運命の出会い
飲み会を終え、高橋と一足先に店の外に出た。阿部はちょうど会社から緊急の電話が掛かってきたようで、「先に出てて!」とまだ店内で眉をひそめてスマホを耳に当てている。
今日は近場で大きな花火大会でもあったのだろう。駅へと向かう道すがら、色鮮やかな浴衣姿の若者たちがちらほらと楽しげに歩いているのが見える。
夏になり、日中はうだるような暑さが続いていたが、夜が更けるとそれなりに過ごしやすくなる。今の俺たちには、酒で火照った身体を心地よく冷ます程度の夜風が、ちょうどよく吹いていた。
「あー、食った食った。月曜からまたボチボチやるか……」
俺が夜風を頬に感じながら、さっきの温かい余韻を楽しんでいると、隣にいる高橋が歩みを止め、離れた所をじっと凝視しているのが目に入った。
いつものクールな表情を完全に崩し、何やらぶつぶつと信じられないものを見たように呟き出した。
「え……嘘だろ、やっぱあれ……」
「? 何言ってんだよ……」
少し面倒くさそうに言いながら、高橋の固まった視線の先へと、何気なく目をやる。
数軒離れた、少しお洒落な創作居酒屋の看板の下。仲良さそうに、男が女の腰にそっと手を回して店から出てくるのが見えた。二人はそのまま入り口の横で、名残惜しそうにまた顔を近づけて立ち話をしている。
「何だよ、いるだろカップルぐらい。羨ましいのか? 」
フザケた調子で、いつものように意地悪く言ってみる。だが、高橋の真剣な眼差しはピクリとも変わらない。むしろ、喉を詰まらせるようにして、緊迫した声を絞り出してきた。
「おい! フザけてる場合じゃないって、ちゃんと見ろ!!
――あれ、優愛ちゃんだぞ!!」
「え……?」
目を凝らす。街灯の光に照らされたその横顔。間違いない。俺の営業所の後輩であり、今まさに店内で電話している阿部の妹、優愛ちゃんだ。
そして、その優愛ちゃんの腰を愛おしそうに抱き寄せ、優しく微笑みかけている男の顔を見て、俺は完全にフリーズした。
渡瀬……じゃない!?
目を凝らした瞬間、俺の脳内の方程式がガラガラと音を立てて崩れ去った。優愛ちゃんの腰を抱いているのは、渡瀬ではなかった。
「え……マジで?」
予想だにしない相手の姿に、俺は思わず息を呑んだ。
「ああ……」
隣にいる高橋も、完全に言葉を失い、驚きを隠せない様子でその男を凝視している。
まさか、あの男が優愛ちゃんの彼氏だったなんて……
――そう脳が理解するよりも早く、背後の居酒屋の自動ドアが、軽い電子音を立ててウィーンと左右に開いた。
「あー、お待たせ! マジで焦ったよ〜、休みの日のトラブル対応ホント勘弁してほしいよねぇ……。
あれ? 二人ともどうしたの? 固まって」
のんきに首を傾げながら、阿部が夜風の中に歩み出てくる。
俺の背中に、一気に冷や汗が噴き出した。数軒先では、まだ優愛ちゃんが甘い雰囲気で「例の男」と寄り添い合っている。阿部がそっちに視線を向けたら、その瞬間にすべてが終わる。
「あ! 阿部!! 今日はもう1軒行かないか!?」
慌てすぎたせいで、自分でも引くくらい声が裏返って上擦ってしまった。
だが、流石は同期だ。高橋も即座に俺の意図を察し、必死の形相で乗ってくる。
「そ、そうだ!! 最近見つけたオススメのバーがあってさ! そこ行こう、今すぐ!」
俺と高橋は左右から挟み込むようにして、阿部の両脇をがっちり固めることに成功した。そのまま首根っこを掴んで逆方向へ引きずろうとする。
「ああ? 別にいいけど……。どしたの?
二人ともなんか慌ててない?」
阿部は怪訝そうに眉をひそめる。
とりあえず視線を逸らすことには成功だ、と高橋と一瞬目を合わせ、胸を撫で下ろそうとした
――その瞬間だった。
阿部がくるんと、コマのようにその場で方向転換した。
「あれ? あ! やっぱあれ優愛じゃん!!
優愛〜!!」
突然、阿部が明後日の方向を指差して大声で手を振り始めた。
嘘だろ、何で気づいた!?
俺たちの体で完全に死角を作っていたはずなのに、あいつの『シスコンセンサー』はどんな障害物も透過するらしい。
もう俺と高橋は顔面蒼白だ。
「終わった……」という絶望が脳裏をよぎる。
しかし、阿部の笑顔は一瞬で凍りついた。
妹が男と信じられないほど至近距離で寄り添い、腰に手を回されているという地獄の光景を、あいつの網膜が捉えてしまったのだ。
「おい阿部、待てっ――!」
俺たちが止める暇など一ミリも与えなかった。
阿部は般若のような形相に激変すると、獣のような咆哮を上げて、数軒先の二人めがけて猛然と走り出した。




