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十年間、異世界の女騎士に片思いしている33歳医師、告白の瞬間に勇者帰宅。  作者: 有栖賀馬頭(TL名義は朱里雀)


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9

「わ、ど、どうしたコーイチ?」

 マリアが何ごとかと目を丸くしている。


(婚約者ってなんだよ、初めて聞いたぞふざけんな。俺のことなんだと思ってんだよ!)


 ……ただの大家だ。

 マリアに対して何の権利もないくせに、馬鹿な文句ばかりが口をついて出そうになる。


 後ろにいる優男風の青年がクロフト子爵だろう。美形だ。

 そして隣にいる女性は……妊娠している?


「あ、いや……なんでもない」

 宏一はようやく、ネージュとディランに担がれたのだと気づいた。

 クロフト子爵は既に結婚していたのだ。


「そうか。コーイチ、彼は私の友人のエラン・クロフト子爵。隣にいらっしゃる奥方とは私も初めましてだ。子爵、奥方殿、今日の式典にいたなら知っていると思うが、彼はコーイチだ」

 エランが物憂げに前髪をかき上げた。そして、窓ガラスに映る自分の姿へさりげなく視線を送り、憂いを帯びた表情のままこちらへ向き直った。


 その瞬間、マリアはどこか意を決したように宏一の腕へ手を絡め、ぎゅっと抱き寄せてきた。

 むにゅっと胸が腕に当たり、宏一は咄嗟に素数を数えた。


「17……じゃなくて、初めまして。橋本宏一です」

「はじめまして、コーイチ殿。お会いできて光栄です」

「はじめまして、コーイチ様」

 エランの妻は笑顔を浮かべているものの、どこか不安そうだった。

 お腹の大きさからして妊娠後期だろう。

 もうすぐ子供が生まれるという時に、夫の元婚約者が突然現れたのだ。不安になるのも無理はない。


 マリアが自分に求めている役割を察し、宏一は役得を楽しむことにした。


「マリア、友人に久々に会えてよかったな」

「ああ、幸せそうで何よりだ」

「おや、幸せ度合いなら俺たちも負けてないぞ」

「もう、コーイチったら」


 見つめ合いながら、マリアの頬をつんつんとつつく。

 宏一は、自分の乏しいいちゃつき力の限界に挑戦していた。

 二人でちらりと夫婦を見ると、夫人はほっと胸をなで下ろしたように微笑んだ。


「マリア……いや、リヴァイア騎士伯。その……仕方のなかったこととはいえ、君を傷つけてしまったこと、本当に申し訳なく――」

 マリアはエランへ静かに手のひらを向けた。


「お互い様だ。そもそも親同士が決めただけで、私も君も互いに恋愛感情などなかった。気にする必要はない。私は私で、向こうの世界で自由にやらせてもらっていたからな」

 そう言って甘えるように宏一の肩へ頭を預けてきたので、宏一は開いた手でぽんぽんと頭を撫でた。


「そ、それならよかった……」

(勝った……!)


 何に勝ったのかは分からない。

 だが、とにかく勝った気がした。


「では我々はこれにて。行こう、マリア」

「うん、コーイチ」


 本来なら前を向いて歩くべきなのだろうが、二人で見つめ合ったままその場を後にする。


 人気のないテラスへ出ると、二人そろって大きく息を吐いた。

「コーイチ、付き合わせて悪かったな」

 マリアの手が宏一の腕から離れていった。


「いや。でもマリアはあれでよかったのか?」

 覗き込むと、マリアが器用に片眉を上げた。


「ここだけの話だがな……」

「うん」

 失恋を隠すための強がりなら慰めてやりたくて、宏一は少しだけ顔を近づけた。


「エランのことは好きでも嫌いでもない。なんと言ったかな、あれだ。ニホンで言う『なるしすと』というやつでな。悪い人ではないんだが、義務とはいえこれと一生一緒かと思うとうんざりしていた。略奪してくれた奥方には感謝している」

「な、なるほど……」


 滅多に人を悪く言わないマリアがそう評するのだ。

 相当だったのだろう。


「意外だな。あの親父さんがそんな男を選ぶなんて」

「婚約した子供の頃はそうでもなかったんだ。地味な奴だったんだが……私が遊びで母の化粧道具を使って女装させたら結構出来が良くて――……あれ? もしかして、私のせいか?」

「ドンマイ」


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