いざ、異世界へ
松本宏一、三十三歳。
今、異世界で竜に乗っています。
「うぉおおおおおおお!」
裕翔が操る小竜が、宏一を乗せて大空を駆ける。
振り向いた裕翔が、
イエーイ! 楽しんでます?
とでも言いたげに親指を立てた。
――折角異世界に来たんだから絶対乗るべきです! 見た目ほど怖くないですよ!
旅先で現地料理を勧めるような気軽さで小竜へ乗せた張本人は、そんなことを言っていた。
(命の危機しか感じとらんわ!)
首根っこを掴んで文句を言いたい。
初めて乗る小竜は、落ちないよう裕翔と縄で括り付けられているとはいえ、縦に横に、さらに上下へと容赦なく揺れる。
だから、喉から出てくるのは「うぉおおおお」だけだ。
文句を言えたとしても、この風音では裕翔まで届かないだろう。
初心者を後ろに乗せるからゆっくり飛ぶと言っていたくせに。
体感では高速道路を走る車並みの速さだ。
ろくに運動もしていないアラサーには、景色を楽しむ余裕など欠片もない。
そのとき、後方を飛んでいたマリアが軽やかに横へ並んだ。
宏一は咄嗟に助けを求めようと口を開く。
「うぉおおおおお!」
しかし、叫び声しか出ない。
そんな宏一を見て、マリアまで「楽しそうで何よりだ」とでも言いたげに親指を立てた。
乗る前は「久しぶりだから上手く乗れるか分からんな」と言っていたくせに、風を切る姿は見事なものだ。
ふと、マリアが普段は一つに束ねている髪をほどく。
黄金の髪が陽光を受け、きらきらと風になびいた。
マリアは手綱から両手を離し、大きく腕を広げた。
目を閉じ、風を――いや、この世界そのものを抱きしめるように。
日本で買ったシンプルなシャツにジーンズ姿。
それなのに、その姿はこの世界にあまりにも馴染んでいた。
当たり前だ。
ここはマリアの故郷なのだから。
(幸せそうだな)
足元に広がる人工物一つない大地。
雪をいただく山々。
どこまでも続く青空。
この世界のすべてが、「おかえり」と帰ってきたマリアを祝福しているようだった。
そう、マリアは帰ってきたのだ。
帰れるはずのなかった故郷へ。




