旅立ちという名の別れ
高橋から所長室に呼ばれる。
「渡瀬、今月までだから」
「……え? なんで?」
不意打ちのボディブロー食らった気分。
「本人の希望だからね〜……」
「辞めるってこと?」
「いやいや、他のとこに異動するだけ」
「そっか……でもなんで……」
「まあ、元々ここもお試しみたいな感じだったし」
コーヒーをすっと渡される。
「お前のせいじゃないよ。話してみるといい」
―――――
渡瀬と営業に回った帰り道、そのことについて触れてみることにした。
「うち出て行くんだって?」
「え……?」
途端に歩きが遅くなる。
「……ああ、営業所の話ですか。
突然だから何のことかわからなかった」
本当はどこか飯にでも行って話したいところだが、
コスパタイパ重視の渡瀬には帰り道がいいと思った。
歩調が戻りまた元の速さで歩き出す。
「俺の口から言おうと思ってたのに、成瀬さんに会うとなかなか言えないから所長が言ってくれたんですね」
「ああ。あと一週間ないしな……」
言いながら切なくなってくる。
チラチラ渡瀬の方を見るが、前を向いて歩いていることもあり目が合うことはない。
「俺に言いたくないような理由?」
「そういうわけじゃ……」
「別に言いたくなかったら言わなくても……」
毎日毎日同じ時間を過ごしていたから、言う暇がなかったとは思えなかった。
それならば理由か……
「ちょっと話しませんか?」
渡瀬に促されるまま近くの公園のベンチに腰を下ろすことにした。近くの自販機でコーヒーを買い、手渡した。
一口コーヒーを飲んで話してみる。
「営業所のメンバーはいい奴ばっかりで働きやすいと思うんだけど」
「そうですね、そう思います」
軽く数回頷きながら返事が返ってくる。
「仕事内容? でも業務は卒なくこなせてるように見えるし」
「……ハハッ。理由言わなくてもいいって言うわりにめっちや聞いてくるじゃないですか〜」
「ごめん……」
手に持つコーヒーに目を落とす。
「何ヶ月かだったけど、いなくなるって思ってなかったから聞いて正直ショックだった」
「悲しんでもらえるのって悪い気しないですね」
そう言うと顔を上げて静かに呟いた。
「成瀬さんが原因の一つかな」
声の聞こえる方向からこちらを向いて言っているのがわかった。急いでその方へ目を向ける。
すると、穏やかな表情の渡瀬と目が合った。
「成瀬さんに出会って仕事してるうちに、もっと他の営業所も見てみたいって思うようになりました。
ここは優しい人たちが多くて、言い換えるとぬるま湯に浸かってる感じでした」
「それはあまり良くないってことか?」
渡瀬は少々困った顔を見せるが、落ち着いたトーンで続ける。
「それが良いか悪いかは人によると思います。
ただ、俺はもっと厳しい所にも行ってみたいと思ったんです。揉まれて勉強して成長したいなって。
別に今の営業所で勉強出来ないわけじゃないですよ、
でも色々な所に行った方が多くのやり方を知ることが出来る。
知識が多ければ、その中で効率がいい方法を選ぶことが出来るでしょ?」
「そうだな……井の中の蛙では学べないことだな。
でも……」
「でも?」
思わず溜め息をこぼしてしまう。
「俺の周りの奴って辞めたりしていなくなるんだけど、その度にぽっかり心に穴が開くような感じがするんだよな」
「……寂しいんですね」
頷きながら自分に言い聞かせるように言った。
「寂しいんだよ。
学生の時って、小学校、中学校、高校とか決められた年数は大体一緒に過ごせるけど、社会人って期限付きじゃなければ無制限みたいな感覚に陥ってしまって。
あと何年で卒業って目に見えてないから、突然の別れにいちいち動揺してしまうんだよ」
ベンチにもたれかかる。
「これ何回も味わってるのに慣れないんだよな〜……」
「毎回大切に思っているからでしょうね」
渡瀬が目を細める。
「どうでもいい人が辞めるなら何とも思わないでしょう? 人に出会うたびに真剣に向き合って深く関わっている結果だと思いますよ」
「そうだといいな……」
「適当に関わってなくて好感持てるけど、俺はそうなりたくないかな。しんどそうだもん」
「コスパタイパの問題?」
少しからかって笑いながら返す。
「いえいえ、精神面の問題です。
俺そんな精神的に強くないんで、成瀬さんみたいに毎回ダメージ受けると倒れちゃいます」
「俺、豆腐メンタルだから弱いって〜」
「アハハ……辛いことを体験した分、人に優しくなれるって言いますし無駄にはなってないと思いますよ」
「そうだな……」
「でも俺、辞める訳じゃないんで。
色んなとこで勉強してまたいつかここに帰ってくるかもしれませんよ」
「あそっか。今まで辞める奴ばっか見てきたから、辞めるテンションで受け止めてたけど、そうだよな、
いつかまた一緒に働ける日が来るかもしれないな」
少し光が射したような感覚になる。
さよならではない……のかもしれない。
「じゃ俺、次お前に会える時には豆腐メンタルから、揚げ豆腐メンタルぐらいにまでバージョンアップしとくわ」
「アハハ……豆腐から離れてくださいよ〜」
「いやいや、揚げ豆腐って結構硬いんだって」
笑いながら立ち上がりまた歩き出した。
またくだらない話をしながら帰路につき、会社に戻る頃には心が軽くなった感じがした。




