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「マリア、助けてくれ」
「どうした?」
張り切った母親に着替えさせられたという淡い黄色のドレスを着たマリアが小首を傾げた。
(めっっっちゃ可愛いな)
惜しむらくは、裕翔が「めっちゃ可愛い!」と宏一より先に褒めてしまったことだ。敗者たる宏一は、後から「似合ってるよ」と続けるしかなかった。
「名前が、覚えきれないんだ……」
「ようやく私の苦労が分かったか」
ふふん、とマリアは少し得意げに笑った。
女王が主催した「ささやかな夕食会」は、まったくささやかではなかった。
向こうで裕翔とはしゃいでいる旅の仲間四人は、最初に挨拶したおかげで何とか名前を覚えた。
だが、それ以外の、裕翔が世話になったという軍関係者たちは、「異世界人の体に興味があるから、死んだらぜひ解剖させてくれ」と頼んできて、宏一を本気で震え上がらせた第四騎士団団長兼人体科学者レストレー以外、ほとんど頭に入っていない。
医師として解剖して学びたい気持ちは分からなくもない。……分からなくもないが、許可すれば最後、殺される気がする。
他のメンツも、オネェだったり、戦闘狂だったり、子供だったり、美人だったりと、全体的に濃いメンツではあった。
だが、とにかくカタカナの名前ばかりで覚えきれない。
日本にいた頃、マリアが裕翔の友達の名前を覚えられず困っていた理由が、今なら痛いほど分かる。
「にしても、マリアのお父さん、結構お偉いさんだったんだな」
ヴェッダーニア公爵に礼を尽くしていたので、そこまで地位は高くはないが、前線で戦う実力者といったところだと思っていた。
だが実際は、地方騎士を統括する第二騎士団団長らしい。
「父上は団長としては二番目に新参らしい。ユートと共闘したときに実力を認められ、現場からの成り上がったらしいぞ」
マリアは何でもないことのように言うが、それだけ死線を潜ってきた人なのだ。そりゃあ怖いに決まっている。
「まあ、魔王戦が激化していた今代は、ほとんどの指揮官が成り上がりだ。士官学校卒の団長は恐らく、第五騎士団団長ネージュ・クライスラーくらいだな。ほら、そこにいる銀髪の。同期だ」
「ああ、すごい美人の」
真っ白な顔に、銀の髪。自分に見惚れた男の命を奪ってしまう雪女のような美女だ。
「……ほう?」
マリアがじとりと宏一を見つめる。
(あれ、地雷だったか?)
「そうか。コーイチはネージュのような顔が好みなのか」
「え、いや、好みっていうか、美人だなと思っただけで」
話がおかしな方向へ転がり始め、宏一は慌てた。
「ほう。コーイチの口から女の顔面を褒める言葉を初めて聞いたぞ」
怒っている。
ものすごく怒っている。
宏一は小さく両手を上げた。
「マリアで美人は見慣れてるからな。マリアとは系統の違う美人だと思っただけで……」
「そういえば、お前たち士官学校では『金の姫』『銀の姫』なんて呼ばれてたらしいねぇ。親しみやすい方がお前で、深窓の令嬢として憧れの的だったのがネージュ殿」
後ろからマリアの肩をぽんぽんと叩いたのは、兄のディランだった。
妹を楽しそうにからかっているディランは騎士ではない。壊滅的な運動音痴だった代わりに学問の才があり、今は官吏を務めている。
「わ、私だって落ち着くときはちゃんと落ち着けます!」
「あら驚いた。あなたって誰にでも尻尾を振るのだと思っていたわ、マリアベル。違ったの?」
式典用の白い騎士服に身を包んだネージュが歩み寄ってきた。
「久しぶりだな、ネージュ。相変わらず皆に避けられているのか」
「そうだったら気楽なんだけど、立場が立場でしょう? 努力しているのよ。それより、そのドレス似合っているじゃない。年齢にしては少し可愛らしすぎる気もするけれど」
ネージュが芝居がかった仕草で頬に手を添えた。
「仕方ないだろう。家にあったドレスを慌てて仕立て直したんだから」
「親孝行ね。たくさん着てあげなさい」
マリアのドレスは、不在の娘を思い、母親が毎年一着ずつ用意していたものだった。
いつか帰ってくると信じて。
「そうする。ネージュこそ、団長の証の徽章が悔しいくらい似合っているじゃないか。出世争いは私の負けだな」
(あれ、仲悪い? ……いや、仲悪くない?)
宏一がディランへ視線を向けると、「いつものこと」と言いたげに肩をすくめられた。
「どうかしら。ヴァルド団長が戻ってきたら、私はすぐ席を譲ることになるわ。それに、あなたにもそれなりの地位が与えられるでしょう。勇者を育てた騎士が、いつまでも一兵卒というわけにはいかないもの」
ネージュは小さくため息をついた。
「そうはいっても、実権のない名誉職だろう。実力が伴わないのに上には立てない。それより、前の団長にはユートが相当世話になったらしいな。挨拶したかった」
裕翔は、自分には三人の師がいる。と、言っている。
合気道の師。
剣を教えたマリア。
そして、魔力を爆発的に底上げする方法を教えたヴァルドという男だ。
「今は行方不明だけど、そのうちひょっこり帰ってくるわ。そういう人なの。それよりあなた、本当にユート君のお母さんみたいね。すっかり所帯じみちゃって」
ネージュがくすりと笑った。
「そうだ、それで思い出したけれど、クロフト子爵も来ているみたいよ。向こうは話したそうに何度もこちらを見ているわ」
そう言いながら、ネージュはなぜか宏一へ視線を向けた。
男たちは皆、美しいマリアやネージュへ視線を送っている。
なので、誰がクロフト子爵なのか宏一には分からない。
「…………あーーー、あーーー。話さなきゃ駄目か?」
マリアが眉をひそめて天井を仰いだ。
「私に聞かれても。嫌なら壁になってあげるし、話すなら早く行けば?」
マリアは深いため息をついた。
「そうだな、向こうの世界には『女は度胸』という言葉がある。ちょっと行ってくる」
そう言ってマリアは歩き出した。
その背中を見送っていた宏一の両肩へ、同時にネージュとディランの手が置かれる。
「ちなみに、クロフト子爵はあの子の元婚約者なの」
「そうそう、父が決めた婚約だったけど、案外お似合いだったんだよね。妹が行方不明になって婚約はなくなったけど。もう一度……」
ディランの言葉を最後まで聞かず、宏一は人混みを縫って走り出した。
「マリア!」




