幕間 012 部下の恋も難しい
「なんだか最近、重苦しい雰囲気で嫌になっちゃうな」
イサナ王国の中央広場が見える、いつもの二階のカフェ。
白銀の鷹騎士団に所属するジェマが、巡回の騎士が増えた広場を眺めながらつぶやく。
「仕方ないでしょ。あんなことが起きたのに、ラディルもユリンも見つかってないんだから」
カフェラテを飲みながら、リサが答える。
ドワーフとの交流祭で起きた、刺傷事件。
その関係者達は、未だ全員行方不明であった。
「それはそうなんだけど。はぁ……ラディル達も、ユリンも、どうしてるんだろうな」
「そうね――」
もどかしさで浮足立つジェマに、リサが相槌を打つ。
「ラディル達はともかく、ユリンは……無事でいてくれるといいのだけど」
目的を持って行動をしているラディル達は、少なくとも自分たちで危険を冒すことは無いと、確信していたリサ。
それよりも事件を起こした犯人――イサナ聖教会の後進であるユリンの身を、案じていた。
「誰に何を吹き込まれたのか、あんなことする子じゃないのに」
「そうだよねぇ」
ユリンは赤子の頃、イサナ聖教会に保護された孤児である。
歳の近い聖女ミスティアが教会で暮らすようになってからは、その付き人を務めるように。
自ら強い主張をする性格ではなく、静かにミスティアの後ろをついて行くばかりだと、二人は認識していた。
「ああもう! 止め止め! 私たちの当面の任務は、ラディル達を見つけることなんだから!」
事件の回避とはいえ、行方をくらまし連絡のないラディル達。
騎士であるラディルにとっては造反の意思ありと取られかねず、騎士団は総出をあげて彼らを探していた。
そしてそれは、白銀の鷹騎士団も例外ではない。
「さっさとラディルを見つけないと、マリカ様が忙殺されちゃうよ」
「あの方は、適度に休むという事を知らないから」
イサナ王国の第一王女でありながら、白銀の鷹騎士団の団長を務め、国民のために尽くすマリカ。
今回の事件関係者捜索に関しても、自ら方々に出向いて手を尽くしている。
身を案じたところで、マリカが休むことは無いと二人は確信していた。
「まぁ……今回の任務が終わったら、私は退役かしら」
「――は?」
リサの突然の発言で、ジェマに動揺が広がる。
「聞いてないんだけど」
「今、初めて話したもの」
「なんで……?」
「もう良い頃合いだし、婚約者と正式に結婚して家政に――」
「ウソでしょ――!?」
大きな叫びをあげ、テーブルに崩れ落ちるジェマ。
到底受け入れられない内容に、真実を確かめるがごとく食い下がる。
「いや、結婚したからって退役することは無いんじゃ……」
「一応貴族の家だし、家政も甘くないわよ。それに――」
座っているのに右往左往するジェマを眺めながら、リサは冷静に話を進めた。
こういう反応になるのは、彼女にとって分かりきっていたから。
「結婚するのに、白銀の鷹騎士団の団服を着てるのも……ね?」
「――ああ」
団服の話になり、ジェマも気を持ち直す。
マリカの私設騎士団である白銀の鷹騎士団の団服には、彼女のイサナ王国民に尽くすという誓いの意味が込められているのだ。
「マリカ様の【誓い】……か。そんなもの、要るのかねぇ」
「必要なのよ、あの方には」
「だからって……王位継承問題を起こさないためとはいえ、わざわざ純潔を誓うなんて、私には考えらんないよ」
平民の出自から騎士に上り詰め、自由の道を切り開いてきたジェマ。
彼女にとって、マリカの制約の枷は受け入れ難いものである。
「それに、マリカ様の幸せはどうなるんだっての」
「…………」
リサはジェマの考えを理解しつつ、マリカの立場にも思いを馳せた。
聖王の力を引き継がなかったばかりに周囲を困惑させ、謂われなき侮辱を受け続けた幼き日のマリカを。
「妹のミスティア様の幸せや、イサナ王国の安寧こそが、あの方の幸せなのよ」
「それって、本当にマリカ様の幸せなのか?」
「そうね。でもあの方は、そう【決意】したの」
言い聞かせるように話すリサの面持ちは、どこか切なげで。
「私は、あの方の――友人の決意を、無下にはしたくないわ」
「……ったく、わかったよ。私も、納得する」
物憂げなリサの表情に耐え兼ね、ジェマは引き下がる。
しばしの、静寂。
一口カフェラテを飲み、リサは作り笑顔で会話を振った。
「人のことより、あなたは結婚どうするの? ジェマ」
「いや、今のところ特に考えてないし、まぁ良い人がいれば――」
「甘いわよ、ジェマ」
「は?」
いつもの面持ちになったリサが、ジェマをまくし立てる。
「そう言いながら仕事に邁進して、結局結婚のことは後回し」
「はぁ……」
「恋人を作るでもなく、やがて懐妊した私の元へ足しげく通うようになるの」
「う……」
「そして子どもが生まれたら、頼んでも無いのに世話を焼きに来て」
「……」
「子どもが自我を持って話すようになったころに『私も子どもが欲しい!!』と言い出すのが数年後、あなたの年齢は――」
「やめて!!」
その将来の見立ては、あまりにも的確で。
話を聞いているだけのジェマの脳裏に、色鮮やかな映像で再生された。
「なんでそんな的確に、私の将来を予見できるんだ……」
「何年あなたと一緒にいると思ってるのよ」
すっかり落ち着いた様子で、リサは笑みを浮かべる。
再びカフェラテを一口飲むと、諭すようにジェマに語り掛けた。
「結婚とは、他者と関係を築いていくことよ。自ら意志を持って行動しなければ、何も始まらないわ」
「うぅ……耳が痛い……」
「結婚するかしないかはあなたの自由だけど、その気があるなら早々に【決意】することね」
「はぁい」
痛い所を突かれて、しおしおとテーブルに突っ伏すジェマ。
その様子を見ながら、リサはマリカの【決意】の先の幸せを願うのだった。
ご愛読いただき、ありがとうございます。
本日は誕生日で、記念更新になります。
書籍化のお祝いコメントもありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします!




