幕間 017 父と娘
星空の下、城のテラスに佇むマリカ。
そこへ、イサナ王国の国王――彼女の父が、歩み寄る。
「まだ起きていたのか? マリカ」
「お父さま……はい、城下の灯りを眺めておりました」
テラスから眼下に広がるのは城下町の、人々の灯。
一つ、また一つと眠りにつく光を、マリカは静かに眺めていた。
「少しずつ消えていく光に、町の息づかいを感じるのです」
「そうか」
国王もマリカの横に立ち、城下の温もりを見下ろす。
人々の営みが寝静まるほどに、世界は蒼い光に覆われていく。
「地上の光が消えるごとに、夜空の星が灯るのも不思議で……少し、恐ろしくもあります」
「そうか……」
マリカは少し俯き、寒そうに肩を抱いた。
城下の灯りが消えゆくほどに、夜に輝きを増す満天の星。
吸い込まれそうなほどの美しさから、全身を包む冷たい風が流れ込んでくる。
娘を気遣い、国王はマントの中に彼女を包み込む。
「こんな時間でも、ずいぶんと明るい場所もあるのだな」
肩を寄せ合う二人の視線の先には、一際明るい小さな光があった。
頬を綻ばせたマリカが、嬉しそうに口を開く。
「ああ、あそこは――」
「いたりあ食堂ピコピコ、であろう?」
言い終わるより前に、いたずらっぽく言葉を遮る国王。
その意外な反応に、マリカは驚く。
「知っておられたのですか」
「先日、ガルガンダに連れて行ってもらってな」
お忍びで店に赴いた日のことを思い出し、国王は少年のような笑顔になる。
「まさか魚の精子を食べることになるとは思わなかったぞ」
「そ、それは……そんな珍味ばかりを出す店ではありません!」
「ははは! わかっておるわかっておる」
弁明をしながら、マントの中で子どものように身じろぐマリカ。
そんな彼女を、国王は軽快に笑いながら宥める。
「気の良い主人の店であった。あのウエスフィルド商会の若旦那も働いていて、驚いたものだ」
「……ふふ。それはそう、ですね」
いたりあ食堂ピコピコの事を思い、マリカの顔に微笑みが浮かぶ。
温かい料理の香りに、食事を楽しむたくさんの客。
カウンターの奥のキッチンで、絶え間なく料理を作る店長――
「勤勉で優しく、模範のような方です」
「まるで任務のような評価であるな」
「別にそういうつもりでは――」
「マリカ」
急に神妙な面持ちになり、娘の目を見つめる国王。
その声と視線に、マリカの心が身構える。
「お前は国のために、よく尽くしてくれている」
「お父さま?」
「だが、考えが硬いのが玉にキズだ」
「…………もぅ」
二カッと笑い、国王はマリカの額をつつく。
からかわれたのだと思い、マリカは深いため息をついた。
「もっと柔軟に、自由に考えてごらん。もし『イサナ王国が無くなったらどうするか』とかな」
「あ、ありえませんっ!!」
「ははははは」
「冗談もほどほどにしてください!!」
「な~に、絶対なんてものは、世の中そうそう無いものだ」
「……お父さま?」
おどけていた国王の声が、薄っすらとした切なさを纏う。
愛おしくマリカの頭を撫でながら、その声は願いの言葉を紡ぐ。
「いいかい、マリカ。世界の何もかもが変わってしまったとき、自分がどう生きるかを胸に決めておきなさい」
「そんな心配をなさらなくても、王国は私が守ってみせ――」
「イサナ王国が滅びずとも、人間は数年の時を経るだけで世界が変わって見えるものだよ」
「――それでも、何があろうとも、私はイサナ王国の民のために生きます」
マリカの強い意志を聞き、国王は寂しげに微笑む。
そして彼女の額に軽いキスをすると、何事もなかったかのようにおどけた声に戻った。
「そうかい? もっと自由に生きたら良いのに」
「これが、私の決めたことですから」
いつもの父の声に安心し、マリカは彼のマントの中から飛び出す。
「お話、ありがとうございました。なんだか少し、晴れやかな気分です」
「今ので? 本当、マリカは真面目だなぁ」
「ふふ。 ――そろそろ失礼します。おやすみなさい、お父さま」
「おやすみ、マリカ」
笑顔で礼をすると、マリカはテラスをあとにする。
軽やかな足取りで自室へ向かう娘の背を、静かに見送る国王。
「ああ……あの子にも、同じことを言ってあげられたら良かったのに……」
後悔に思いを馳せる国王の視線の先には、イサナ聖教会――
「ヒルダ……」




