幕間 016 冒険者ギルド酒場のヒュプノ6
『いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~1』発売中です!
「ヒュプノさん! サルディンボッカ、三つお願いします!」
「こっちは五個で!!」
「お前ら、どんだけ食うんだよ! ったく、いくら仕込みをしてもキリがねぇ」
注文を受けたヒュプノは文句を言いながら、冷蔵庫から大きなバットを取り出す。
バットの中には仕込みのサルディンボッカが、ギッシリ並べられている。
冷蔵庫にはこれと同じバットが三つ入っており、なんだかんだ言いながらしっかり用意しているヒュプノである。
≪ガランガランッ≫
「おう、ヒュプノ……」
「来たなグラトニー! 今日はどんだけ食うんだ?」
得意げな顔で、グラトニーをカウンター席に迎え入れるヒュプノ。
しかしグラトニーの方は、いつもと様子が違っていた。
「……今日は酒だけでいい」
「あ?」
カウンター席に座ったグラトニーは、肩を落とし猫背気味。
豪胆なグラトニーの、しゅんとした様子。
その異質さに、ヒュプノはまじまじと彼の顔を覗き込む。
「なんだお前、どっか具合でも悪いのか?」
「いや」
「じゃあなんだよ? 気持ち悪いな」
ますます背を丸め、グラトニーはぶっきらぼうにつぶやいた。
「……った」
「ん? なんだって?」
「太った。割とシャレにならん」
「……ぷっ」
事情を悟ったヒュプノは、軽やかな足取りでカウンターを飛び出す。
そしてグラトニーの横に立つと、彼の腹を指で突き始めた。
「おお。これはだいぶ付いたな」
元相棒の情けない姿に、ニヤニヤが止まらないヒュプノ。
グラトニーは大きくため息をつくと、ヒュプノの手を軽く払いのけた。
「……いつまでも腹を揺するんじゃねぇ」
一言文句を言って、そっぽを向くグラトニー。
少しやり過ぎたかと反省しつつ、ヒュプノはオーダーを取り始める。
「でもよぉ、何も食わねぇのも仕事に障るだろ? パンの一つぐらい――」
「いい。一杯飲んだら帰る」
ヒュプノにからかわれて、すっかり拗ねてしまったグラトニー。
ばつが悪くなってしまったヒュプノが、宙を見ながら頭をかく。
「ったく。仕方ねぇなぁ」
■■■
「と、いうワケなんだ」
「そういう流れもあるんですねぇ」
微笑ましそうな情景を思い浮かべながら、ピコピコの店長は答えた。
カウンター席で頬杖をついて、ヒュプノはため息をもらす。
「何かいい料理ねぇか? 店長さん」
「確かに、何も食べないのも体によくありませんし……俺だったら、卵かけご飯と納豆ご飯のヘビロテにするんだけど」
「卵かけ? ナット?」
「えっと、こういうのです」
店長はスマホを取り出し、食事記録用のメモを立ち上げる。
そしてヒュプノに見せながら、スワイプして見せた。
「おう……それはちょっと、グラトニーの奴、食べ無さそうだな……」
「ですよねぇ……」
肩を落とすヒュプノに、スマホをしまう店長。
何か店で出しそうなもので良い食事はないかと、店長は考え込む。
「野菜多めで、よく噛んで、ヘルシー……スピナッチサンドとかどうかな?」
「スピナッチ?」
「ええっと、ほうれん草の具を入れたパンです。店にあるもので、ちょっと作ってみましょうか」
材料は一通りあったはずだと、店長は冷蔵庫の中から色々と取り出した。
ほうれん草やきのこといった野菜とハム、そして市販のギリシャヨーグルト。
「本来は具材をマヨネーズで和えてパンに挟むのですが、今日はこれを使いましょう」
「ヨーグルトか?」
「はい。正確には、ギリシャ……水切りヨーグルトですね」
ヨーグルトのフタを開け、店長はスプーンですくって見せる。
水分の少ない硬めのヨーグルトが、ぽってりと持ち上がった。
