3-2 2章で新キャラクターが登場するなんてそんなまさか
「……子ども?」
呆けた声で呟く。私を背に庇う王様が囁いた。
「見かけで判断してはいけないわ。あの者があなたを拘束していたのは事実なのだから」
そうだ。そしてその証拠もある。
そこに居たのは小さな背丈の子ども。その手には、仄かに光るロープが握られていた。
幼さの象徴のような大きなタレ目がパチリと瞬く。ピンクの虹彩が光を反射してキラリと光った。
「どなたですのー?」
「それはこちらの台詞ね」
「あの、あの。あなたからは、異物の匂いがしないんですの。だから用はございません」
異物。そういえば今冷静になって思い出してみれば、さっきもそんなことを言っていたような気がする。異物さん、とかなんとか。それでちゃんと答えて、って……ま、待って?
「それ、その、異物って」
「あなたですよ! あーなーた!」
子どもはビシッ、と王様を通り越して私を指差す。その衝撃で、大きな袂が広がる上着がずるりと肩からずり落ちた。それをいそいそと直す。それから再び指をビシッ。……また肩口がずれた。
まずい。今度はさっきとは全く別の意味で、まずい。
こんな子どもを脅威だとは全く思えない……!
自然に口角が上がってしまう。なんとか抑えようとするけれど、それがかえって変にニヤけた表情になってしまったらしい。子どもがきゅっとつり眉を更に吊り上げる。
「なに? なんか笑ってないですの?」
「わ、笑ってないです!」
「チアキ、あの者はあなたを」
「拘束した敵ですよね! 分かってます!」
王様にまで窘められた……。恥ずかしさに顔をぶんぶんと振り、熱を飛ばす。
だって、だって! こんななんか、フィクションの無邪気子どもキャラみたいな子さぁ! 可愛いと思っちゃうのは仕方ないじゃん!
一人百面相する私を他所に、王様は改めて子どもに向き直った。微かな金属音と共に大剣が構えられる。
「話し合いで解決できるのならそれに越したことは無いわ。正直に答えて」
「あの、聞きたいのはこっちなんですのよー!」
「あなたの目的はなに? 返答次第によっては対立も仕方がないことだと、先に宣言しておくわ」
ドキリと心臓が大きく音を立てた。唾を飲む。
対立。それってつまり、そういうことだろうか。
恐ろしい侵略者を切り裂いた、あの非現実的な光景を私は中々忘れられそうにない。あれを、この子どもに……?
想像できるようで、全くできない。
フィクションじゃバトル物なんて沢山見るし、こういう小さな子が大活躍する展開も確かにある。でもそんな場面が今にも目の前で起きようとしているだなんて……まるで現実味が無かった。
ただ1つ分かるのは、王様の立ち姿に一切の隙が無いということだ。王様は決してはったりをかましているわけではなく、ましてや冗談を言っているわけでもない。王様の言うことは、全て本気だ。
急に周囲の温度が下がった気がして、私はそっと自身の腕を擦る。縮こまって王様の陰に身を潜めれば、その背越しに、子どもが眉を顰めるのが見えた。
「え、なんでですの? なんであなた、異物の味方をなさるんです?」
「王に仕えてくれる者のことを守るのは、王にとって当然のことよ」
「……つまり、あなたは異物の王様ってことですの?」
王様はなにか答えようと口を開く。
しかしそれを待たず、シタンッ、と乾いた音が響いた。子どもがロープをしならせ、地面に叩きつけたのだ。
「じゃああなたにも聞きたいことがございます!」
子どもは大きな声でそう言うと、ロープを持つ腕を背後へ下げた。そして、
「テルちゃんを、どこにやりましたの!?」
咆哮のような叫びと共に腕を振りぬいた──!
……その直後に起きたことは、あくまで推測でしかない。
まず、私の目には、輪郭のブレた光がパッと煌めいたように見えた。それがなんなのか分かったのは、王様の大剣がブォンと振り上げられた後のことだ。
天を衝いたその切っ先から、ぽとり、と何かが落ちてくる。半透明の紐。私の足元に落ちている物と同じ。それから「もーっ!」という可愛らしい悲鳴。
今の一瞬で起きた出来事の全貌は、こうだ。
子どもが伸ばしてきた光るロープを、王様が大剣で切り落とした。……多分。
状況証拠からして、そうとしか考えられない。でも正直、事が一瞬で起こりすぎて、なにがなんだか未だにちゃんとは分かっていなかった。あのスピードでロープを伸ばす子どもも、それを切った王様も、私にはさっぱり認識できなかったのだ。
いや、本当に。
本当になにが起きてる!?
