安田からのお誘い
あれからしばらく経った後、安田から飲みに誘われた。そういえば、大口の契約を取れたことに対して、きちんとおめでとうを言えてなかった。
いつもの大衆居酒屋に行く。使い古された木目のテーブルを挟んで向かい合わせに座り、ラミネートされたメニュー表を開く。周りは、酒で出来上がったサラリーマン達の笑い声で賑わっている。
目でメニューを追いながら安田が口を開く。
「藤田は……元気ですか?」
開口一番それなのかと思った。俺のことでも仕事のことでもない、元同期のことが心配だったのか。
「ああ、元気にしてるよ」
俺はジョッキを運んできた店員に小さく会釈をしながらそれを受け取る。
「プレゼンで負けてしばらくは、しょげていたけど、今はそのことは何も言わず仕事してるよ」
「そうですか……そっか、それなら良かった……」
安田は本当に心から安堵した様子で目を細めた。
冷えた生ビールのジョッキを互いに突き合わせ、カチンと軽い音を立てる。
「本当に契約とれてよかったな」
喉を潤し、改めて安田の目を見て言った。
「そっちの会社は大喜びだろ」
俺の言葉に、恥ずかしそうな表情を浮かべ視線を外す。
「はい……上司も凄く喜んでくれました」
遠慮がちに返ってくる言葉に、プレゼンで負けたこちら側に対して配慮してくれているのが痛いほど伝わってきた。
「ハハ……遠慮せず素直に喜べよ」
「は、はい……」
それでもまだ、煮え切らない返事が返ってくる。
「お前が頑張った結果であることには間違いないないんだからさ」
「ありがとうございます……」
そう言いながら照れ笑いを浮かべ、両手でジョッキを大切そうに抱えている。
時間が経つと、お互い、飲み始めた時の背筋の張りはなくなり、顔もほころんでくる。泡が殆どなくなったビールジョッキや数個残った冷えた空揚げは、もう自分たちが用済みだと気付いているかのように見えた。
安田もネクタイを少し緩め、軽く紅くなった頬をさすりながら目を見て話しだした。
「それで、成瀬さんに折入って相談があるのですが……」
「え……何だ、いきなり……」
軽く驚き目を見るも、安田の真っ直ぐな視線に戸惑いながらジョッキの冷たい結露を指でなぞり苦笑する。
「うちに来ませんか?」
「え……?」
思わぬ言葉に一瞬、酒が全部飛んでいったんじゃないかと思うほど、シラフに近い状態に引き戻される。
「今回のプレゼン、主催の人たちだけでなく、勿論自分の会社の人たちからも凄く称賛を受けたんです」
「まあ、いい出来だったから当然だろ……」
安田は噛み締めるように数回頷きながら続ける。
「でも、俺は周りに言われるたびに、何か気持ち悪いというか、モヤモヤする気持ちがあって……」
軽く息を吸い、俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
「それで気付いたんです!! 俺じゃない、って!!」
「え……?」
戸惑いを隠しきれず、安田の顔から目を離せなくなる。酔っているため、いつもより声はやや大きく、感情的になっているようだ。
俺の動揺など目に入らないようで一気にまくし立てる。
「成瀬さんだったんですよ」
自分の名前が出て、益々意味がわからなくなる。思考が追いつかない。
安田は奥歯を食いしばる様子を見せ、早口で言った。
「俺はあの資料を作る時、成瀬さんのことを考えていました。成瀬さんならどうするか、成瀬さんならどこに重点を置くか。成瀬さんが作るであろう資料を作ったに過ぎなかったんです。俺自身の力じゃない……」
だからか……。安田のプレゼンがわかりやすいと感じ、スムーズに頭に入ってきた。そして、違和感が何一つなかったのはそういうことだったのか……。
「悔しかったです。実力がついたと思い込んで浮かれていたかった。あなたに勝った、と胸を張りたかったのに……」
最初の元気の良さは消え、安田の表情には深い落胆と哀愁が漂っていた。
「何言ってんだよ!」
俺の声に安田は小さくビクッと肩を反応させ、弾いたように顔を上げる。
「『お前』だよ、さっきも言ったろ? お前の力なんだよ。何を考えて作ったかなんて関係ない。他の会社ではなく、お前の会社を選ばせるプレゼンだったんだよ。それを作ったのは、他でもないお前だろ」
安田の瞳に、みるみるうちに涙が溜まり瞳を潤ませながらこちらを見つめてくる。
俺は軽く立ち上がりそっと手を伸ばし、安田の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
「よく頑張った。よくやった。お前は堂々と胸張って歩きゃいいんだよ」
安田はスーツの袖で荒く涙を拭きながら、何度も何度も頷いていた。




