大人だって恋したい
ピロン、とその時。俺のズボンのポケットの中で、スマホの通知音が小気味よく鳴り響いた。
いつもなら、佐伯さんたちとこうやって団欒を楽しんでいる最中には、マナーとしてスマホの画面を見たりはしない。
だが、今の俺には、このタイミングで送ってきた主が誰なのか、確信めいたものがあった。
俺はニヤリと笑みを浮かべながらスマホを取り出すと、その液晶画面を、ローテーブルの向こうのあさひと、すぐ隣にいる佐伯さんの二人に掲げて見せた。
「ほ〜ら。向こうはもう、次の作戦に向けて動き出してるよ」
メッセージの送り主は、もちろん高橋だった。
画面に表示されたトーク画面には、あいつの必死さがこれでもかと伝わってくる、こんな文字が並んでいる。
『成瀬! やっぱり俺、あさひちゃんと今度はちゃんとお酒が入ってない素の状態で、もう一度ちゃんと会いたい!
だから会えるようにセッティングしてくれ!! 頼む!!』
「う、わ、あああああーーーっっ!!!」
メッセージを盗み見たあさひは、本日一番の絶叫を上げると、今度こそ完全にクッションの中に自分の顔を丸ごと埋めて、ソファーの上を激しくゴロゴロと転げ回り始めた。
あまりの身悶えっぷりに、白Tシャツの裾がめくれ上がって、あの時に見た白い肌がまたチラリと覗く。
「うふふ、高橋さん、本当にあさひに本気なんですねぇ」
隣に座る佐伯さんは、我が事のように嬉しそうに目を細め、お盆を抱え直しながらケラケラと笑っている。
「どうするよ、あさひ。断るなら、高橋には『ガチで嫌がられたから無理』って返しておくけど?」
俺がわざと意地悪くそう問いかけると、あさひはクッションの裏から、真っ赤になった顔を恐る恐る覗かせた。
金髪がボサボサに乱れているが、その瞳は、完全に恋する女の子のそれだった。
「だ、誰が断るって言ったよ……! セッティングしろよ。 ……本当にこの格好でもいいか……試しに行ってやる……」
口調だけはいつもの強気なヤンキー風だが、声が完全に上擦って震えている。
不完全な大人たちの、新しくて、最高に騒がしい恋の始まり。
「はいはい、了解。じゃあ、来週の土曜の昼に、きっちりセッティングしてやるよ」
俺はスマホのキーボードを軽快に叩きながら、隣にいる愛しい恋人とフッと目を合わせ、お互いに声を出さずにクスリと微笑み合った。
大人になるって、面倒くさいこともたくさんあるけれど。
気の合う仲間がいて、大好きな恋人がいて、こんな風に誰かの新しい恋を全力で応援できるなら――。
……大人って、案外楽しいかも。
窓の外から差し込む夏の朝の太陽の光が、俺たちのいるリビングを、どこまでも明るく、眩しく照らし出していた。
――――――
約束の土曜日。さすがに「じゃあ二人っきりでどうぞ」と初対面の二人を放り出すわけにはいかないので、俺と佐伯さんもその電撃デートに保護者代わりとして同行することにした。
さすがに昼から居酒屋で飲むわけにはいかないし、かといってカラオケボックスに閉じ込めてはろくに話もできない。
まあ、無難に少し大きめのショッピングモールでぶらぶら買い物(ついでに女性陣の買い物に付き合って機嫌を良くしてもらおうという、俺と高橋の男ふたりによる作戦)をして、夜になったら満を持して居酒屋に流れ込むスケジュールに落ち着いた。
俺と佐伯さんが会社では隠れて付き合っているという事情もあり、他の社員に見つからないよう、あえて少し離れた郊外のショッピングモールを選ぶことにする。
俺が自分の車を出して、まずは高橋を迎えに行き、その後に佐伯さん姉妹を乗せる予定。
ナビに従って高橋のマンションの前に車を寄せると、あいつはまるで面接を控えた就活生のようなガチガチに緊張した雰囲気でポツンと突っ立っていた。
その様子があまりに可笑しくて、俺は車内から思わず笑ってしまう。カチリとロックを解除し、助手席にドアを開けて乗り込んできた高橋に笑いかけた。
「お前……いくら何でも緊張し過ぎだろ。職場でのいつもの『完璧な俺様』は一体どこへ置いてきたんだよ〜」
「うるっせえな……!! こんなガチのやつ、本当に何年ぶりか分からないから無駄にドキドキすんだよ!
こんなオッサンになってまで心臓バクバク言わせてんの!!
なんだよ、悪かったな、気持ち悪いかよ……!」
高橋は耳まで真っ赤にしながら、完全に子供のように拗ねた調子で窓の外へと顔を背けた。
仕事でも私生活でも常に飄々として大人の余裕を崩さない高橋の、こんな初々しい姿を見るのは、それこそ学生時代以来、十何年ぶりか分からない。狼狽える悪友の姿を見ているこっちまで、何だか胸が弾むような楽しい気分になってくる。
「気持ち悪くなんかないさぁ〜。もうお前が可愛すぎて、今すぐこのシートベルト越しに抱き締めたいくらいだよ、アハハ!」
「おいやめろ、前見て運転しろ!」
そんなくだらない掛け合いをしながらアクセルを踏み込み、車を発進させると、隣から高橋のフッと小さく緊張の解けたような笑う音が聞こえた。
本当の俺の理想としては、助手席に大好きな佐伯さんに座ってもらい、後ろのシートに高橋とあさひを並んで座らせてデートの空間を作りたかったのだ。
だが、あさひの方が「そんなの恥ずかしすぎて絶対に無理!」と電話口で猛拒否したため、結果として高橋が助手席、後ろのシートを佐伯さん姉妹が占領するという、男二人旅のようなフロントのフォーメーションになったのだった。
車は夏の青空の下、佐伯姉妹の待つマンションへと向かって滑らかに走る。
その道すがら、隣の高橋は信号で止まるたびに何度も深く深呼吸をして、必死に自分を落ち着かせようと胸に手を当てていた。
いくら背丈の大きい大柄な高橋であっても、今のあいつは、恋に怯える小さな少年のように可愛らしくしか見えなかった。




