その後のあさひ
翌日。なぜか俺は、朝から佐伯さん姉妹が二人で暮らすマンションの一室に呼び出されていた。
いや、本当に昨日の夜はあれから文字通り大騒ぎだったのだ。
あさひの両手をがっしりと握りしめたまま、狂ったように「結婚してください!」を連呼する高橋。
それをどうにか引き剥がして落ち着かせようとしたのだが――当のあさひはと言えば、見たこともないほど顔を真っ赤にして、まるで絵に描いたような純情な女の子のように恥ずかしがって、その握られた手を引き抜いて走り去ってしまったのだ。
一晩明けて、今になっても、思い出すだけで思わず口元がニヤついてしまう。
「もう〜……ほんっとに、びっくりしたんだからな……っ」
あさひは、俺の座った場所のすぐ隣のソファの右端に深く膝を曲げて座り、その上で大きなクッションをぎゅっと抱きしめていた。少し顔を上げるだけで、右斜め前にあさひの姿が目に入る。
そのクッションに顔を半分うずめ、耳まで赤くしながら、まだ昨日の怒涛の余韻の中に完全に浸りきっている。
今日の格好は、いつものラフな部屋着スタイルだ。
少し蒸し暑いからか、何かよく分からない英語のロゴがプリントされた白のTシャツに、膝上までのデニムの短パンという無防備な姿になっている。
膝をぐっと曲げて座っているせいで、普通に立っている時よりも太腿の白い肌が多く露出していて、リビングの光の中でやけに艶めかしく目に映った。
……あ、危ねぇ、危ない。視線のやり場に困るな……
俺は慌てて目を逸らそうとした。
――だが、その露わになった太腿の白い肌を見つめた瞬間、俺の脳裏に、あの記憶が、鮮烈な熱量を持ってフラッシュバックした。
あの時、二人きりになった部屋で、持病のインスリン注射の方法を見せるために、あさひちゃんが自ら目の前でさらけ出した、あの下着姿。 華奢な女の子の生々しい肌。
そして、毎日何度も自分自身で針を刺さなければならないという、その太腿の皮膚にいくつも刻まれていた、痛々しい注射の痕。
なんか……心臓がうるさい……
やましい意味じゃない。無理やり脱がせたわけでもない。あいつが姉を想うがゆえの、覚悟の証明を見せられただけだ。
だけど、一度思い出すと、今目の前にある彼女の無防備な太腿と、あの夕暮れに見た秘密の肌の記憶が重なり合って、ドクドクと不条理なほどに心拍数が跳ね上がっていく。
大好きな佐伯さんがすぐ隣にいるというのに、俺は自分自身の罪悪感と興奮の狭間で、激しい冷や汗をかくことになった。
「成瀬さん、お待たせ。はい、コーヒーどうぞ。
……にしても、あさひ、昨日帰ってきてからずーーっとこの調子なんですよ〜」
佐伯さんが、俺の座っているローテーブルの前にマグカップをコトッと置きながら話しかけてきた。
ハッと我に返る。危ない、本当に危なかった。あさひの脚を意識してフリーズしていたことに気づかれなかっただろうか。
俺は平然を装って、少し震える手でコーヒーに手を伸ばした。
「夜中に帰ってきたと思ったら、ずっとクッションに顔をうずめて『うわぁぁあ!』って叫んでるし。何があったのか詳しく聞いても、赤くなって『成瀬に聞いて!』しか言わなくて……。
ねえ、成瀬さん。昨日、あさひに一体何があったんですか?」
佐伯さんはお盆を胸に抱えたまま、興味津々といったキラキラした瞳で俺を覗き込んでくる。
ああ、そっか……。あいつ、本当に俺の口から説明させる気か……
俺は手元の温かいコーヒーを一口すすりながら、遠くでクッションを身悶えさせているあさひに視線をやった。




