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35歳の俺が上司ざまぁしたり、大人って案外楽しいぞと気づいたりする話  作者: VANRI


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想い合う、ゆえに

 本当はショッピングモールの後、四人で駅前の居酒屋に行くはずだった。

 だが、さっきのあさひの体調を最優先に気遣い、今日のところは無理をせず、このまま車で家まで送り届けることになった。


 あさひ本人は「居酒屋に行っても本当に大丈夫だから!」と言っていたが、それが高橋に対する健気な気遣いなのか、それとも本当に回復したからなのか、今の俺には正確に推し量ることは出来なかった。


 車内のフォーメーションは、行きと同じだ。フロントシートに俺と高橋が並び、バックシートに佐伯さん姉妹が並んで座る。

 もし、あのままデートが上手くいっていれば、今頃は高橋とあさひが後ろの席に乗っていたかもしれない。


 車内では、雰囲気を悪くさせまいと当たり障りのない無難な会話をポツポツと繰り広げてはいたが、どうしたって全員の間にどこか重たく、息苦しい空気が漂っているのを感じていた。


 ふと、フロントガラスに夏の夕暮れの冷たい雨がポツポツと当たり始めた。俺は手元を動かし、ワイパーを軽く動かしてその水滴を拭う。

 だが、一度綺麗に避けたところで、次から次へと新しい雨の粒がガラスにぶつかっては破裂していく。その不毛な繰り返しを見つめていると、なんだか永遠に続くような気すらしてくるのだ。


 車内に流れていたラジオの音楽が一通り静かに流れ終え、ふっと静寂が戻った、その瞬間だった。


 後部座席の右側から、あさひちゃんが静かに、だが信じられないほどしっかりとした芯のある口調で言葉を放った。


「あの……高橋さんが、もし良ければなんですけど。今から、うちに来てほしい……です」


 カチカチと、雨水を弾くワイパーの機械的な音だけが、やけに大きく車内に響き渡る。

 バックミラーに映る佐伯さんが、驚いたように「えっ?」と目を丸くしてあさひの横顔を覗き込んだ。突然の発案に、あさひが何をしようとしているのか予測出来ないのだろう。


 だが、あさひの言葉の中に「成瀬さん」という自分の名前は含まれていなかった。


 ……あ〜、そうだよな。今はもう、高橋のことで頭がいっぱいなんだろうな。


 ほんの少しだけ、胸の奥にチクリと寂しいような、置いてけぼりを食らったような感覚を覚える。


 俺はチラッと横目で、助手席の高橋を見た。

 高橋は、体ごと後ろの席へと振り返らせ、あさひの瞳ときちんと真っ直ぐに目を合わせているようだった。


「うん。行かせてもらうよ」


 俺は運転のため前方を見つめていたので、高橋が今どんな表情をしているのかまでは見えなかった。


 だが、あいつの声のトーンから、心底優しい笑顔で返事していることだけは手に取るように分かった。


 あさひは、ついに覚悟を決めたのだ。自分の病気のことを、高橋に、そして姉である佐伯さんに、すべて打ち明ける覚悟を。


 彼女の並々ならぬ決意が車内の空気を伝ってビリビリと押し寄せてくるような気がして、こちらも自然と、ハンドルを握る手のひらに痛いほどの力が加わる。


 俺たちの緊迫した心境とシンクロするように、外の雨足はますます強くなり、大粒の雨がフロントガラスを激しく叩き始めた。

 ワイパーの速度を最速に上げても、前方の景色は雨のカーテンでぐしゃぐしゃに歪んでいく。


 車は激しい激雨を切り裂きながら、佐伯さん姉妹の住むマンションの地下駐車場へとゆっくり滑り込んでいった。


 シートベルトを外すカチリという音が、頼りなく静かに響いた。


 

――――――


 部屋に入り、人数分のコーヒーがリビングのローテーブルに並べられた。


 いつもなら誰かがソファーに座るのだが、今のこの異様な空気の中では、誰も腰掛けようとはしなかった。

 四人がローテーブルを四方から囲むように、床に一人ずつ距離を置いて座る。それが、一人ずつ孤立したような感覚になり、緊張感を助長させているような気がした。


 窓の外では、さっきよりもさらに激しくなった雨が、マンションのガラス窓をバラバラと絶え間なく叩きつけている。


 目の前に置かれたマグカップからは、淹れたての珈琲の熱い湯気が白く立ち上っている。だが、俺も高橋も、そして佐伯さんすら、誰一人としてそのカップに手を伸ばそうとはしなかった。


 全員が手元を見つめるか、あるいはあさひの次の動きをじっと待っている。

 俺はローテーブルに肘をつき、組んだ指先が少し冷たくなっているのに気づいた。 対角線上に座る高橋は、いつになく真剣な、だけどあさひのすべてを受け止める覚悟を決めた鋭い眼差しで、彼女の正面に座っている。


 そして、俺の正面に座る佐伯さんは、妹のただならぬ雰囲気に怯えるように、自分の膝の上でスカートの布地をぎゅっと握りしめていた。


 逃げ場のない、四角いテーブル。

いつもより時間が遅く流れていく。






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