しかし、そんな風に狼狽えているのは私だけだった。
王様は大剣を器用に操り、再びその刃を相手に向ける。対して子どもは光るロープをひゅんっと素早く手元に戻すと、頬を膨らませた。
「ちょっと、あの! あんまりそうやって切るのはおやめください!」
私をグルグル巻きにするほど長かったはずのそれも、今やすっかり子どもの腕の長さ程まで縮まっている。それだけ王様に切り落とされてしまったのだろう。子どもは短くなったその先端を片手のひらで遊ばせながら肩を怒らせていた。
「そうは言われても、こちらも防衛しなければならないでしょう」
「防衛しないでくださいませ!」
「敵対行動を取っておいて無茶を言うわね……」
困ったような王様に同意するように私は何度も頷く。それがどうも小さな背丈の目線からは見えていたようで、子どもは不満げに目を細めてこちらを睨み上げた。
「ふん、いいですの。こっちだってね、もう、答えてもらうまで帰りませんから」
そうして起こった出来事に私は目を見張った。
だって、あれだけ短くなっていたはずのロープが……みるみるうちに再生していく!
するするとロープは身の丈を伸ばし、子どもの足元にとぐろを巻く。伸びたそばから白い光が灯るその光景はいっそ美しく神秘的で、つい目を奪われた。
そんな私とは裏腹に、王様はなにやら思考を巡らせていたようだった。臨戦態勢はそのままに、しかし先程よりも柔らかい声音で子どもに話しかける。
「ねぇ。あなたの目的は、テルちゃんという人物を探すことなの?」
「そう! 分かったらお答えください!」
王様は肩越しにちらりと私を振り返り、
「チアキ、テルちゃんという人物に心当たりは?」
「な」
いです、と答えかけて、私は慌てて頭を回転させた。
テルちゃん。なんのことか分からずに咄嗟に否定しようとしてしまったけれど、そういえばさっき子どもがなにか叫んでいたんだった。
「テルちゃんをどこにやった」、だっけ。音としては確かに耳に入っていたけど、目の前の異常事態に気を取られて、意味を把握できていなかった。こうして尋ねられれば、ちゃんと分かる。
……だとしても、答えは変わらなかった。私の周囲に「テル」がつく名前の知り合いはいない。花奈も、藤崎も、他の友達も、ざっと思い出す限りそんな人物は思い当たらなかった。
だから今度こそ、自信を持って答える。
「無い、無いです」
「無いわけない無いわけない! だって異物とやり合ってる時にテルちゃんは居なくなったんですのよ!」
なのに子どもは私の答えを受け入れようとしない。聞く耳を持たない子どもに、私は眉を下げた。
だめだ、この子の言っていることが分からない。そもそも異物ってなんのこと。テルちゃんって誰。やり合うってなに……!?
私は情報量の多さにすっかり頭がいっぱいだった。そこに、今まで以上の、最大級の情報が子どもから飛び出す。
子どもは激情をむき出しにした声で叫んだのだ。
「あたしのドラゴンを、返してくださいませ!」
と──………………え?
いや。いやいやいや。
今なんか、ありえない単語が聞こえたような。
「ドラゴン……?」
王様がぽつりと呟く。王様にも聞こえていたんだ。じゃあ私の聞き間違いってこともない。
だからと言って「あぁそうなんだ」と納得できるわけもなく。
私は混乱した頭で王様に尋ねる。
「王様、ドラゴンってその、知ってますか?」
「存在は。ただ……」
そこで王様は声を潜め、
「私の国ではドラゴンはおとぎ話だわ。子ども達の夢物語に登場する、想像上の生き物。この世界では、どう?」
「同じです。ドラゴンなんて、現実には、居ない……」
現代日本において、ドラゴンとはフィクションだ。
西洋ファンタジー物に登場する生き物。大きな翼と体を持ち、鋭い爪で敵を切り裂き、灼熱のブレスを吐く。灼熱とは言うけど炎だけじゃなくて、時に氷や風のように異なる属性を持っていることもある。身体が長くて翼がない、十二支の辰みたいな形状の場合は、個人的には「ドラゴン」というより「龍」のイメージが強い……
なんてことはどうでもよくて。
とにかく、そんなファンタジーの存在に対して、「あたしの」と所有権を主張する子どもが現れた。
というかそうだ、どうしてすっかり受け入れてしまっていたんだろう。王様と一緒に過ごす間にどこか感覚が麻痺していたのかも。
自在に伸びる光るロープなんて、アクセサリーに変化する大剣と同じくらいありえない物なのに!
