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マリアの肩が震えている。
無理して話さなくていいとは言わなかった。
「別荘へ遊びに行ったあの日も、私は撒かれて、近隣の村を散々探し回った。結局、先に帰ったのだと思って別荘へ戻ったんだ。一目見て、おかしかったよ。いつもは笑い声が響いている別荘が、しんと静かで、それでも中に誰かいると分かった」
「私は窓から密かに別荘へ入り込んだ。中では先輩方が血を流して倒れていた。ユートの父親もまた、最期まで護ろうとしたんだろうな。立ったまま死んでいたよ。凄惨だった」
「うん」
宏一は救急医だ。悲惨な事故で亡くなった人や、大怪我を負った人を嫌になるほど見てきた。
だが、親しい人のそんな姿は見たことがない。
「苦しかったな」
「……あのときは死んだと判断したが、助けようと思えば助けられた人もいたかもしれない。だが、私は無視した。そして、夢中でクリスティーナ様をいたぶる魔族、魔眼のアルベルトの後ろへ忍び寄り、首を斬った。そして、ユートを捕まえていた下っ端どもも残らず斬り殺した。騎士としてあるまじき卑怯な行為だ。だが、そうしなければ勝てなかった」
だから苦しむ権利などないと言いたいのだろう。
馬鹿なことを。
マリアと裕翔が地球へ来たばかりの頃、裕翔は夜驚症になっていた。
寝不足で目の下に隈を作りながら裕翔を抱きしめるマリアもまた、精神的にかなり参っていた。
打つ手はほとんどなく、何もしてやれなかった苦い思い出だ。
「子供の前で母親をいたぶるような奴相手に、卑怯も何もない。そこは欠片も気にしなくていい」
「うん」
「元々、クリスティーナ様はご夫君と密かに計画していたらしい。息子を勇者にしない方法を」
それが異世界転移だった。
息子を危険な運命から守るために、この世界を見捨てる計画。
だが結局、裕翔は敵を討つため、この世界へ帰ってきた。
「魔眼のアルベルトは、首を斬られて塵になっていくときに言ったんだ。『後軍が来る。今に我ら魔族が勇者を殺す』と。それで、クリスティーナ様は私に命じられた。異世界で息子を絶対に護れ、と。そして最期の力を振り絞り、私たちを転移させた」
「うん」
「私は護れなかった。護らなきゃいけなかった人を……護れなかった!」
叫ぶような悲鳴だった。
マリアは堰を切ったように宏一の肩へ顔を埋めて泣き始めた。
瞼からこぼれた涙が服を濡らしていく。
宏一は背中へ手を回し、静かに撫でた。
愛している。
彼女を傷つけるすべてから護りたかったはずなのに。
「大丈夫だ。大丈夫だ、マリア。大丈夫」
泣きじゃくるマリアを、ただ抱きしめることしかできなかった。




