3-5 2章で新キャラクターが登場するなんてそんなまさか
そうと決まればまずは情報が必要だ。人探し……ドラゴンだけど。とにかく誰かを探すには、まず私たちがその人……ドラゴンだけど! に、詳しくないといけない。
「まず、えっと。テルちゃんさんのこと教えてほしくて」
「ひとまずは見た目からかしら。どんな姿をしているの?」
ドラゴンとは言うけれど、果たしてフィクションでよく見るソレの通りなのかどうか。というか、そんなザ・ドラゴンがこの世界に居たら、今頃とっくにSNSが大騒ぎのお祭り騒ぎになっていそうだ。
……もしかして、もうなってる? まずい、気になる。気になってきた。片手で断って立ち上がる。えっと、スマホはどこ置いたっけ……。
「テルちゃんはドラゴンですの。あ、でもこの世界にはドラゴンが居ないんですのよね。それと、ユー……」
「どうかした?」
「あの、普段なんと呼ばれていますの?」
「私? そうね、王と呼ばれることが多いけれど。それか名前をそのまま、ユーリクレマチス、と」
「あだ名みたいなのは無いんですの?」
「愛称だとユーリかしら」
「じゃあユーリさんと呼びますの!」
あ!?
「お嫌ですの?」
「いいえ、構わないわ。許します」
あぁ!?
「んふふ。それで、ユーリさんの世界にもドラゴンは居ないんでしたっけ」
「そうね。物語上の、こういう生物というイメージ像はあるけれど」
なんだか話が進んでいるけどそれどころじゃない。ダイニングテーブル上のスマホに手をかけた体勢のまま、私の身体はわなわなと震えていた。
そっ、それ。その名前!
私もまだ呼べてないのに!!
王様って人を愛称で呼ぶのに慣れてないし、逆に呼ばれることにも慣れてないだろうから、ていうか王様をいきなり愛称で呼ぶなんて不敬極まりないしまだそこまで許されてないだろうしって色々考えてたのに、それを全部この子どもはいきなり踏み越えて……!
「チアキ、チアキ」
「あっ!? え、はい!」
大袈裟に肩を跳ねさせて見れば、いつの間にか王様が目の前に立っていた。庭から上がって来たらしい。
彼女のブロンドは室内の無機質な電気の中でも煌めき、目を奪われる。一瞬ぼうっと見惚れていれば、王様はそれに気付いているのかいないのか、気にした様子もなく視線を彷徨わせた。
「紙と、なにか書くものは無いかしら」
「紙、書くもの……あっ、はい。あります。ありますけど」
「エレナにテルちゃんの似顔絵を描いてもらおうと思って。借りてもいいかしら?」
あぁ、似顔絵。良い案だ。もちろん、と頷けば、王様は微笑んでエレナちゃんを振り返った。それを合図に、ぱたぱたと軽い音を立てて子どもがこちらに駆けて来る。
紙は電話の側に置いてあるメモ帳、書くものは同じくそこにあったボールペンだ。手に取ってダイニングテーブルに戻ると、エレナちゃんは椅子に座り、ぷらりと床につかない脚を揺らしていた。
「はい、どうぞ」
あ、ボールペンってあんまり異世界には見ない気がするけど、使い方分かるかな。口を開く前にエレナちゃんは慣れた様子でボールペンの上部をノックした。そのままサラサラとボールペンを紙の上に滑らせる。
「これはなに?」
「ボールペンです。書くものですよ」
「書くものというと、ペンとは違う?」
「あ、そうですそうです。ペンですね。ボールペンはなんか、ボールが中に入ってて……書きやすい、みたいな感じだったような……」
「ペンなら私の国にもあるわ。でも見た目が違う。形状は似てなくもないけれど」
「で、ですよねぇ!」
おっと。不思議そうにこちらを見る王様に、何でもないです、と首を振る。王様があまりにも期待通りの反応をしてくれたものだから、つい。
「王様の世界だとペンってどんな感じなんですか?」