「あの! もういいですのー?」
話し合い終わりましたー!? と声を張り上げる子どもを、改めてまじまじと見つめる。
白い髪を高い位置でくくった短いみつあみツインテール。眉の上で切りそろえられた前髪。何よりその上で綺麗にМ字を描くインテーク。もっと言うと頭頂部でぴょこんとハート形にはねたアホ毛!
うん。王様のファンタジー感バリバリビジュアルに見慣れてしまって気付けなかったけど、やっぱりそうだ。
こんな属性盛り盛りの子ども、二次元かコスプレでしか見たことない!
早まる鼓動を押さえつけるように、胸元の布地を握り締めた。
異世界転移してきた王様は私の生活にすっかり馴染み、「異世界転移を受けた」という非日常は今や日常になった。これ以上の非日常は、もう私の人生には起こりえない……もう一度異世界転移者を見つけるとかじゃない限りは。
そう思っていた。
これは。まさか。
そんなことがありえるの!?
はっ、と荒く息を吐く。王様はそんな私を一瞥し、頷きながら大剣を下ろした。
「なんのつもりですの?」
子どもが目を丸くして驚いたように言う。
「テルちゃんの居場所、お答えする気になったってことですの?」
「いいえ」
「じゃあなんで」
「あなたと敵対するのは得策ではない、と、そう判断したわ」
「……あなた達がそう思っても、あたしには関係ないですのよ。質問に答えてもらうまで、絶っ対にここから退きませんの!」
「彼女も私も、本物のドラゴンを見たことが無いの。だから答えようがない、というのがあなたの質問への答えになる」
「…………」
王様がそう告げた瞬間、子どものすべての動きがピタリと止まった。それからたっぷり十数秒の間を使った後、
「ん!?」
と素っ頓狂な声をあげる。
「どういう……?」
「あなたとは一度、落ち着いて話し合う必要がありそうね」
王様は肩の力を抜くと、大剣をくるりと回した。「あっ」と言う間もなく大剣はその身を縮め、蔓と葉のアクセサリーに姿を戻す。
何度見てもこの光景にはドキッとさせられる。こんなファンタジーな武器とは無縁で生きてきたんだから、刃物を放り投げて回す、という行為に危険を覚えるのはどうしたって仕方がない。
そして、それは私だけでは無かったらしい。
「なにそれ!?」
ぽかんと口を開けた子どもが叫ぶ。わたわたと忙しなく顔を振り、周囲を見渡し空を見上げ地面を見下ろし、再びパッとこちらを見た。
「どーゆーことですの!?」
王様は、にこり、と安心させるように笑みを浮かべ、
「チアキ」
「……あっ、はい!」
「他者に聞かせることなく、腰を落ち着かせられる場所を話し合いの場としたいのだけれど、どこがいいかしら」
問われたことを脳内で繰り返す。それは……そりゃ、目の前にもってこいの場所があるけれども。
まずくないか、流石に。こんな子どもを。
しかしこのまま家の外でというのもまずい。しつこいようだけど、ここいらは住宅街なのだ。こんな所で騒いで近隣の皆様に何かを勘繰られた暁には、すぐに噂が飛んでしまう。……もう既に、今のとんでも武器の応酬を見られていたら……なんて可能性については一度置いておく。
あぁもう、なんでこんなことにすら気付かなかったんだか。王様と過ごす内に、色んな不思議が当たり前になってしまっていたことを実感させられる。
って、そうじゃなくて。
折角この子と穏便に話ができそうなのに、待たせすぎたらまた実力行使に出られちゃうかも。だから、えぇと、条件を満たして、かつまだ誤解を生まなさそうな場所で……。
「……あの、庭先でお願いします」




