幕間 013 冒険者ギルド酒場のヒュプノ5
「ヒュプノさん! 〆のメシ、二つお願いします!」
「こっちは三つ、大盛で!!」
「お前ら、メシばっか頼みやがって! ったく、ここは家じゃねぇっての」
グラトニーの要望でリゾットを作るようになってから、若い冒険者の酒場の利用回数が増加。
安い金額でちゃんとした食事ができると、意外と好評なのである。
悪態をつくヒュプノであったが、季節の食材を使うなど満更でもない様子であった。
≪ガランガランッ≫
「おうヒュプノ! 肉だ! 肉をよこせっ!!」
「なんだぁ? 今日はそんなに腹が減ってるのか?」
勢いよく酒場に入り、カウンターに直行してきたのは件のグラトニー。
彼にしては珍しく、酒よりも先に肉を要求した。
「若ぇヤツらに負けてらんねぇからよ。肉を食って力をつけねぇと!」
「へぇ、殊勝な心掛けだな。それじゃあ、ソーセージを――」
「おい」
活気づいていたグラトニーの表情が一変、怒気を帯びてすごむ。
「ソーセージ程度の肉で、十分な力が付くと思うか?」
「は?」
「もっと旨くて! いくらでも食える! 肉料理をよこせっ!!」
「はあぁぁぁぁぁっ!?」
元相棒の理不尽な要望に、ヒュプノは落胆の叫びをあげる。
だがグラトニーは悪びれることも無く――
「ヒュプノ! お前はピコピコで修行だっ!!」
「なんでお前が決めるんだよ!?」
■■■
「と、いうワケなんだ」
「あははは。でもグラトニーさん、持ち直したようで良かったです」
「それはそうなんだけどよぉ~」
なんだかんだ言いつつも、翌日には『いたりあ食堂ピコピコ』に赴くヒュプノ。
店長にとって、その最後のオチまで可笑しかった。
「いくらでも食べられる肉料理か……それなら、ピッタリのメニューがありますよ」
笑い過ぎて滴る涙を拭いながら、店長は料理の説明を始める。
「サルディンボッカといって、『美味しさのあまり、口に飛び込む』という意味の料理名なんです」
「へぇ。そりゃまた、すごい名前だな」
「作り方もシンプルなんですよ。ちょうどセージもあるし、作ってみましょうか」
「助かる。ありがとな」
「いえいえ」
いつものこの一連のやりとりは、店長の楽しみになっていた。
瓶に刺してあったセージの葉を数枚摘んで、調理台へと向かう店長。
ヒュプノも後を追って、キッチンに入る。
「まずはお肉。本来は仔牛肉を使う料理ですが、豚肉や鶏肉でも大丈夫です」
店長は棚からバットを取り、冷蔵庫から出した豚のロース肉を乗せる。
ロース肉は数ミリ程度の薄切り肉――いわゆる生姜焼き用スライスの厚みで、四枚ほどバットに広げられた。
「今日は豚の、ロース肉を使いますね。それから――」
すこし勿体ぶった言い方で、店長は冷凍庫を開ける。
中から取り出したのは、細長いブロックの生ハム。
「生ハム!」
「お、おう……そんなデカイの使うのか?」
「もちろん、必要な分だけ削ります」
「凍ったまま?」
「スライサーを使えば、意外と簡単に削れるんです。それに、生ハムは削りたてが美味しいですから」
見ててくださいと言いながら、店長はスライサーをバットの横にセット。
そして生ハムのブロックを、スライサーの上で前後に動かした。
スルスルという音と共に、絹のような生ハムがバットへ舞い落ちる。
「ね? 意外とキレイに削れるでしょう」
「ああ」
豚のロース肉と同じくらいの大きさの生ハムを、四枚ほど切り出した店長。
バットの上に広げてあったロース肉に黒胡椒をふりかけ、それぞれの肉に生ハムを一枚ずつ乗せていく。
そこまで作業を進めると、店長は手を止めてヒュプノの顔を見る。
「肉と生ハムとセージを重ねるんですけど……巻いたり重ねたり、やり方色々あって――」
目を閉じて、店長は一時考え込む。
そして目を開くと、優しく微笑んだ。
「今日は材料を重ねて、半分に折る方法でいきましょう。その方が、形も崩れにくいですし」
「わかった」
店長は説明を続けながら、肉の上にセージを並べていく。
「豚ロース肉の上に生ハムを乗せ、その上の半分の部分にセージを並べます。そしてセージを挟むように、半分に折る」
肉とハーブを重ね、半分に折って形を整える。
