幕間 011 皿洗い
すっかり日の落ちた、冬の夕暮れ時。
ニンニクと小麦の香りが漂う食堂に、温かい明かりが灯る。
「さてっと……ワンオペ頑張るか~」
入り口の札をOPENにするため、店長が店の外に顔を出す。
その様子を少し離れた場所から、薄汚れた少年がジッと見つめていた。
「キミはティ……」
視線に気づき、店長は思わず声をもらす。
その少年は店長にとって、思い出深いキャラクターであったから。
彼の名前はティオ、物心ついたときには路上暮らしをしていた孤児である。
ゲームでは本編の重要なストーリー分岐の直後に、ティオのクエストミッションが発生。
そしてミッション達成条件次第で、彼の生死が分かれるシナリオになっていた。
まるで、世界の行く末を暗示するかのように――
「っんだよ、ジロジロ見やがって」
「あ……ごめんごめん、目が合っちゃったから、つい」
「ふんっ!」
店長の視線を警戒して、少年は声を荒げる。
軽く謝りながら、店長は視線を逸らす。
しかしティオのことが気になり、店長はそのまま店に戻る気にはなれなかった。
「その……キミ、この後時間あるかい? できれば……仕事を手伝ってもらいたいんだけど」
「なんだ、依頼か? オレは――高いぜ?」
仕事を頼まれたことで、ティオは急に顔色を変える。
気まぐれに少年の世話を焼くならず物達のしぐさをマネ、しっかりと交渉を始めた。
「ははっ、そうだな……今夜一晩で、6000マジカでどうだろう? 食事も付けるよ」
「ろ、ろくしぇん!?」
店長の出した提示金額に、少年の背伸びはあっと言う間に崩れ去る。
今まで大人たちに真っ当な扱いをされたことのないティオにとって、桁違いの報酬金額だったからだ。
「ま、まぁ悪くねぇ。受けてやるよ」
動揺を急いで取り繕い、ティオは強がりながら返事をする。
「オレはティオ、よろしくな!」
「ありがとう。じゃぁティオ、入って」
子供らしい健気な様子を微笑ましく思いながら、店長はティオを店に招き入れた。
そして洗い場へと直行。
「急いで身支度しないと……洗い場で悪いんだけど、ここで顔と頭洗って! 服は……こっちで洗濯しとくから」
「あっ! おい、勝手に脱がすな!」
「首とか肩のあたりも洗っちゃっていいから! タオル、ここに置いとくな」
「……っち、ヘンなヤツ」
いきなり上半身を裸にされ、釈然としないティオ。
不服そうに、店長が出していった水道の水に手をのばす。
「あ……あったけぇ……」
予想外の水の温度に、驚きの声がもれる。
不思議そうに腕から肩、頭と蛇口の下に潜り込み体を洗う。
寒さで強張っていた体から、汚れと一緒に緊張も流れていく。
ティオは一通り体を洗い終わると、店長が用意していたタオルを手に取った。
「フワフワ……」
大きく柔らかいタオルに、小さく細いティオの体が埋もれる。
身を清めてスッキリしたティオは、今までに感じたことのない感情が芽生えていた。
「お、洗い終わった?」
「ひゃっ!? お、おどかすんじゃねぇ!」
「ごめんごめん。はい、これ着て。店の制服」
「フンッ!!」
制服のコックシャツをぶんどり、ティオは袖を通す。
気恥ずかしさで膨れていたティオだが、真っ白でパリッとした感触に頬がほころぶ。
「……それで? オレは何をすればいいんだ?」
「ここ――洗い場で、皿洗いをして欲しいんだ。この棚の下段に汚れた皿や道具を置いていくから、流水で洗ってこのカゴに並べてくれ」
仕事の説明をしながら、店長は仕込みで使った調理器具をスポンジで軽く洗う。
軽く汚れを落とした調理器具を、食洗器専用のカゴにならべていく。
「カゴがいっぱいになったら、食洗器の――このフタを閉める。そしたら、機械――マギメイが自動で洗ってくれるから」
食洗器の中にカゴを入れ、店長はフタを閉める。
すると大きな流水音をあげながら、食洗器が動き出した。
「うおぉっ!? ……お、おぅ」
見慣れない光景に、少しビクリとするティオ。
その様子に微笑みながら、店長は説明を続ける。
「水の音が止まって、ブザー……ピーピーピーって音が鳴ったら完了。フタを開けて、こっちの台に移して乾かして」
