君しか見えない
佐伯姉妹が待つマンションの前に車を滑り込ませる。エントランスの前に並んで立っている二人の姿を見つけ、俺は運転席の窓から手を出して、こちらに乗るようにと手招きした。
今日の佐伯さんは、夏の陽射しによく映える清楚な白のワンピース姿に、薄手のカーディガンを羽織っている。いつ見ても胸がときめく完璧なデートスタイルだ。
そして注目のあさひは、いつものボサボサヘアをちゃんと櫛でとかしたようで、金髪が夏の風になびいてサラサラと輝いていた。
上はシンプルな白のTシャツだが、ボトムスには女性らしい優しい雰囲気を醸し出す、うす紫色のサマーパンツを合わせている。
耳元で涼しげに揺れるイヤリングと、心なしかいつもより薄くだが丁寧に施された化粧が、彼女の隠しきれない美人度を跳ね上げていた。
さすがに、あのヨレヨレの家着のままでは来れないか……
高橋のために、あさひなりに一生懸命オシャレをしてきてくれたのだ。そのいじらしい努力が、見ているこっちまでたまらなく可愛らしく思えてくる。
二人が後部座席のドアを開けて乗り込むのを、俺は運転席でのんびり待とうと思っていた。
――だが、車が完全に停車するなり、助手席の高橋がさも当然のように、ドアを開けて外へと飛び出した。
高橋は長い足を大股に動かして近づいて行くと、目の前に並ぶ二人に向かって――いや、あさひの目の前でピタリと足を止め、その場で深々と、綺麗に頭を下げたのだ。
「あさひちゃん。先日は居酒屋で、いきなり驚かせてしまって本当にすみませんでした」
周囲の喧騒を切り裂くような、よく通る声だった。高橋はゆっくりと上体を起こすと、あさひの瞳を真っ直ぐに射抜くようにして言葉を続けた。
「でも。あそこで俺が言った言葉については、絶対に謝りません。――俺、本気なんで!!」
そう言い放ちながら、あいつはまるで映画の主人公のように、大人の余裕をこれでもかと湛えた爽やかスマイルをパーフェクトに輝かせてみせた。
……いや、カッコよすぎだろコイツ!!!
なんだあの恐ろしい変貌ぶりは!!!
俺はハンドルを握ったまま、内心で盛大に椅子からひっくり返りそうになっていた。
さっきまで車内で「心臓バクバク言わせてんの!」と半泣きで震えていたはずなのに、いざ本命を目の前にした瞬間に、あの平然とした完璧なイケメンフェイスを作れるなんて、どんな化け物じみた精神力をしてるんだ。
男の俺ですら、一瞬本気で恋に落ちそうになるほどの凄まじい破壊力だった。
当のあさひはと言えば、もう言葉を失って、分かりやすいくらいに顔を真っ赤にして目をハートにさせている。
そして何より、その隣にいる俺の佐伯さんまでもが、まるで自分のことのように両手でそっと口元を押さえ、瞳をうるうると輝かせて高橋の男気に全力でキュンキュンしているのが、バックミラー越しに丸わかりだった。
……おいおい。ちょっと、それ以上俺の目の前で他の男にときめくのは勘弁してくれ……
悪友のファインプレーを喜びつつも、大好きな彼女の可愛いリアクションを奪われたことに、俺は胸の奥でほんのちょっぴり、子供じみた嫉妬を感じてしまうのだった。
ショッピングモールに到着した瞬間、女性陣の目の色が変わった。事前にどのフロアにどんな店があるか徹底的に調べていたようで、二人は楽しげに笑い合いながら足早に歩き出す。
俺と高橋も、遅れまいとその背中を急いで追いかけた。
佐伯さんが熱心に服や雑貨を選んでいる姿を後ろから見つめるのは、男として純粋に楽しい。目線の先を追っていれば、次の記念日や誕生日のプレゼントの参考になるからだ。
だが、隣を歩く高橋の様子がおかしい。あいつはあさひの後ろ姿をじっと見つめたまま、完全に魂が抜けたような顔でただ自動的について歩いている。あさひはあさひで、高橋の視線を意識してか、心なしか背筋が不自然なほどピンと伸びていた。
……よし、そろそろ仕掛けるか……
お互いに気を遣い合って一向に進まないこの硬直状態をぶち破るため、俺は前を歩く佐伯さんに向けて、小さく咳払いを一つした。
佐伯さんがハッとして振り返り、俺と目が合う。
俺は誰にも気づかれない絶妙な角度で、高橋とあさひを交互に指差し、それから「俺たちはあっちに行くぞ」と顎で別の通路を指し示した。
佐伯さんは一瞬で俺の意図を察し、完璧なアイコンタクトで小さく頷いてみせた。
「あ、そうだ! あさひ、私ちょっとあっちのコスメショップで予約してた物を受け取ってきたいから、成瀬さんと行ってきてもいい? すぐ戻るから!」
「え!? みのり、待っ――」
あさひが焦って声を上げるより早く、俺は高橋にわざとらしく声をかけた。
「高橋、ちょうどいいところに服屋があるな。あさひに、お前に似合う服でも選んでもらえよ。じゃあな!」
「え? おい、成瀬っ――」
「じゃあ二人とも、また一時間後にここで!」
俺と佐伯さんは、あさひと高橋が反論する隙をミリ単位も与えない圧倒的な連携プレーで、二人の両脇を足早にすり抜けた。
振り返ると、広い通路の真ん中で、大きなクッションを奪われて丸腰になったあさひちゃんと、捨てられた子犬のように固まっている高橋が、お互いにオロオロと取り残されている。
あそこまでお膳立てしてやれば、いくら恋愛初級者になったオッサンたちでも、それなりに会話くらいは始めるだろう。
「あさひ、大丈夫かなぁ……」
人混みに紛れた瞬間、佐伯さんが俺の腕にそっと自分の手を絡め、心配そうな顔で見上げてきた。
「まあ、大丈夫だろ。お互い、いい大人なんだし」
安心させるために笑って見せる。
「そう……ですね。じゃ、私たちのデートを始めましょうか」
佐伯さんの顔から不安が消え、安堵した優しい笑顔が返ってきた。
夏のショッピングモールの賑やかなBGMの中、俺は佐伯さんの小さな手をしっかりと握り直し、二人きりの贅沢な時間を楽しむために歩き出した。




