とてもまじめな作戦会議
「実は……」
観念した俺は、ローテーブルを挟んで、昨日バーで起きた高橋の電光石火のプロポーズ劇をすべて正直に話した。
佐伯さんは、俺の話に合わせて「えっ!」と息を呑んでうんうん深く頷いたり、驚いたりと、とにかく忙しなく表情を変えて反応している。
俺がすべてを話し終え、リビングに一瞬の静寂が訪れた、その時。
佐伯さんよりも先にあさひが、クッションからがばっと顔を跳ね上げて叫んだ。
「もうーーーー!!! どうしようーーーー!!!」
……どうしよう、だって?
顔を真っ赤にしてまたクッションに頭を突っ込んだり、もじもじと身悶えしたりしている。
……おいおい、これは「どうしよう」なんて困惑のポーズを取りつつも、内心は完全に脈ありどころか、一発で高橋にノックアウトされているんじゃないか?
「ねぇー! 成瀬はどう思う!? やっぱあの人、昨日はただ酔っ払って適当に言ってただけだよね〜!?」
あさひが、クッションの隙間から潤んだ瞳で必死にこちらに意見を求めてくる。だが、女の子がこんな時にどんな答えを男に求めているかくらい、俺にだって自然と分かる。
そして俺の口から出る客観的な事実は、まさに彼女が喉から手が出るほど求めているそのものの筈だ。
「昨日、あの時さ。高橋はまだ最初の一杯に口をつけたばかりで、あんまり飲んでなかったんだよね。
だから、100%酔っ払って言ったわけじゃないと思うよ」
俺の答えを聞いた瞬間、あさひはパッと一瞬だけ花が咲いたような喜びの笑みを見せた。だが、すぐに我に返って慌ててその笑みを消すと、今度は短パンの裾をきゅっと握りしめてもじもじモードに戻る。
「で、でもさ! 会ってすぐ、いきなりあんなこと言われてもさ……。あたしの中身とか性格を全然知らないでああいうこと言うのって、男って結局、見た目が女なら誰でもいいのかなって思っちゃうじゃん……?」
「ああ、それなら心配ないと思うよ。あれだけの短い時間でも、高橋は結構お前のことを見てるから」
「……どういうことですか?」
それまで黙って話を聞いていた佐伯さんが、スカートの裾を揺らしながら、ソファから俺のすぐ隣の特等席へと移動して座り、不思議そうに疑問を投げかけてきた。
ふわりと甘い香りがすぐ横から漂ってくる。俺は高鳴る心臓をポーカーフェイスで隠しながら、二人の女性に向けて解説を続けた。
「あいつ、人間観察の眼だけは無駄に優れてるというかさ……。まず、あさひは昨日、自分の職場の人たちを置いて、俺たちの席にわざわざニコニコ笑顔で話しかけて来てくれただろ?
それだけで、あいつには『人懐っこくて愛嬌がある子だ』ってことが一瞬で伝わったんだ。それに、俺と敬語じゃなく気さくに話してる対等な距離感を見たり、昼間はきちんとした身なりで大人の仕事が出来るギャップを知ったり……。
まあ、ただ単に顔だけを見て突撃した一目惚れとは、ちょっと訳が違うと思うんだよな」
俺の熱弁を聞きながら、あさひはさっきよりもなお一層嬉しそうな、とろけそうな表情をクッションの裏で浮かべていた。
しかし、ふと自分の今の「金髪ボサボサに、白Tシャツ、短パン」というあまりにラフすぎる部屋着に視線を落とすと、ちょっと落ち着いたトーンに声を落とした。
「でもそれって……あの時みたいに着飾ってないと駄目、ってことだよな……?」
「ああ、それも別に問題ないだろ」
「えっ!!! じゃあ、成瀬、あんた今のあたしのこの格好でも『可愛い』って言ってくれるってこと!?」
あさひは、現金なほどパッと顔を輝かせて、再びひまわりのような笑顔を俺に向けて身を乗り出してきた。その反動で、短パンから覗く太腿の白い肌がまた艶めかしく揺れる。
「いや……そういう意味で言ったのではなくて……」
少し気まずいので、俺の声は自然と小さくなって視線を濁らせた。
「はあ? じゃあ何だよ?」
一瞬にして、いつものトゲのある強気なあさひが現れた。眉間に皺を寄せたその言い方には、明らかに怒りと不満が含まれているのがよく分かる。
「いや、だからさ。人間、恋に落ちた時って、相手に対して強烈な『フィルター』がかかるだろ?
何でも都合良くポジティブに見えちゃうっていう、あの現象だよ」
俺は手元のぬるくなったコーヒーを少し回して、軽く息を吐きながら続けた。
「例えば、普通なら『金遣いが荒い』って短所になることでも、フィルターがかかってれば『気前がいい、豪快だ』って見えるし。
計画性がなくて『後先考えない』やつでも、『行動力がある、情熱的だ』って魅力的に見えたりする。
……あいつ、高橋自身がまさにそのタイプだからさ。だから、今の恋に狂ってるあいつに、お前のこの金髪ボサボサな素の姿を見せたとしても、それが原因でお前を嫌いになったり、恋が冷めたりは絶対にしないと思うよ」
「……そうかなぁ……」
あさひはクッションの角を指先でツンツンとつつきながら、まだ煮え切らない様子で小さく呟いた。
……まあ、だが。
あれこれと理由をつけて不安がってはいるものの、あさひの胸の中の『答え』は、もう最初から決まっているのだろうな、と俺は確信していた。




