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3-4 2章で新キャラクターが登場するなんてそんなまさか

 しかし王様もそうだけど、エレナちゃんも随分呑み込みが早い。説明として分かったとしても、実際にそんな非現実的なことが自分の身に起きてすぐ納得できるものなんだろうか。

 これが例えば、異世界転移が当たり前に存在する世界から来た、とかなら分かる。「どこから来たの?」「ちょっと世界4から」みたいな会話が当然のように日常で行われる世界なら、こんなことが起きてもあっさりとしていられるものだろう。

 ところがどっこい、実際はそんなことはない。それどころか、王様の世界には魔法のような物自体が無いらしい。なのに王様は「それが現実だから」と、起きた出来事をそのまま受け入れている。どうにも私には難しいし、分からないし感覚だ。

 まぁ、王様は王様だから、柔軟に物事を受け止められるような人ってだけなんだろうけど。それが王の器よ、とか、言いそうだし。

 じゃあエレナちゃんは?

 この反応からして異世界転移とは無縁の世界出身なのは間違いない。正確な年齢は分からないとはいえ、見た目的には多分私達より幼いと思う。そんな子どもが異世界に1人放り出されてるのに、こんなあっさり順応して……いや、だからこそか? 子どもだからこそ、不思議な出来事も子ども心に受け入れられる、みたいな……。

 

 さて、と当のエレナちゃんを見れば、子どもは何度も何度も頷いていた。そうしてひとしきり頷き終えると、コテン、と首を傾げる。


「それで、テルちゃんはどこなんですの?」


 ……それだ。状況確認の次は、そこを擦り合わせないと。


「その、テルちゃん、っていうのは」

「テルちゃんはあたしのドラゴンですの」

「ドラゴン……と言われてもな……」


 何から聞くべきか。悩む私の代わりに、


「エレナの言うドラゴンというのは、どのような存在なの?」


 王様が尋ねる。


「どのような?」

「見た目とか、あなたとの関係性とか。人探しには情報が必要だから」


 そうそう、それだ。まずはちゃんとそのドラゴンについて知らないと。

 しかし、この問いにエレナちゃんはキュッ、と眉間に皺をよせ、私達を威嚇するように睨みつけた。


「探すもなにも、あなた達がどこかに連れてっちゃったんじゃないですの」


 王様と2人顔を見合わせる。

 うーん。困ったことに、どうもこの辺りの誤解がまだ解けていないみたいだ。ドラゴンはこの世界には居ない、と言ったはずなんだけども。


「この世界にドラゴンは居なくても、あたしと同じように連れてきたんなら関係ないですのよね」

「ま、待って待って。そんなことしてないし、ていうか本物のドラゴンなんて見たことないとも言ったよね!」

「だったら尚更ですの! 世界3で初めてのドラゴンとしてテルちゃんを見世物にする気なんじゃ」


 どうも思い込んだら一直線のようで、エレナちゃんはどんどん想像を膨らませヒートアップしていく。怒涛の勢いで言葉を浴びせ、同時にぐい、ぐいと身を寄せてくる。あ、圧が。その小さな身体から一体どうやったらそんな圧が!

 どうしよう。なんとか口を挟まないと……と、焦る私に再び助け船を出してくれたのは、やはり王様だった。


「ねぇエレナ。あなたはどうして、私達をテルちゃん誘拐事件の犯人だと考えているの?」


 必要以上の感情が籠っていない、落ち着いたトーンの声。だからこそその声はスッと耳に入ってくる。

 それに少し勢いを削がれたエレナちゃんは、何かを言おうとした口をぱく、と動かし、への字に曲げた。


「だって」

「えぇ」

「だって、異物さんと戦ってたらここに居たんですのよ。だからあなた達がその、あの……異世界転移。を、やったんじゃないんですの?」

「そうだ、それ! 異物って何?」


 気になる単語に口を挟む。するとエレナちゃんはきりりと眉を吊り上げ、


「しらばっくれないでくださいませ! あなたからは異物さんの匂いがプンプンしますのよ!」

「え、えぇ……?」


 そんな。腕を匂ってみるけれど、特にこれといって変な匂いはしない。……はず。

 自分の匂いって正直自分じゃ慣れちゃってあまり分からないものだ。でもこうして王様と一緒に居ても何も言われたことが無いし、多分本当に大丈夫、だと思う。多分。王様が優しくて言い出せないとかじゃない限りは。