「これは元々水切りをしてあるヨーグルトなのですが、普通のヨーグルトでもザルにキッチンペーパ……調理用の布巾をザルにかまして、一晩水切りすればできますよ」
「ふんふん」
ザルで水切りをする動作をして、店長は下処理の方法を教える。
「ヨーグルトから出てきた水分は、ホエイと言ってカルシウム……骨や歯を強くする栄養があって、少し甘酸っぱいので――グラトニーさんにお酒で割って出すと良いかもしれません」
「おう……店長、わかってるじゃねぇか」
「えへへ」
店長は照れ笑いをしながら、準備を進めていく。
コンロに小さめの鍋をのせて、大きなレードルでボイラーのお湯を入れた。
「では具材の下準備として、ほうれん草を茹でるのと、きのことハムを切っていきます」
鍋に火をかけると、すぐに中の湯がブクブクと沸騰しはじめる。
その湯で店長は、ほうれん草を茎から葉にかけて投入。
菜箸でほうれん草全体を湯に沈めると、調理台にまな板と包丁を並べた。
そしてまな板の上に、ハムを置く。
「本来はベーコンを使うのですが、脂が多いので今回はハムで代用します。適度に食感が残るよう、小さめの短冊切りに……ヒュプノさん、お願いしてもいいですか?」
「ああ、まかせておけ」
仕事を振られたヒュプノは、キッチンに入りササッとハムを切る。
その間に店長は冷蔵庫からしめじとマッシュルームを取り出し、まな板の横に置いた。
「きのこは何でもいいのですが……今回はしめじとマッシュルームで。これらのみじん切りも、お願いします」
「わかった」
きのこを受けとり、どんどん切り進めるヒュプノ。
ヒュプノの横に切った食材を入れるボウルを置くと、店長は茹で上がったほうれん草の湯切りに移った。
ザルにほうれん草をあけて流水にさらし、冷めたところでボウルに水を張ってさらす。
「店長、こんな感じでいいか?」
「はい! 上出来です! あとは具材を炒め合わせるのですが――」
フライパンを用意すると、店長はいつもより控えめのオリーブオイルでみじん切りのニンニクを火にかけた。
「ヘルシーでも食べ応えのあるよう、ニンニクの香りをきかせましょう。弱火でじっくり香りを引き出して、ハムときのこを入れます」
弱火にかけられたニンニクのまわりの油から、徐々に小さな気泡が上がってくる。
ほどよく香りがたち始めたところにハムときのこを加え、木べらで軽く炒め始める店長。
「交代して、炒めてもらっていいですか?」
「あいよ」
具材が軽く馴染んだところで、店長はヒュプノと炒め作業を交代した。
そして浸してあったほうれん草の水を切って、ささっとみじん切りにする。
「みじん切りにしたほうれん草も入れますよ。なるべく広げて、水分を飛ばすように炒めてください」
「おう!」
店長はほうれん草をフライパンに入れると、手早く広げていくヒュプノ。
熱々のフライパンの中で、ほうれん草に残った水分がバチバチと音を立て湯気になって飛んでいく。
「良い感じですね。少し塩胡椒しますよ」
「これだけで旨そうだ」
「はは、確かに!」
俺ならこれで米食えます、と言いながら横からフライパンの中に軽く塩胡椒を振りかける店長。
ヒュプノも笑いながら、味を馴染ませるように炒め合わせる。
「これで火入れは完了です。味付け前に冷ますので、このバットに広げてください」
「こんな感じか?」
「ええ。今日は急ぎなので、なるべく平らに広げましょう」
「わかった」
大きめのバットに炒めた具材を広げると、店長はそのまま冷蔵庫に入れた。
そのついでに、冷蔵庫の中からギリシャヨーグルトを取り出す。
「さて、冷ましてる間にソースを作ります」
「ヨーグルトのか?」
「はい!」
ギリシャヨーグルトのカップのフタを開け、店長は調味料を入れていく。
「油を控えながら、香り重視で味付けします。おろしにんにくに、粉チーズ、塩胡椒――仕上げに、オリーブオイルを少々」
