父と子
渡瀬部長が予定の時間通りにやって来た。
いつも通り世間話や、この営業所で困っていることはないかなど聞いてくれる。
だが、息子のことについては触れない。
渡瀬部長が所長室を出た時、ちょうど渡瀬が通りかかった。お互いがどんな反応をするのか気になって見ていると、二人とも無表情で軽い会釈を交わすのみだった。
所長室を出ると、まだ渡瀬が立ち尽くして父親の後ろ姿を見ていた。
出て来た俺と目が合うと、
「緊張した〜」と表情を和らげる。
「久しぶりに会いました。俺、盆も正月も帰らないんで」
「そうなんだ。部長って家でどんな感じなの?」
「必要なことしか話さない感じです。
だから、入社して初めて職場の親父見て、こんなに笑うんだとか、意外と人に好かれてるんだなって思いました」
話しながらお互い椅子に腰を下ろす。
「渡瀬部長は凄い人だよ。平社員の名前まで覚えてたり、細かな気遣いが出来たり。
問題が起こった時の解決スピードも速い」
渡瀬がフフと笑う。
「成瀬さんは親父のことが好きなんですね」
「え……ああ、まあ……」
「いいなぁ、そんなふうに慕われて。
俺もそうなれたらいいな……」
渡瀬が、部長が先ほどいた所へ目をやる。
「なりたいと思ってなれるものでもないしな〜」
「成瀬さん! こういう時は『お前ならなれるよ!』って言うんですよ!」
「ハハッ……なれる、なれる。お前ならなれる」
「うーわ、なんかやる気なくなる」
パソコンを触りながらも話が続く。
「俺、コネ入社だと思われることが多いんですけど、
実は親父にこの会社受けること自体言ってなかったんですよ」
「え! そうなのか?
じゃあ部長は気付いた時すごく驚いただろうね」
渡瀬は手を止めて遠くを見た。
「どうなんでしょう……何も言われなかったし。
俺に興味ないのかも。
面接も敢えて親父とあたらないように配慮されてたから会うことなかったんですよね。
さっきもあんな態度だし……」
「さっきのは部長の優しさだろ」
「え?」
「あそこで親しく話してたら、やっぱり贔屓されてるんじゃないかって思う奴がいるかもしれないし、
無視したらしたでお前が傷つくだろ?
そこまで考えてたんじゃないかな」
渡瀬が腑に落ちた表情になる。
「そっか……嫌われてるわけでもないのかな」
「まあ、部長の考えなんて部長にしかわかんないだろうけど、少なくとも嫌ってないと思うよ」
「え!? なんでわかるんですか!?」
フフッと鼻を鳴らして言う。
「男の勘」
「……成瀬さんて結構適当ですよね……」
うらめしそうな顔をしてこちらを睨んでくる。
言い返そうとすると、軽く溜め息をして続けた。
「いいです。今はその男の勘信じますよ」
ちょっと距離が近くなってる気がするので言ってみる。
「今日、飲みとか行かない?」
「あ、大丈夫です」
きっぱり、しかも食い気味に返事が返ってくる。
苦笑しながら言葉を返す。
「え〜普通この流れで断る?」
「成瀬さんと飲みに行きたくないわけじゃないですよ。
ただ、この資料ちゃんと頭に入れたいんで今日中に。家に帰って集中してやりたいなって」
「それ別に急ぎじゃないしさぁ〜、
コスパもタイパも悪くない〜?」
「それ意味わかって言ってます?
オジサンが意味わからず使ってるとダサいですよ」
この子の使う言葉の切れ味が良すぎて、ザックリ斬り捨てられる感覚になる。
俺が無言でパソコンを触り始めると、ボソッと渡瀬が呟く。
「……今度、行きましょう……
俺、気になったらその時にやらないと落ち着かないんで……」
自然と顔がほころぶ。
「でもあんま勉強しなくていいって。
俺なんか適当だし」
呆れたように笑いながら渡瀬から返事が返ってくる。
「指導者としてどうなんですかね、そのセリフ。
それより……」
事務所の遠くに目をやっているように見えた。
「今日、佐伯さんとデートでしょ?
早く帰った方がいいんじゃないですか?」
「は!?」
思わず声を上げてしまう。
しまった、忘れてた!
いやいや、今はそれより……
慌てて周りを確認しながら声を潜める。
「なんでそれ……」
「そういう勘、昔からよく働くんで。
それにさっきから佐伯さんチラチラこっち見てるし」
振り返ると、こっちを見ている佐伯さんと思いがけず目が合う。お互い気まずい表情を浮かべ目を逸らす。
渡瀬に視線を戻し、引き続き小声で会話をする。
「それ、他の奴も知ってるのか……?」
「いや誰も気づいてないですよ。そんなこと話のネタにも上がったことないし
それより……」
また手を止めて、俺に視線を戻しいたずらっ子のように笑う。
「成瀬さんの焦ってる顔見れて嬉しいです」
「それ誰にも……」
「言いません言いません。そんなの人に言うなんてダサいことしないし……」
またにっこりと微笑む。
「俺だけ弱み握ってた方が優越感を感じれますから」




