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35歳の俺が上司ざまぁしたり、大人って案外楽しいぞと気づいたりする話  作者: VANRI


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救われる瞬間と活力

 藤田がフッと笑いながら、渡瀬に優しい視線を向ける。

「わかるな〜。俺もあったよ、新人の時。

お客さんに認められた時って、それまでの苦労が吹っ飛んじゃうしさ、この仕事やってて良かったなって思うよな〜」


「よかったね、よかったね〜」

優愛ちゃんに至ってはもう母親のように、泣いている渡瀬の背をさすってくれている。


 見ているこっちも感極まるし、この子たちは気付いてないだろうけど、後輩がやりがいを覚えた時って、こっちも働いてて良かったなって思える。

 このメンバーは、いつの間にかいいチームになってたんだとしみじみ思う。

 俺なしで全然問題ないようだし、これが手を離れるってやつなんだろうな。

 やはり少し寂しさは感じてしまう。



 それから軽く談笑して最終確認し、明日へ臨むこととなった。


 俺は三人を見送った後、自分の仕事が終わってなかったことに気付き、気持ちを切り替え残業を始める。

上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて戦闘態勢になる。

 さあ、本気出すか。



 終わって時計を見ると22時過ぎ。

「うわ、もうこんな時間……」

辺りは人がおらず、しんと静まり返っている。


 天井を仰いで目を閉じる。


 あ〜……早く帰って風呂入りてぇ……


「お疲れ様です」


 ドキッとして振り返る。

佐伯さんの顔を見て、ホッとしたと同時に声が出る。


「ビックリした〜……誰もいないと思ってたからさ……」


 佐伯さんがクスクスと笑いだす。

「成瀬さんのこんな驚いた顔見たの初めて」


 近付きながらもう一度辺りを見回す。


「ああ、大丈夫ですよ。もうみんな帰りましたから」

「そっか……もう遅いもんな。

 佐伯さんは? 残業?」


「私もやることあって残業してたんですけど、成瀬さんが珍しく残ってたので待ってみました」

恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「え……それじゃだいぶ待たせたんじゃ……」

まさかこんな遅くなるとは俺も思ってなかった。


「あ、はい。だから……はい、これ」

そう言ってビニール袋を手渡される。


「ここらへんってコンビニはないけど、スーパーは21時までやってるから、夜食になるかなと思って……」


 ビニール袋の中には、弁当とお茶が入っている。


「佐伯さんも何も食べてないんじゃないの?」

長い時間待ってくれて、しかもスーパーまで行ってきたなんて。スーパーから帰って来た時に俺がいる保障もないのに。

 それを思うと嬉しくもあるが、心苦しくなってくる。


「いえ! 私は軽く食べたので大丈夫ですよ」

変わらぬ笑顔で返されて、それが本当なのか、気を遣ってそう言ってるのかわからない。


「わざわざありがとう」


「さ、帰りましょうか」

佐伯さんは照れ臭そうに先に歩いて行く。




――――――



 帰り道、一緒に歩いていると初めて2人で飲みに行った時のことを思い出す。


 あの時は手を繋ぐことすら憚られた。

今は手どころかもっと親密になれた。

 ……だが、意外と夜でも会社帰りの人通りがあり、結局今も手は繋げそうにない。職場の奴に会わないとも言い切れないからだ。

 今日の渡瀬の話をしながら夜道を歩く。

佐伯さんは笑いながら、相槌を打ちつつ話を聞いている。


「そう言えば、立石さんと仲良くなったんですね」


 不意に投げられた発言に驚く。

「え? なんで?」

そう言えば、藤田や立石と飲みに行ったこと言ってなかった。なのになんで気付かれた……?


「前は立石さんのこと話す時、顔が強張ってたけど、今は柔らかい顔してるから」


「え? 本当? 自分じゃ全然わからなかったけど」


「私はよく成瀬さんのこと見てますから。

なんにせよ、仲良くなってくれて良かったです」

満足気に頷いている。


「あ! 私こっちなので」

佐伯さんが向きを変えようとする。


「待って! 駅までは送って行くよ!」

反射的に腕を掴んでしまった。


「あ、ごめん……」

焦りながら手を離す。


「明日って……仕事だよな?」

当たり前のことを聞いてしまう。万に一つでも休みなら俺の家に誘いたい。もうこの時間だしうちに来れば終電を逃させることもわかってる。

 

「仕事ですよ。成瀬さんもでしょ」

乾いた笑顔で返される。

やはり万に一つは滅多に起こらないのだ。


「ああ、プレゼンだし……」

「だから、送らなくていいです。少しでも早く帰ってください」

佐伯さんの声が、冷たい言い方に変わったような気がした。


「でも本当に暗いし危ないから……」

「大丈夫ですって!」

食い気味に強い口調で言われ、驚きより疑問が湧いてくる。佐伯さんの表情が硬いのが気になる。


「どうした? 何でそんなに嫌がる?」


「だって……」

佐伯さんは俯き、視線を合わせないで言いにくそうに言う。

「一緒にいる時間が長くなればなるだけ、離れたくなくなるんです……それが辛いから」


 ……俺だって離れたくない。自分の手が抱き締めたくてたまらないと言っているのもわかってる。

 それなのに……人の目とか、明日のこととか考えて動けない自分が情けない。

 ドラマみたいに皆の前で抱き締めて、道の真ん中で愛を叫べばいいのか? 

 だが、そうして何になる。その日だけそうしたところで何が残るんだろう。




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