小さじで丁寧に計りながら、カップの中に加えられていく調味料。
ヨーグルトカップのまま、店長は全体を混ぜ合わせる。
ソースがしっかりと均一になると、店長は少しだけ手の甲に垂らして味見をした。
「こんなものかな。ヒュプノさんも味見してみてください」
そう言うと味見用のスプーンにソースをすくい、店長はヒュプノに手渡す。
自分だけ上品にスプーンを用意されたことに照れくさそうにしながら、ヒュプノは口に入れた。
「おう、アッサリしてる割には旨いな」
「でしょう? さて、少し早いけど……具の方も混ぜれるぐらいには冷めたかな?」
具材を冷ましている冷蔵庫の扉を開けると、店長はバットの上に手をかざす。
少し迷いながらバットを取り出して、底を触って温度を確認する。
「――大丈夫そうだな。あとは具材とソースを和えて、パンに挟んで完成です」
店長はバットの具材をボウルに移し、その上からソースをかけた。
大き目のスプーンで全体を混ぜ合わせ、味を馴染ませる。
「パンに挟むのは、テーブルでいいかな。もう食べる準備して、座っちゃいましょう」
「わかった」
フォカッチャや具材と食器類をまとめて、テーブル席に移動する店長。
ヒュプノも慣れた感じで、水や皿を用意して後に続く。
手早く準備を済ませた二人は、さっそく試食に移る。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきます」
そう言うと店長はフォカッチャを手に取り、テーブル用の小さいパンナイフで切り込みを入れた。
二つのフォカッチャに切り込みを入れ終わると、一つをヒュプノに手渡す。
見本を見せるように、パンにほうれん草の具材――スピナッチのフィリングをパンに挟み始める。
「具材を挟む前に、本来ならバターやオリーブオイルを塗るのですが、今日はヘルシー仕様なのでこのまま挟みます」
「わかった」
「その分、水分に弱いので、食べる直前に具を挟むようにしてください」
「へぇ……なるほどな」
たっぷりとフィリングの挟まれたフォカッチャは、なかなかの迫力であった。
それを真似て、ヒュプノもたっぷりとフォカッチャに盛り付ける。
「おう、こんだけ具沢山だと、確かに食べ応えありそうだ」
「でしょう? でも野菜がメインなので、結構ヘルシーなんですよ」
「へぇ」
談笑しながら、食事を始める二人。
一口食べると、コクのある旨味とほうれん草のほろ苦さが口に広がる。
素朴でクセになる、そんな味――
「これは……なんか懐かしい味だな、ウマい」
「そうなんですか?」
「実家で食ったことあるような……こんなにシャレたモンじゃなかったが」
「あはは。でもなんだかんだで、定番のものって美味しいんですよ」
「かもな……で、これは何て名前の料理名だったか……?」
「スピナッチサンドですよ」
会話をしながら、二人はスピナッチサンドを食べ進めた。
厚みのあるフォカッチャは咀嚼回数を増やし、野菜の旨味とともに満足感を与える。
ヒュプノは食べ終わると、水を飲んで一息つく。
「確かに、パン一つでだいぶ満足だ。それに、これならアイツも食いそうだな」
「それは良かったです。それじゃあ、レシピを出してっと……」
いつものように、レシピをプリントアウトする店長。
その間に、ヒュプノも使った食器を片付ける。
いたりあ食堂ピコピコは、すっかり勝手知ったる場所であった。
「はい。グラトニーさんのダイエット、頑張ってください」
「まったく、とんだ迷惑だぜ!」
「あはは、お疲れさまです」
「店長も、問題児相手に無理すんなよ! 困ったことがあったら、いつでも協力するからな!」
「あ――はい!」
誰とは言わなかったが、その心遣いに店長は微笑みながらレシピを手渡すのだった。
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