ほどなくしてブザーが鳴り、食洗器が停止。
店長は食洗器のフタを開けて、中のカゴを隣の台へとスライドして見せた。
適当に洗われていた皿が、ピカピカになって湯気をあげている。
それはティオにとって、感動するほどの大きな衝撃であった。
「す、すげぇ……はっ!? そ、それだけでいいのか?」
「ああ。洗い終わった皿はかなり熱くなってるから、火傷しないように気を付けてな」
「わかった」
≪カランカラーン≫
食器洗いの説明を一通りしたあたりで、ドアベルが鳴り響く。
最初の客の、来店である。
「いらっしゃいませー!! それじゃティオ、よろしくな」
「ああ」
洗い場をティオに任せ、店の入り口に向かう店長。
そして客を席に案内すると足早に、水を取りにキッチンに戻ってくる。
「なんだ店長? 今日は一人なのか?」
「ああ。みんなそれぞれ、用事があるみたいで」
「ったく。店長は甘ぇんだからよ」
「あははは~」
笑いながら水の入ったグラスを持って、店長はホールへと向かう。
それから注文を取り、飲み物や前菜を用意し、キッチンに戻り料理を作り――忙しなく一人で仕事をこなしていく。
「なんだよ……忙しそうじゃねぇか……」
手持ち無沙汰でソワソワしながら、ティオは店長の様子を目で追う。
間もなくして、店長が使い終わった皿を持って洗い場にやってきた。
「やっと持ってきたのか? 待たせやがって」
「ははは、悪い悪い。それじゃ、頼むよ」
「ああ」
悪態をついて皿を受け取るも、真面目に皿を洗い始めるティオ。
そしてカゴが食器で一杯になると、ドキドキしながら食洗器のフタを閉じる。
閉じた瞬間に、大きな音を立てて食洗器が動き始めた。
「おお……!」
大きな機械が動いていることに感動し、ティオは興味津々で食洗器を眺めた。
そしてブザーが鳴ると、恐る恐るフタを開ける。
「すごい……本当にキレイになった……オレにも……できた!」
洗いあがった白い食器に、ティオの心には喜びと――誇りのような感情が沸き上がっていた。
「順調か? ティオ」
「わっ――だ、大丈夫に決まってるだろ」
「そうか。お茶ここに置いとくから、喉が渇いたら適当に飲んでな」
「? まだ仕事は終わってないぜ?」
キョトンとするティオに、店長は説明をつけ加える。
「これは仕事に必要な水分補給! 体調管理っていう、お仕事だ」
「ふーん」
不思議そうな顔をしつつも、ティオは貰った冷たいお茶を一気に飲み干す。
そして再び、無心で洗い続ける。
どんどん運ばれる皿を洗うだけで、時間が一気に過ぎていく――
「ありがとうございました!」
二人が時間を見る間もなく、ピコピコは閉店時間を迎えていた。
店長が、最後の客を店の入り口から見送る。
手早くテーブルを片付け、最後の食器を持って洗い場へ向かう。
「この皿で最後だ。お疲れさま、ティオ。大変だったろう?」
「おお! このぐらい、どうってことないぜ!」
湿気と暑さで吹き出す汗を拭いながら、ティオは皿を受け取った。
疲れているであろうティオを気遣い、店長はすぐにまかないの準備にとりかかる。
「それを洗い終わったら、まかないにしよう」
「マカナイ?」
「俺たちの食事のことだよ」
「メシ!?」
「そう、メシ! ティオは何が食べたい?」
目を輝かせながら、ティオは即答する。
「肉! 肉が食いたいぞ!!」
「肉かぁ……じゃあ、コレにするか」
冷蔵庫からパスタソースの入った缶を取り出し、レードルでフライパンにソースを注ぐ。
パスタソースの中からは、ゴロゴロとした肉団子がたくさん現れた。
ソースを火にかけると、ニンニクとトマトの香りが広がる。
皿を洗い終わったティオは、美味しそうな香りに釣られてた店長の近くに寄っていく。
「なんだ? 何を作ってるんだ?」
「出来てからのお楽しみ。スープは……コーンと卵にするか」
店長は小さな手鍋にコンソメスープと粒コーンを入れ、パスタソースの横で火にかけた。
温めている間に溶き卵を作り、ボイラーでパスタを茹で始める。
「座って待ってていいんだぞ? ティオ」