誤魔化すように尋ねる。王様は「そうね」と頬に指を滑らせると、いくつかの特徴をあげた。細長い形自体は似ている、押すような部分(ノック部分のことだろう)はない、植物の先を削って作る、度々インクを付ける……。
「羽ペンみたいなものですかね」
「それはどういうものなの?」
「そう言われると私も詳しくは無いんですけど……あ、でも羽の先を削って、インクを付ける感じだと思います」
「確かに、そう聞くと似ているわね。私の国のペンは羽ではないけれど」
そんな風に異世界トークに花を咲かせていると
「できましたの!」
黙々とテーブルに向かっていたエレナちゃんがパッと両手をあげた。テルちゃんさんの似顔絵が描けたらしい。私たちはエレナちゃんを挟むように椅子の左右に立ち、彼女の手元を覗き込んだ。
そこに描かれていたのは、ドラゴンだった。
想像上の生き物としてのドラゴンしか知らない私が見て、一目でドラゴンだと思うイラスト。
身体の長い十二支の辰のような龍ではなく、いわゆる西洋風のドラゴンだ。
「テルちゃんはね、大きなドラゴンですの。ドラゴン達の中でも身体が大きい方で」
2本の太い角。小さな耳のついたワニのような頭。
そこから──もっちりとした胴体が続き、たくましい4つ脚で立っている。大きく広がった羽はコウモリのような形。羽ペンとはまるで縁が無さそうだ。それから最後に、尻尾が欠けはじめの月のように描き足されていた。
まさにドラゴン。フィクションでしか見たことが無いようなドラゴン、なのだが。
「可愛い絵だな……」
全体的にイラストのタッチがほんわかしている。
身体のもっちり具合はさることながら、ぐわりと開いた口が確かに笑っていることとか、目がくるくるとした丸い形で表現されていることとか、そういった全体の雰囲気がなんとも可愛らしい。
ぼそりと呟けば、エレナちゃんはくすぐったそうにはにかんだ。そんな反応も可愛らしい。
「上手ね。特徴を捉えながら、あなたらしさもある」
じっくりとイラストを見ていた王様も、一度視線をこの絵の描き手に移して褒めの言葉をかける。
「え、へへ。ありがとぉですの」
手放しの賞賛を受けたエレナちゃんは口の中で声を転がすように笑うと、自らのイラストの上を1か所ずつ、指先でなぞる。
「綺麗な赤い鱗をしてますのよ。炎みたいな綺麗な赤色」
そういえば、エレナちゃんの髪にも鱗のような飾りがついていた。菱形に近い真紅の飾りが縦に並んで2つ。なにを留めているのか分からない髪留め……これもなんともファンタジー的だ。
「目は優しい青ですの。健気で優しいテルちゃんそのものみたいな、深い青色。それからね、耳にね、星の飾り」
あ、星。
ふと先程カップの模様を眺めていた子どもの姿が蘇る。
「これこそが、テルちゃんがあたしのドラゴンだって証ですの」
「聞いてもいいかしら」
と王様。
「うん。どうぞ」
「あたしの、という言葉に具体的な意味はあるのかしら。家族とか、それとも相棒のような存在?」
「ううん……どちらもですの」
エレナちゃんはイラストのドラゴンをそっ、と手のひらで覆った。どこか大人びたような表情で子どもは語る。
「あたし達の世界ではね、ドラゴンと人が一緒に住んでますの。その中でも特に仲良しの2人が約束して、もっと仲良しになりますのよ」
これね、と彼女は再度星の飾りを指差した。
「あたしがあげましたの。ずっとあたしを見守っててね、って。それで代わりに、テルちゃんからはこれを貰いましたのよ」
その手が指したのはやはり、彼女の髪留めだった。
「テルちゃんの鱗ですの」
エレナちゃんは純粋な笑顔で、イラストの中のドラゴンと見つめ合っている。
私と王様は顔を合わせ、揃って子どもに少し身を寄せた。
「大事な存在なんだね」
「うん。早く会いたい」
この無邪気な迷子をどうか安心させてあげたい。
異世界転移の専門家ってわけでもない私でも、そう思うことくらいならできるのだ。