そして茶こしを使って、薄くまんべんなく小麦をまぶす。
「肉の表面に小麦粉をまぶしたら、仕込みは終わり。あとは焼くだけです」
店長は手を洗うと、フライパンを取り出した。
たっぷりのオリーブオイルを回し入れ、コンロで熱し始める。
「下準備は本当に簡単なんだな」
「ええ。ただ小麦粉は、焼く直前にまぶした方がいいですよ」
「なるほど……わかった」
「そろそろかな。焼いていきますよ」
オリーブオイルの香りが広がるフライパンの中へ、四個の肉が次々と並べられる。
バチバチと弾ける油が、肉を囲い込む。
「両面に良い感じの焼き色が付くように、焼いていきます」
中火で数分ほど、じっくりと肉を焼いていく店長。
小麦粉の焼ける香りが、ヒュプノの鼻孔をくすぐる。
「良い香りだな」
「そうでしょう?」
嬉しそうに、店長は肉を裏面に返す。
ほどよいキツネ色の焦げ目が、パチパチと油を弾く。
「裏面がほどよく焼けてきたら、ソース用に白ワインとバターを加えます」
フライパンの縁から、白ワインが流し込まれる。
ジュワ―っと爽やかな香りが広がり、肉を包み込む。
アルコールが飛んだあたりで、バターが加えられる。
バターは全体にツヤを与えながら溶け込み、コクのある香りを加えた。
「バターが溶けたら、お肉は皿に盛り付けます」
店長は肉料理用の丸皿を二枚取り出し、それぞれに焼きあがった肉を二個ずつ並べる。
「そして、フライパンに残ったソースを軽く煮詰めて――お肉にかける」
フライパンに残ったソースは、少し火を加えただけでとろみを帯びていく。
完成した黄色を帯びた乳白色のソースを、店長は肉の上に滴るように添えた。
「はい、サルディンボッカの完成です!」
「本当に、あっという間だったな」
「ささ、温かいうちに試食して下さいよ」
二人はフォークとナイフを持って、個室席へ移動。
顔を見合せて、手を合わせる。
「それじゃあ」
「「いただきます!」」
ナイフを入れられたザルディンボッカの、魅惑的な断層。
中央の鮮烈な、セージの緑。
包み込む生ハムは、熱で適度に脂と旨みが滲み出ている。
そして更に外側には、しっとりと柔らかく焼きあがったロース肉。
肉とハーブの層を見つめながら、ヒュプノは一切れ口に運んだ。
「んん!?」
口に広がる香りと旨みに、ヒュプノの目が見開く。
「これは……旨味がガツンとくる感じだな。それでいてハーブの香りで、口の中が爽やかになる」
「そうでしょう? いくらでも食べれそうじゃないですか?」
「ああ。口に飛び込むって名前なだけあるな」
二個のサルディンボッカ――通常の一人前の量を、二人はあっという間に食べ終えてしまった。
味の余韻に浸りながら、ヒュプノは料理のおさらいをする。
「必要な材料は、肉と生ハムとセージか……酒場でもなんとかなりそうだ」
「生ハムなら広場で屋台を出してるオットカルネさん、ハーブは行商のニルギさんがおすすめですよ」
いつものようにプリントアウトしたレシピを渡しながら、店長は食材の取扱店も紹介。
ヒュプノにとっては、それが何とも感慨深く――
「店長、すっかりイサナ王国に馴染んでるなぁ。大したもんだよ」
「え? いやぁ、あははは。皆さん、良くしてくれるから」
謙遜しながら、店長は照れくさそうに笑う。
見た目の割には肝のすわった男だと、ヒュプノも更なる信頼を寄せた。
「これからも頼りにしてるぜ。よろしくな!」
「はい!」
二人はお茶の入ったジョッキで、乾杯をしたのだった。
ご愛読いただき、ありがとうございます。
【お知らせ】
『いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~1』
SQEXノベル様より5月7日に発売します。
SQEXノベル公式サイト様にて、作品詳細ページが開設されました。
作品やキャラクターの紹介とともに、書き下ろしSSも公開されています。
このあとがきより下の方にリンクを張ってあるので、ぜひお楽しみください。
また書籍購入特典SSのフェア情報も公開されました。
アニメイト様、メロンブックス様、電子書籍に特典SSが付きます。
詳細につきましては、活動報告をご確認ください。




