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「マリアさん、手伝うよ」
裕翔が立ち上がろうとすると、マリアは首を横に振った。
「折角帰ってきたんだ。ゆっくりしてなさい。ユートが楽しみにしていた、すいっちつーとやらはちゃんと買っておいたぞ。部屋に置いてある」
「ホント!? やったぁ!」
裕翔がはしゃいで駆け出した。
そう、マリアは裕翔がいない間、裕翔の好きな物を少しずつ買い集めていた。
漫画にゲーム機、服に靴。
帰ってきたとき、きっと喜ぶだろうと思って。
……いや。
きっと違う。
ずっと育ててきた子供が側にいない現実を、認めたくなかったのだ。
それで少しでも心が落ち着くならと、宏一は何も言わなかった。
それでも、Switch2を手に入れるため、ネットの使い方も怪しいくせに抽選販売へ応募しようとしたり、前日の夜から家電量販店へ並ぼうとしたり。
しまいにはフリマアプリで箱だけを売る悪質な出品者に騙されそうになった。
あのときばかりは本気で止めた。
ようやく普通に買えるようになって、どれだけホッとしたことか。
企業努力をありがとう、任天堂。
おかげで正義の女騎士は暗黒面に堕ちずに済んだ。
それで思い出し、宏一は裕翔の後を追った。
マリアに貸している部屋は、リビングと小さな台所、トイレと風呂だけのワンルームだ。
そのため、裕翔に思春期が来てからは、宏一の家の空いている部屋を使わせていた。
部屋へ行くと、裕翔がキラキラした顔でSwitch2の包装紙を破っている。
(こういうところ、まだ子供なんだよな)
「裕翔、良い知らせと悪い知らせがある」
宏一は扉の縁に背中を預け、腕を組んで少しだけ格好をつけた。
一方、水を差された裕翔は不満そうな顔をする。
「えー、じゃあ、いい知らせからお願いします」
「まず悪い知らせだ」
宏一はわざと一拍置く。
「ここにあるのはSwitch2本体だけだ」
「……うん?」
「ソフトはない」
異世界の女騎士にゲーム機は難しすぎた。
すべてのゲーム機をファミコンと呼ぶ、そこらの高齢者レベルで分かっていない。
今や生活必需品となっているスマホだけは渋々使っているが、ゲームについては学ぶ気すらない。
だからゲーム機だけ買って満足してしまったのだ。
(生活家電だけは最新式でも使いこなすのになぁ)
不思議なものである。
「いい知らせは?」
今にも泣きそうな顔をしている裕翔に、宏一は指に挟んだクレジットカードを見せた。
ちなみにゴールドではなく、ノーマルカラーだ。
「お祝いだ。好きなやつ買ってやる。ダウンロード版なら今すぐ遊べるぞ」
「やった!」
飛び上がった裕翔だったが、次の瞬間、しゅるしゅると縮んだ。
「……でも、いいの? 宏一さん無職ですよね」
その言葉に、宏一は苦笑した。
「あのなぁ。開業医ほどじゃないが、勤務医だってそこそこ高給なんだぞ。貯金もある。心配するな」
超激務だったから、時給換算したら……やめておこう。
祖母が残してくれた家もある。
ボロアパートの家賃収入も少し入る。
投資もしている。
宏一だけなら、一生働かなくても何とか暮らせる。
ただ――
裕翔の学費。
結婚して子供ができた未来。
そこまで考えると、まだ足りないだけだ。
「とりあえず、リビングのテレビとネットに繋ごう。折角帰ってきたんだ。マリアの見えるところにいてやれ」
マリアはきっと、今日はもう一秒だって裕翔と離れたくないはずなのだから。