「ん……ふん。雇い主が立ってるのに、座れるかよ」
口では強がって見せたが、ティオは興味津々で調理場を眺めていた。
熱々のスープに溶き卵が注がれ、黄色い花が広がっていく。
肉団子のソースはパスタと合わさり、山がそびえるように皿に盛られる。
瞬く間に料理が出来上がっていく光景は、まるで魔法のようで――
「はい、おまたせ。テーブルに運ぶのを手伝ってくれ」
「うおぉ……なんじゃこりゃぁ……」
スープのカップを渡されたティオが、目を輝かせながら驚く。
子どもらしいティオの反応を微笑ましく思いながら、店長も両手にパスタを持ってテーブルへ向かう。
そして二人は向かい合って、席に着いた。
「本日のまかないは、カリ城パ……ポルペッティーニパスタとコンソメスープだ」
「スープが、キンピカだぞ……!!」
「あはは。ほら、冷めないうちに召し上がれ」
「お、おう」
食事を促され、ティオは真っ先にスープを口にする。
「ウマッ……」
一口飲んで全身に広がる美味しさに、しばし放心してしまう。
そして気を取り戻すと、ゴクゴクと一気に飲み干す勢いでスープをあおる。
「ほらほら、スープだけじゃなくてパスタも食べなさい。肉が食いたかったんだろ?」
「んっ」
店長の声掛けで、ティオは一先ずスープのカップをテーブルに置く。
フォークを手にして肉団子を差して、口いっぱいに大きくかぶりついた。
「んんんっ!?」
口いっぱいに広がる、肉汁とトマトの旨味。
これまで味わった事のない美味しさに、ティオの全身に衝撃が走る。
「ウマすぎんだろ!!」
「そりゃどうも」
言葉は悪いが子供らしい反応に、店長の顔がほころぶ。
何よりも勢いよく食べ進めるティオの姿は、美味しいという本心を語っていた。
「ふぅっ。ごちそうさん」
小さい体ながら、大人に負けないほどの速さでまかないを食べ終えたティオ。
一息ついたところで、店長に対して問いかける。
「アンタ、こんなに忙しい日になんで他の店員が休みなんだよ?」
「忙しいのは毎日のことだよ。それに皆にだって、それぞれ用事があるんだから」
「仕事より大事なことなのか?」
「そりゃあ、人生には仕事より大事なことがたくさんあるだろう」
「ふぅん……ヘンなの」
納得がいかない様子で、ティオは質問を続けた。
「じゃあなんで、アンタはいつも仕事してるんだ?」
「いや、俺だってちゃんと休んでるって」
「ウソだね。店閉めてる日は、まどーがくえんのガキの相手とかしてるじゃねーか」
「……ティオ、そんなに店の様子見に来てるのか?」
「たまたまだよ、たまたま!」
日頃の行動を悟られたのが不服で、頬を膨らませるティオ。
彼の子どもっぽい表情に微笑みながら、店長がポロリと答える。
「俺にとって店の仕事は、その……生活みたいなもんなんだよ」
「はっ?」
「まぁ……一代目なんて、そんなもんだろ」
「なんだそりゃ? ヘンなの!」
それはティオにとって、益々納得のいかない答えであった。
だが同時に、なんだか気に入ってしまう答えでもあって――
「仕方ねぇ! これからはオレが手伝ってやる!」
「えっ?」
「よろしくたのむぜ、一代目!」
「しかも呼び方、ソレなの?」
「ニシシッ」
二カッと笑うティオに、店長は軽くため息をつく。
「一代目、か――」
店長は自身の口からこぼれた言葉に、少し驚いていた。
雇われの頃と変わらず、料理を作ってきただけだと思っていたのに――
この異世界で『いたりあ食堂ピコピコ』の店長に、なっているのだと。
ご愛読いただき、ありがとうございます。
すごい久しぶりの更新になってしまいましたが、お付き合いいただき感謝いたします。
【お知らせ】
『いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~1』
SQEXノベル様より5月7日に発売します。
イラストは伊勢田ヒロユキ先生が担当してくださいました!
そして第1巻は400ページ近い大ボリュームになっております。
特典やフェアなどの情報につきましては
順次公開していく予定なので、どうぞよろしくお願いします。




