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1-2 非日常は日常に

 ぶっちゃけた話、生け垣の手入れは好きでやっているわけではない。大変だし、クがつく例のヤツに出会ってしまう可能性もあるし、避けれるものなら避けたいことではある。

 とはいえ伸びた枝を放置するのは良くない。住宅街の道路でそれは当たり前に通行の邪魔だ。あとは多分、なんか植物の生長的にも良くないだろうし。分からないけど。

 それになにより、大きな理由が1つ。


「良い木よね」

「え?」

「この生け垣。よく手入れされている」


 手を止め横を見ると、王様が生け垣に顔を近づけ、まじまじと観察していた。どうやら褒められたらしい。しかも手入れを。全く予想外の方面から褒められると、なんだかいつも以上にくすぐった。


「へへ。まぁでも、あれですよ。母さんに頼まれてるんで」

「そうなの? 確か水槽もそうだったわよね」

「はい。なんというか、バイトみたいなものですよね」


 丁度最近、そんなやり取りを母さんとしたばかりだ。

 「自転車が壊れてしまったので買い直します」。そんなメッセージを送った。どうして壊れたのかと聞かれたらまずいなと心配していたけどどうも杞憂だったらしく、あっさりとしたオーケースタンプだけが送られてきた。それに続けてメッセージ。「千暁ちゃん、ちゃんと生け垣手入れしてる?」。

 「してますよ」。

 「メダカ様は?」。

 「してるよ」。

 「頼んだよ~お金はバイト代だと思ってね」。

 と、そんな感じで釘を刺された。

 実際、うちの生活費の殆どが母さんからの仕送りなので、私は何も言えない。粛々と言われた通りに、母さんが大事にしていた植物やらメダカやらの世話をするだけだ。

 最近は特に王様の分の費用も増えている。単純に食費が2倍、かつ初期投資として衣類諸々。もしかしたら、この出費に気付かれたが故の釘刺しだったのかもしれない。

 

 でも、でもさぁ。

 言えないでしょ。

 異世界から女の子が転移してきて一緒に住むことになった、とも。

 異世界の敵に自転車を真っ二つに割られた、ともさぁ。


 言えないし、信じてもらえないと思う。思うけど、扶養してもらってる身なのは確かなわけで、それならこういうことはきちんと報告すべきなのかもしれない……いや、しれない、じゃなくて絶対に言った方が良い。人のお金を使ってるんだし。うう、でも言えない、絶対に言えない。でも、でも……あぁ、もう!


 右手の軍手を外す。まっさらな手を上着のポケットに突っ込んで、スマートフォンを取り出した。

 不安なことは早く、できるだけ解消させた方が良い。この世には便利な四角い板がある。いつでもどこでも色んな情報にアクセスできる文明の利器。

 ブラウザを立ち上げて、検索バーに入力。

 「被扶養者 お金の使用用途 言った方が良い」……うーん、こうじゃないか。制度のこととか出てきちゃうな。もっとライトな感じで……


「なにか分かった?」


 どっぷり浸かっていた思考の海に王様の声が入ってくる。私は低く唸りながら答えた。


「なぁんにも……」

「情報収集は大事よ。実際のデータや過去のパターンを現状と照らし合わせることで、方針を決める。知らないことを知るのはとても有意義なことだわ」

「……なるほど? ちょっと分かるかも」


 彼女の様に王様然とした話はできないけれども、後半については大いに同意だ。大きく頷く。

 知らないことを知るのは大事だ。だって分からないことがあるのは怖い。知らない内に取り返しのつかないやらかしをしてしまうかもしれないと思えば本当に怖い。

 まぁそうは言ってもいざとなったら思考がショートしちゃってロクなこと出来ないし、終わってから後悔するものなんだけども……と、ぼんやり見ていたスマホの画面上部に通知が来た。メッセージアプリの見慣れたアイコン。藤崎だ。

 「今日大学来る?」。続けてもう1つ。「てかもう居る?」。


「今日は午後からだなぁ」


 呟きながらアプリを開き、その旨を送った。すぐに返事が来る。

 「丁度良いや」。なにが? と思えば、午後から藤崎が受ける講義のテキストを貸してほしいらしい。藤崎は既に大学に居て、テキストを忘れた。だからまだ家なら持ってきて欲しい。なるほどな。

 仕方がない、持って行ってあげよう。了承すればかわいいデフォルメマスコットキャラのスタンプで感謝が返って来た。


「それは、言葉のやり取りをしているの?」


 あ。と思い出して隣を見れば、王様が興味津々な様子で画面を見ていた。さり気なくスマホを胸元に抱え直して頷く。


「そうですね。リアルタイムの手紙みたいなー……えっと、分かります?」

「郵便を介さない文通、のようなものだとお見受けしたわ」

「えーっと、うん。間違ってないと思います」

「送った言葉は、すぐに相手が見ることができるの? 時間差もなく?」

「そうですね。基本的には」

「離れていても意思疎通に時間差が生じないなんて、すごく便利。どうにか技術を持ち帰れないかしら」

「ど、うでしょうそれは……」


 詳しい仕組みはよく分からないけど、多分こういうのってネットワークとか諸々が必要なんだと思う。王様の世界にインターネットなんて現代的な物はまぁ存在しないだろうし、再現は難しいだろう……というのは飲み込んで、愛想笑いを返した。なぜ難しいのか、を上手く説明できる自信が無い。何度も言う、詳しい仕組みはよく分からないから!

 これについては今は置いておくとして、まずは目の前のことを考えよう。そう、大学だ。生け垣の手入れも終わったし、着替えて準備をしないと。

 ちら、とスマホの画面を見ると時刻は11時過ぎ。お昼ごはんを食べてから行きたいけど、ちょっと早いだろうか。


「王様、お昼どうします?」


 ぐっと身体を伸ばしながら尋ねる。王様は綺麗な笑顔で、


「チアキに合わせるわよ。私はあなたの献身を貰っている身ですもの」


 ……この王様はまた……。

 ずれ落ちそうになったジャージの襟を整えて、私は頷いた。

 ともあれ、そうと決まれば何を食べよう。どこかに食べに行ったり買いに行ったりする時間は流石にないから、家にあるもので……あまり時間をかけず……チャーハンとかかなぁ……。


「あ、チアキ」

「はいはい?」

「出かける前に、食材の中で何を使って良いかだけ聞いてもいいかしら」


 思わず、玄関のドアを開けた状態で固まった。いや、そうだ。そうだった。

 王様と食事当番を決めたんだった。夜ごはんは王様担当だ。思い出してみれば、なにも驚くことじゃない。


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