 それかもしかして髪の方? 顔の横の髪をちょいと摘まんでみる。匂いを嗅ぐにはちょっと長さが足りない。


「ねぇ、思ったのだけれど。その異物と言うのは、黒い靄のようなものではない?」

「いいえ、違いますの。大きくて、人のような形で」

「じゃあ、ここに来る直前、楕円の形で切り取られた空間を見なかった?」


 私が匂いに気を取られている間にも、王様はサクサクと話を進めていた。というか今、なんか聞き捨てならないことを言ったような。

 黒い靄とか楕円とか、だってそれは──


「……あ!」


 と、エレナちゃんが大きな声をあげる。

 まぁるく目を見開き、同じようにまぁるく開けた大口で、ポン、と手を打つ。


「見た気がしますの。そう言えば。そこにテルちゃんと一緒に入って……」


 今度は私が目を見開く番だった。対して王様は我が意を射たり、というように大きく頷く。


「やっぱり」

「お、王様。それって、侵略者じゃ」

「しんりゃくしゃ? なんですのそれ」

「エレナ。あなたの言う異物は私達とは無関係よ。寧ろ逆ね」


 突然国の至るところに現れるようになった、正体不明の侵入者。

 事情を聞こうとしても何も答えず、同行を求めても応じない。拘束を試みると敵意を向ける。

 王様の国にあだなす者、王様の国の平穏を侵さんとする者。

 王様の敵。


「彼らのことを、私達は侵略者と呼んでいるわ。私はその侵略者との戦闘の折に、この世界に異世界転移した。楕円に切り取られた空間によってね」


 この楕円こそが、侵略者と異世界転移についての大きな手掛かりだ。王様が現れた時も、侵略者が消えた時も、この楕円がその場にあった。

 エレナちゃんもこれに見覚えがあるということは。


「つまり、どういうことですの?」

「あなたの敵と私達の敵は、同じ存在の可能性が高いということよ」


 異世界転移なんてそうホイホイ起きてたまるか、という私の感覚は、ある意味正しかったのだ。

 三度の異世界転移、そのすべてが同じ存在によって引き起こされていたものなのだとしたら、まだ納得がいく。

 つまり、これはそれぞれ別の事件なのではなく、全てつながった1つの事件なのだ──!


「……でもでもでも、その人からは異物さんの匂いがしますのよ!」


 とかなんとか思う私のミステリー物気分は、エレナちゃんのあげた大声で打ち破られた。子どもは納得できない、というように頬を膨らませる。

 けれど、納得できないのはこっちの方だ。異物の匂いがするだなんて、そんなこと言われてもよく分からない。

 もし本当に侵略者イコール異物なのだとしたら尚更だ。あの黒い靄から何か特別匂いがしたような記憶は無い。じゃあやっぱり侵略者ノットイコール異物ということ……? うーん、いったいどうなってるんだ。


「あたしは鼻が利きますの! 異物さんと同じ匂いのあなたは、異物さんの仲間なんじゃございませんの?」

「違うよ!? いや、よく分かんないけど! でも敵じゃないです!」

「じゃあなんでこんなに匂いますのよ!」

「恐らくなのだけど、この間の侵略者の匂いじゃないかしら」


 ああ、この場に王様が居てくれてよかった。冷静に物事を考えてくれる人が居るおかげで話が進む。

 王様は顎を中指で撫で、思い出すように目を伏せた。そうして言葉を続ける。


「最近この世界にも侵略者が現れたの。その際、チアキは勇敢に立ち向かったのよ」


 ゆ、勇敢……そうかな。ただヘロヘロになりながら自転車を漕いでただけな気がするけど。でも王様が褒めてくれるなら、うん。勇敢だったかも。そんな気がしてきた。


「チアキが言うには、元々この世界には侵略者は居なかった。だからこれまで彼女には侵略者の匂いが一切ついていなくて、そこに初めて侵略者と関わったものだから、より色濃くその名残が残った。そう考えると辻褄が合うわ。どうかしら」

「そ、そう。そういうこと」


 そうだ、それしかない。私は鹿威しか赤べこのように首肯を繰り返しながら、エレナちゃんの顔を真正面から見つめた。

 その姿勢に本気を感じ取ってくれたのか、エレナちゃんはゆっくりと口を閉じた。それからむむむ、と眉根を寄せ、


「じゃあ、本当にあなた達は、テルちゃんの居場所を知りませんの……?」


 途端、しゅん、と表情を暗くしたものだから。


「み、見つける」


 その言葉は、脳を介さずに口からポロリと零れ落ちた。 


「絶対見つけるから!」


 顔を上げたエレナちゃんのピンクの目が、驚いたようにまるまっている。輝いていたはずのそれが今、まるで底の見えない穴みたいだ。私は床についた手をグッと握りしめた。


「だから、テルちゃんさんのこと、教えて欲しい」

「私も力になりましょう。持てる力の限りを尽くすと約束するわ」


 間を開けず王様も続く。話し方やトーンに変化は無いながら、その声は確かに力強く響いた。

 私と、王様。それぞれの顔をエレナちゃんは交互に見やった。そして呟く。


「いえ、でも」


 ぽつりとそう繋いだかと思うと、エレナちゃんはきゅっ、と口角を上げた。


「大丈夫ですの」

「え?」

「あなた達に色々教えてもらったことですし、自分で頑張ってみますの。ありがとうございました」

「えっ。いや、いやいやいや」


 一方的に告げ、エレナちゃんはカップを傾ける。

 いや、なにその「話は終わった」感は。

 今更そんなこと言われても!


