昇進待遇
「給料上がったらしいよ〜」
「もうー! 高橋はすぐ成瀬に話すー!
俺が言いたかったのにー!」
「ああ、それはよかったな」
「なんで俺が教えてるかわかる?
二人に上に行きたいって思ってほしいからだよ!」
「でも俺たちあんまり昇進欲求? とかないから……」
チラと高橋を見ると頷いているのがわかった。
「だからだよ〜!
そんなんじゃうちの会社潰れるだろ〜」
「別にそこまで会社愛があるわけじゃないし……
潰れたなら、この会社って社会から必要ないんだろうなって思うだろうし」
「まあ成瀬聞いてやろうぜ、自慢話。
課長になったら車もらえるらしいよ」
「え!? 車!?」
そんな好待遇があるなんて今まで聞いたことなかった。
「しかも普通車だって」
「すごいなうちの会社……」
「まあ、上層部が作った法律だしな、
自分らが得するように作るだろ」
思い当たる節があった。
「だから上層部は全然退職しないで下の奴ばっかり辞めていくんだよ……
知ってるか? 同じ業種と比べてもこの会社の離職率は2倍近く高いんだよ」
「それだけ下に還元されてないってことだよな……
あ! でも阿部は車断ったらしいよ」
「は!? なんで!?」
気まずそうにしている阿部と目が合う。
「え……使わないし? 本部にも社用車あるし、
別に俺専用の車いらないかなって」
高橋が俺に面白そうに話しかけてくる。
「車の種類も選べるし、自分の家まで乗って帰ってもいい決まりになってるのにさ。
欲がないというか、何というか……」
「それ言ったら上はなんて……?」
阿部が溜め息を吐きながら言う。
「そんな奴、前例がないって」
「まあそうだろうな……」
「でもいらない物はいらないから断った。
で、代わりにタクシーチケットもらっちゃった」
阿部が自慢げにチケットを見せてくる。
「しかも無制限」
高橋と一緒に感嘆の声を漏らしてしまう。
高橋が続けて言葉を吐く。
「ほんと賢いなお前」
「さすがだな、そっちの方が楽だしな」
「あ! 成瀬! お前に言おうと思ってたんだけど」
高橋が何か思い出したようで俺に目を向けた。
「ああ何?」
「また事務の主任がお前に仕事振ろうとしてるみたいだ」
「……ああ、そうなんだ」
「あれ? 怒ったりしないのか?」
高橋が俺の態度を不思議がっているのが手に取るようにわかる。
いつもの俺なら怒りだすからだ。
「うーん……気分良くはない。
けどさ、バカだなと思って。
そんなことしても、自分の価値が落ちるだけなのに」
「まあな、人に仕事振ってばっかりってあんま印象よくねえもんな」
「まあ、それもあるけど……」
二人の目がこちらに向けられているので、交互に目を見ながら話す。
「自分しか出来ない仕事って、それを持ってるだけで価値があると思うんだ。
その人がいなくなればその仕事を代わりに出来る奴がいないってことだろ?
それはそれは重宝がられるはずだ」
「確かに……」
高橋が微かに相槌を打つ。
「それを人に渡すってことは、そいつがいなくなっても困らないようになる。
それって存在自体を薄めるような気がして。
仕事を渡すと価値が落ちるような感覚になるんだよな、最近。
前回頼まれた仕事してる時に思ったんだよ。
『あれ? この仕事、俺がするならこの仕事をしてた人間はいらなくなるな』って」
「なんか成長してるな〜」
それまで黙って聞いてた阿部が感心を口にした。
「もっと若かったら、も少し覚えもいいかもしれないんだけど、ちゃんと仕事やれるか不安はある……
あ!年齢で思い出したんだけど!」
「ん? 何?」
「俺が中学の時、うちの親一緒に布団に入ったり、風呂に入ってたりしてたんだけど……」
「え……見ちゃった?」
阿部が引き気味に言ってくる。
「いや、実際ヤってんのは流石に見てないんだけど、
こんなジジイとババアになってもヤるんだーって
思ってた」
「そういうの冷静に考えんのが成瀬らしいよな」
高橋も会話に入ってくる。
「最近、それ思い出して恐ろしいことに気付いて……」
「え! 何? ホラー的な!?」
「うちの親、20代前半で結婚してたから、
中学の俺がジジイと思ってたのが、今の俺たちの年齢なんだよ!!」
「怖っ!!」
阿部が笑いながら驚いているのが面白い。
「ヤるよな〜この年齢なら流石に。
むしろ子供たちいたから、うちの親我慢してただろうな〜……」
「確かに……」
二人が同意してくれるので満足感がある。
どうでもいい話でも聞いてくれる奴らがいるのは単に嬉しい。
「あ! それよりさっきの件だけど!」
高橋が現実に引き戻しに入る。
「ちょっと業務渡しすぎの部分もありそうだから、俺の方でも内容見てみるわ。
同期とか関係なく、営業所内で残業量の偏りが出てくるのは見逃せないから」
阿部が感心した顔で高橋を眺めているのに気付いた。
「どうよ、俺のボスは。気配り出来る上に仕事デキるんだよ〜」
「いいな〜……俺も高橋の下で働きたいな〜
優愛もいるしここに異動希望出そうかな〜……」
「それもう何だかんだ言って優愛ちゃん目当てなだけだろ」
思わずツッコんでしまい軽い笑いが起きる。
この心地良い空気感に癒されるのを感じる。
分かち合う仲間がいるのは有難い。
「てかお前、今、優愛ちゃんって言った?
いつもそう呼んでんの?」
阿部の眼差しが突き刺してくる。
怖い怖い怖い怖い!
ちょっとした一言が命取りになる!?




