本物)を探してください」。

 なんて投稿したら、どうなることか。


 ネタ投稿扱いでタイムラインを無風のまま流れていくか、おすすめ作品を尋ねていると判断されて返信欄にURLや画像がぶら下がるか。大体このどちらかだろう。

 それならまだ良い。もしも、本当にもしもの可能性として、なにかがどこかで捻じ曲がって拡散に拡散され尽くし、結果何かの火種になるなんてことになったとしたら……ううう、そんなの本当に最悪だ! 絶対嫌だ! 燃えたくない! だからSNSに投稿なんてしたくないんだ!

 

「やってやって! やってほしいですの!」


 けれどもそんなの知ったことじゃないエレナちゃんは、ぐいぐいと身をテーブルに乗り出してくる。その様子に私はますます彼女の顔が見れなくなってしまった。意味も無く食パンを持ち上げたり下ろしたり、どうにも落ち着かない。


「いやーでも、なぁ……ほら、それで絶対目撃情報が出てくるわけでもないし……」

「やらないと可能性は絶対ゼロですの! でもやったらゼロ以外の可能性だってありますのよ」

「ド正論……」


 ああ、子どもに正論を諭された。グサリと刺さった物に乾いた笑いを漏らす。

 そんな風に私が煮え切らない態度を取っていれば、突如エレナちゃんはピタリとその口を閉じてしまった。そして椅子に座り直し、


「……なんか、やめておいた方が良い感じですの?」


 ……もう、幼子がそんな不安げにこっちを見ないでほしい!


「わ、かった。分かったやろう。やるよ」


 パッとエレナちゃんが顔を上げる。ついでにハートのアホ毛もふよんと揺れた。


「ほんとに? いいんですの? 問題ない?」

「な、い。無い!」

「えへ、へへぇ。ありがとう!」


 それがなんとも本当に嬉しそうな気の抜けた笑顔だったもので、こんなものを向けられては報いないわけにもいかないなと思ってしまった。やっぱり子どもはのびのびと安心して暮らせなきゃ。そういうものだ。

 残り1口になった食パンをひょいっと口に放り込み、手を合わせてごちそうさま。そのままの手でスマホは触れないので、一度手を洗いに立ち上がった。


「えーと。じゃあ、投稿するからね」


 清潔になった手をすり合わせながら座りなおす。するとエレナちゃんは椅子を降り、パタパタとテーブルを回ってきた。


「見せてっ、見せてほしいですの」

「あ、いいよ。見える?」

「うんっ」

「私もいいかしら」


 と王様。私が頷けば、王様も立ち上がってこちら側に来た。そのまま私の座る椅子の背凭れに両手をついて、背後から手元を覗き込んでくる。

 こんなに注目されるとは思わなかった。なんというか、ただ文章を打つだけなのに緊張する。ごくり、と喉を鳴らし、気持ち丁寧に人差し指を動かす。


 【拡散希望】

 こういう感じのドラゴン知りませんか?なんでもいいので知ってることがあれば教えてもらいたいです

 ・赤いうろこ

 ・青い目

 ・耳に星の飾り

 ・角あり

 ・羽あり


「う、うーん……」


 どうなんだこれは。

 こうして改めて文章にしてみると、やっぱりちゃんと不安になる。もし自分のタイムラインにこの投稿が流れてきたら、正直意図が分からない。過去にこういうドラゴンキャラを見たけど作品名やキャラ名が分からなくて探してるのかな? それかネタ投稿かな、それにしてはこんなミーム見たことないしなぁ……、で、結局流す。間違いなく。

 しかし不安なのは私だけなようで、


「ねぇチアキ? これに絵を描くことはできる?」

「絵ですか。描くというか、載せられはしますよ」

「本当? ならエレナの似顔絵を一緒に見せたらどうかと思うのだけれど、エレナはどう?」

「それでテルちゃんが見つかるなら、どんどん見せてほしいですの」

「ありがとう。取れる手は取ってみないとね」


 とまぁ、王様とエレナちゃんはなんとも乗り気なのだった。

 今更「やっぱりこんなの投稿しても意味が無いのでは」だなんて言えない。し、王様の言う通りでもある。これでもし、万が一、僅かな可能性として、本当にテルちゃんさんの情報が入って来れば万々歳だ。

 にしたって未だに私の気は重い。

 私は自分がめちゃくちゃ心配性な自覚があるので、今こうしてエレナちゃんの似顔絵の写真を撮って画像を添付している間も、操作の指が震えて仕方がない。なにせ今の今まで私のSNSはほとんど閲覧専門アカウントだったのだ。なにかしらを投稿して、それがどこかで火が点いてありとあらゆる非難の嵐が飛んで来たらと思うと怖くて怖くて……


「……ふー」


 細く息を吐く。

 そんなこと言ってられないか。だって私はこの異世界の迷子に協力するって決めたんだし。

 ていうかそもそも、火が点くってことは、それだけの人数に見られるってことだ。私のアカウントはごく少数の知り合いとしか繋がっていないから、実の所拡散性能はまったく高くない。だからこその「拡散希望」で、芋づる式の拡散及びおすすめ投稿表示機能への期待、投稿検索機能からのヒットなんかを狙ってはいるわけだけど、それだって一体どれだけの人の目に留まる事か。

 うん、考えてみればなんか、大丈夫な気もしてきた。いや拡散して情報を得なきゃいけない点からしてみれば全然大丈夫ではないんだけど。自分の恐怖心的な意味では大丈夫な気がしてきた。


「い、行きます」

「えぇ」「うんっ」


 2人の頷きを合図に、私の指が投稿ボタンをタップする。

 さぁ後は野となれ山となれ! ……どうか炎上はしませんように。絶対に!


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