「ここまで来たら手伝うよ!」

「ううん、大丈夫ですの」


 そんなわけ、と私が言うより早く、


「あなた達にもやることがあるんでしょう? 大丈夫ですの、あたしには、ほら。手がかりがありますもの」

「手がかり?」

「うん。だから1人で頑張りますの!」


 そんなことを笑顔で言われてしまった。

 これは、遠回しに拒絶されているんだろうか。結局私たちのことが信用できなくて、だから行動を共にすることはできないと。

 それなら無理強いは出来ないけれど……でも、こんな子どもを1人異世界に放り出すわけにもいかない。

 話を聞いた限り、エレナちゃんの世界はこの世界と結構近そうではある。それでも異世界は異世界だ。この世界にドラゴンは居ないし、あんな魔法みたいなロープも無い。インテークにハート型アホ毛のヘアスタイルで町中を歩いている子どもはコスプレ以外じゃ殆ど見ない。

 嫌だよ私は、次にこの子の顔を見るのがSNSだなんて。「子供が普通にコスプレで歩いてて草」とか、「似合ってるから良いじゃん なんのキャラ?」とか、「似合ってるとか似合ってないとかの話じゃなくて」とか、そんなのと一緒に拡散されるこの子の写真なんて見たくない!

 

「で、でもさ!」


 思ったより大きな声が、それもひっくり返って飛び出た。「まぁ、びっくり」と子どもが漏らす。「ごめんね」と咄嗟に謝ってから、意識して声を抑えて話し出す。


「異世界のこととか、まだ分からないことも多いと思うし。全然その都度教えるしさ」

「じゃあ困ったことがあったら聞きますの。その時はお願いさせてくださいませ」

「それは勿論、だけどそうじゃなくて、ほら、1人だと危ないし」

「大丈夫ですの。あたし強いですから。さっきだってあなたをちゃちゃっと捕まえてみせましたでしょう」

「そ、うだけど……!」


 駄目だ、暖簾に腕押しって感じ。やっぱりやんわり距離を取られようとしているのかもしれない。それならこれ以上粘っても寧ろ迷惑かもしれない。

 それどころか、相手は子どもだし、事案になることだって考えられる。逆に私がインターネットを賑わすことに……いやどうなんだ? 子どもを1人放り出す方が事案なんじゃないか? あぁもう、異世界から来た迷子の子どもへの対処法なんて分かんないよ! 

 奥歯を噛む。何が正しいのかなんて分からない。分かるのは、自分がしたいことだけだ。


「私が! 手伝いたい、んじゃ、だめ……かな」


 言ってしまってから、どっちが子どもだ、と脳内で冷静な自分がため息を吐いた。

 相手の見た目が幼いからって、これじゃあお節介を押し付けているみたいだ。みたい、じゃなくて事実そうなのかも。そんな思考が言葉と同時に脳内を駆け巡って、おかげで言葉は尻すぼみになって庭先に消えていった。

 気が付けば日は殆ど落ち、夜の勢力が増していた。紫の空が眠りかけの陽の残り火で輝き、仄かな光の筋がフローリングに線を描く。その先で一瞬、強い光が瞬いた。


「ふ、ふふ」


 笑い声に顔を上げる私と同時に、エレナちゃんもその声の出所を見上げていた。私達2人の視線が向いた先に居るのは、当然ながら王様だ。

 くすくすと笑う王様は、見つめられていることに気付くと、口元にあてた手をきゅっと握りしめた。それから、改めてゆったりと微笑む。


「エレナ。こうなったチアキは譲らないわよ」

「んん……? どういうことですの?」

「チアキは他人への献身を厭わない者だから。私は彼女の献身を貰う形でここに居るの」

「……国の王様が? それでいいんですの?」

「チアキの提案には合理性がある。ありとあらゆるものが異なる世界な以上、この世界と私の事情、両方に精通した者の力を借りるというのは、理に適っているになるでしょう」


 それに、と王様は続ける。


「民の献身に身をもって応え、称え、守るのが王よ」


 この言葉が最後の一押しになったようだった。

 国を治める「王」が、理由を持って、人に頼っている。多分だけど、この事実が彼女の心を動かした。

 エレナちゃんは唇を引き締め、私たちを交互に、一瞬ずつ見上げた。そうして落ち着かない様子でカップを握り締めると、


「……本当に良いんですの?」


 と、ともすれば聞き逃してしまうほどのか細い声で呟いた。

 良かった。良かった! 安心でドッと力が抜ける。崩れ落ちそうな体を床についた手のひらで支えて、それを誤魔化すように私は笑った。


「もちろん。もちろん!」

「じゃあ。じゃあ……お願いしますの。テルちゃんを、一緒に探してくださいませ」


 先程よりも深く、エレナちゃんは頭を下げる。私はもう一度大きく頷いて、


「うん!」「えぇ」


 あっ。と王様と顔を見合わせた。

 揃った声にエレナちゃんが吹き出すように笑う。そして前のめりに身を乗り出して言った。


「絶対、お願いしますの!」


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