佐伯さん
「俺も離れたくない。だから……」
佐伯さんが期待を込めた瞳で見つめてくる。
求められている言葉もわかる。
だが……
「また、金曜に会おう?」
ギリギリのところで理性を保つ。
「……そうですね」
佐伯さんが残念そうな顔をしたが、それを無かったことのようにすぐ消した。
さっきの顔が残像のように頭でリフレインされる。
じゃあどうすればいいんだよ。
俺はいいんだよ、俺はいいけど、もし泊まったりしたら、明日同じ服で出勤して他の奴らに勘付かれるかもしれないし、寝不足で仕事でミスったり……
それに、会社で他の奴にバレたくないって言い出したのはそっちだし……
いや、これは言い訳? 結局自分の為?
自分が明日の仕事に支障をきたすかもしれないから?
これが明日から海外へ……とかならまだわかる。
でもただの何気ない一日。そんな日に、毎回その時の感情に任せて動くなんて出来ないだろ。
「でも本当に駅までは遅らせて。夜は危ないから」
……ズルいよな。佐伯さんは傍にいると辛いって言ってるのに、自分は傍にいたいことを理由にして駅まで一緒にいようとしてる。
駅まではさっきより口数少ないまま歩いた。
きっと佐伯さんは俺の気持ちをわかっている。
だからそれ以上断りもしなかったし、駅まで送らせてくれた。
駅に着き、「また明日」と背を向けられる。
「あのさ……!」
反射的に声をかけると、少し驚いた様子で佐伯さんが振り返る。また顔が見れて嬉しくなる。やっぱり帰したくはない。
不思議そうに見られるので、我に返り言った。
「今度から、俺の家に一着くらい着替え置いておかない?」
佐伯さんは、俺の本当に言いたいことを察したようで、声を出してハハッと笑った。
「そうですね、そうします」
佐伯さんの笑顔を見て自然と顔がほころぶ。
笑顔で手を振り、また背を向けられた。
佐伯さんの笑顔が寂しさを打ち消すためのように思えて、さっきより寂しくなった。
背が見えなくなるまで見送って帰路に着いた。
――――――
翌日、主ではないにしろ慣れないことをする為に多少緊張していた。
出発前にとりあえず喫煙室で心身を整えることにした。
煙草に火をつけて、はたと気付く。
プレゼンの場に煙草の匂いさせながら行くって、印象悪くならないかと。ただでさえ喫煙者って肩身狭くなりがちな世の中だし。
だが、気分転換も大切。プレゼンなんて内容重視なんだからそんなの関係ないだろ、と無理矢理自分を納得させる。
「お疲れ〜」
高橋がいつものようにやってくる。
座りながら煙草を取り出し、笑って話しかけてくる。
「どうですか、後輩の出来は」
煙をふうっと吐いて答える。
「80かな……」
「ハハッ……100じゃないのかよ」
喫煙室内の煙や匂いが、より一層濃くなるのを感じる。
「マジで今回あんま口出ししなかったんだよ。
もう少しここ変えたらわかりやすくなるのにな、とか、こういう見せ方あるんだけどな、とかあったけど言わずに……」
「何で? 変な優しさ?」
「自分たちだけでやった方が、どんな結果でも自分のせいに出来るだろ、そっちが達成感あるだろうし」
「まあね、人に言われてやったことなんて、そいつのせいに出来るしな」
高橋は頷きつつ、吐いた煙を見つめている。
「ある意味、意地悪なのかな〜。逃げ場を無くさせるという点では。
でも単に見てみたいと思ったんだよ、あいつらのやったことがどこまで通じるのか」
「まあ、楽しみにしてるよ」
高橋はそう言って立ち上がり、さっさと部屋を後にした。
なんだよ、あいつほとんど煙草吸ってないじゃねえか。
俺の様子を見るために、忙しいのにわざわざ話しかけに来てくれたみたいじゃないか……
――――――
プレゼン相手の会社はまだ建設中ということもあり、フリースペースを借りて行われる。
案内された中会議室はスクリーンが一番奥にあり、その前に机が並ぶ。スクリーンの左側に発表者が使う為の机が用意されている。その上にマイクとパコソンが準備されていた。
部屋はさほど広くはなく、20〜30人程度が入る広さだった。
プレゼンするのは三社なので打倒だろう。
俺たち四人が一番早く着いたようだった。机に書いてある自分の会社の場所に腰を下ろす。
優愛ちゃんは連れて行く予定ではなかったが、是非見てみたいとの本人の希望があり、連れて行くことにした。
三人は勿論、俺も初めてのことなので、フリースペースに入る時から、田舎から初めて都会に出て来た奴のように、周りをキョロキョロと見回しながら歩いていた。
席に着いて緊張をほぐすために軽く談笑していると、ドアが開き安田が見えた。
安田と同じくらいの年齢の男性二人と会話しながら笑顔で入ってくる。俺たちと目が合うと、軽く会釈するのみだった。
本当は心底、安田に会えて嬉しかった。すぐにでも抱擁したいぐらいだ。だが、情報を流したりなどの変な誤解を生まないためにもそうするしかなかった。
藤田もそうだと思う。藤田と安田は同期だったし、個人的にも飲みに行ったりしていたことは知っていた。しかし、今回の話があってからは会ってないと言っていた。
皆、考えることは同じだと思ったし、藤田も安田も本気でこれに挑んでいると確信した。
それからすぐ真田と男女一人ずつの真田の会社の人間が入って来た。真田は勿論、会釈などせず面白そうに笑みを浮かべていた。
皆が揃ったのを見計らったように、主催側の人間が前のドアから数人入って来た。男女、同じようにスーツを着込んでいる。
少し間をおいて女性が入って来た。
痩せ型、黒いスーツ、整った顔に丁寧に化粧をしている。そして、ボブの金髪。
他の社員が黒髪か茶髪なのに対し金髪は悪目立ちしている。だが、背筋を伸ばし、カツカツとヒールの音を立てて堂々としているその女性は美しく輝いて見えた。歩く度にゆらゆら揺れるイヤリングすら目で追ってしまう。
これは……目を惹くな……
思わず唾を飲む。
俺だけではない。ふと他へ目をやると、他の人間も同じように、食い入るようにその女性を見ているのがわかった。同性の優愛ちゃんですらそうだった。
横に座っている渡瀬が、周りに聞こえない位の小さな声で囁いた。
「ヤバいぐらいの美人……」
その女性はマイクの前に立ち、全体を見回した。
その時に一瞬目が合った気がしたが、すぐに流れるように見回していたので気のせいかもしれない。
いや待てよ。この人、どこかで……
変な感情が湧いてくる。
なんだっけこの感じ。
もやがかかったようで、スッキリしない。
その女性が余裕のある笑みを見せ、マイクで挨拶をした。
「今日はお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。
管理者の佐伯あさひです。よろしくお願いします」




