4-1 【求:目撃情報】
とは言ったものの。
「ドラゴンがドラゴンのままその辺に居たら、絶対大騒ぎだとは思うんだけどなぁ……」
ローソファに深く身を委ね、スマホに映る投稿達をスワイプしていく。
SNSはまぁ、いつも通りだった。
ドラゴンを見つけた。なんてことがあれば、トレンドは間違いなくそれ一色に塗りつぶされるはず。でも現在のSNSを賑わせているのは上から順番に、最新ゲーム情報、プレゼント企画のタグ、世間で起こった事件のキーワード、なんか急に流行り出したミームの一部分。うん、よく見る雰囲気のトレンドランキングだ。
念の為パブサもしてみる。「ドラゴン」検索……ゲームの攻略情報。ガチャ結果。ドラゴン娘の擬人化イラスト。ドラゴン体ドラゴンのリアルなイラスト。流しても流しても目撃情報なんてものは出てこない。
そりゃそうか。そんな非現実的で荒唐無稽な情報なんて、創作でもなければ出てこない。そりゃそうなんだけど、今はそんな情報こそが欲しかった。
……もしや、海外に飛んだとか、ないかな。王様やエレナちゃん、侵略者。彼らが揃って日本の、しかもこの土地に現れたこと自体、天文学的な確率だったのかもしれない。それならば別言語の投稿も検索しないといけないわけだけど。
「だとして、かぁ」
だとして、それでもやっぱりSNSで大騒ぎだろう。
今の世の中、別の国で起きた出来事だってインターネットを通じてあっという間に拡散される。元の言語の投稿はもちろん、あらゆる言語に翻訳されたり要約されたり、そのうえで情報が減ったり歪んだりしながら更に広く遠く情報が飛んでいくのだ。投稿元のSNSで騒がれつくした後は別のSNSに持ち込まれてネットニュースにまとめられ、行くところまで行ったら最終的にテレビニュースに……
「ま、まずすぎる!」
「なにがまずいんですの?」
視界外からの声に、文字に起こすこともできない素っ頓狂な声をあげてソファから飛び上がってしまった。
廊下とリビングを隔てるスライドドアを王様が閉じる。それを背に、とてとてとエレナちゃんがこちらへ寄って来た。
「お、おはよう」
「おはようございます。それで、なにがまずいんですの?」
「あーっと、良く寝れた?」
「うん!」
あれから。
異世界転移してきた子どもを1人夜の住宅街に放り出すことなんてできるわけもなく、結局この家に泊めることになった。
とはいえ我が家にそんなほいほいと都合よく空き部屋があるわけもない。母さんの寝室はすっかりウォークインクローゼットもかくやというような有様だし、私の部屋は今は王様が使っている。ではどうしたかというと。
「あそこってチアキさんの部屋なんですのよね」
「そうだよ?」
「じゃああの大量の本も?」
「そ、うだね……」
「あのね、寝る前に読もうとしたらユーリさんに怒られたんですの」
「持ち主の許可なく触るのはね。ただでさえチアキは部屋を貸してくれているのだから」
唇を尖らせるエレナちゃんを王様が窘める。それに笑って返しながら、私の内心は冷や汗が止まらなかった。
エレナちゃんは王様と共に、私の部屋で寝ることになった。
別にそれは構わないのだ。元々王様に貸してたし、別に見られて困るものも無い。そんなのがあったら、王様が我が家に住むようになった時にとっくに場所を移してる。
ただまぁ、その……私の部屋にはありとあらゆる本が詰まっているわけで。
幼少期に繰り返し読んだ絵本。ある意味異世界物に初めて触れたとも言える児童書。シリーズを揃えて新刊を楽しみに待つ文庫本にライトノベルまで。どれも私にとって大事な本たちだ。
……それはそれとして、本当に、ありとあらゆる本があるんだよね。
エレナちゃんが読もうとしたのがどれのことか分からないけど、少なくとも物によってはちょっとまずい。特にライトノベル、場合によっては文庫もまずい。
脳内に過るのは、ライトノベル特有の巻頭カラーイラストページ。それからミステリー小説のリアルで凄惨な文章表現も。
こんな純粋な子どもにあんなもの見せられない。
「本、本ね、あのー……見る前に、これ見て良いかって聞いてくれたら、良い、かな……」
「じゃあ後で持ってきますの!」
どうか両手で抱える大きさの絵本か、もしくは児童書でありますように。
ひっそり心の内で祈る私を他所に、王様はエレナちゃんをダイニングの椅子に呼び寄せる。
「エレナ、髪を結ぶわ。ここに座って」
「ありがとう~」
ぴょんと椅子に飛び乗って楽し気に足を揺らすエレナちゃん。その白い髪を、王様が器用に結わえていく。高い位置の側頭部に2つ、昨日のような短いみつあみツインテール。
「器用ですね王様」
気になってひょこひょこダイニングに近寄ると、王様は視線を手元に落としたまま笑った。
「王はあらゆる身支度を自分でできるようにしているのよ。民の手を煩わせないように」
「そうでした。なんか私がすることないんですよね」
「あら。それは聞き捨てならないわね」
「えっ、と?」
「私はチアキの大きな献身を受けてここに居るのよ。あなたが私の力となっていること、この王自らが証明しましょう」
はい、できた。と王様は最後のヘアゴムを回す。
「どうかしら。完全に再現できた、とは言えないかもしれないけれど」
「見えないですけど大丈夫だと思いますの。見えないですけど」
「そうね、一度鏡を見てみてくれるかしら。さっき顔を洗ったところにあったでしょう」
「はぁい!」
飛び乗った時と同じようにぴょんと椅子から飛び降り、エレナちゃんが洗面所の方へと駆けていく。それを見送って、私はゆっくり細い息を吐いて、
「かっこいい~……王様……」
「ありがとう」
このやり取りも慣れた物だった。




