新人指導
高橋に所長室に呼ばれた。
珍しく俺の分のコーヒーも用意してある。
なんだろう。変な静けさを感じる。
「まあちょっと座ってくれ」
高橋がソファに腰を下ろしたので真向かいに同じように座る。
「何? 話しづらいこと?」
「え? ああ、ちょっと……」
プライベートのこと?
いや、こいつがわざわざ仕事中にプライベートの話をするため呼ぶ訳がない。……じゃあなんだ?
少しの沈黙を置いて高橋が口を開いた。
「新人指導をする気はないか……?」
「新人指導……、一対一の……?」
「ああ……」
新人指導という言葉だけで胸が痛くなる。例えとかでなく本当に痛みを感じる。
入社三年目のあの件以来、新人の指導者になることを拒んできた。理由が理由なだけに誰にも強要されることなくここまでせずに来た。
「本来、副所長という立場ですることは異例なんだが出来そうな奴がいなくて……」
「何か問題がある奴ってこと?」
「問題というか……渡瀬部長の子供だ」
「え!? 渡瀬部長の子供なら相当優秀なんじゃ……」
渡瀬部長とは時々やりとりをしているし、前回も助けてもらったようなもの。
そう言えば子供がいるって聞いたことがあったような……
「部長の子供となるとみんな首を縦に振らないんだよ」
「そうか……」
高橋がひとくちコーヒーを飲みながら話し出す。
「あれから10年。どうだ? またやってみる気はないか?
新人の為だけじゃなく、お前にもいい機会だと思うんだが……」
高橋の為にも二つ返事で承諾したいが……
心が重くなる。あの時のことが鮮やかに蘇る。
俺に出来るか? また同じことが起こったら……?
言葉を発することすら憚られる。
「ちょっと考えさせてくれ……」
足取り重く所長室を後にした。
――――――
翌日、高橋に返事をするため所長室の戸を開けた。
阿部の話している声が聞こえてきた。
ソファに座っている阿部が振り返った。
「成瀬〜最近会ってなかったな〜」
「阿部が来るなんて珍しいな、なんかあったのか?」
高橋がソファの方へ移動しながら答える。
「ないない。ただ妹を見たいだけだろ、シスコン兄さん」
「まさか! 俺がそんなことの為に来ると思うのか!? そんなの公私混同だろ?!
……で? 優愛は?」
「やっぱ見に来てるじゃねーか!」
「優愛を見に来たんじゃない!
通りかかったから寄っただけだ!」
「成瀬、何か用事あったんじゃねえの?」
高橋の言葉で大切な用を思い出した。
とりあえず阿部の横に腰を下ろす。
「昨日の新人指導の件なんだけど……」
高橋も真向かいに座ったので話し始めようとすると阿部が口を開く。
「あ、俺いていいの?
出たほうがいいなら出るけど……」
「いや、大丈夫……」
「成瀬がいいなら出なくていいよ」
高橋が穏やかに答えた。
改めて話し始める。
「やってみようと……思う」
「そうか!」
俺の答えが意外だったのか、高橋が目を見開き笑顔を見せる。
「え? 新人ってもしかしてあの……?」
阿部が俺たちを交互に見ながら言ってくる。
「知ってるのか?」
「今度ここの営業部に配属されるのは一人しかいないし……」
阿部が口籠るのが気になった。
「何? 何言いかけた?」
阿部が高橋の方を見て目配せをしているようだ。
何か言いたそうな表情を浮かべる。
「え! 何だよその態度! 気になるじゃねえか!」
阿部が観念したように口を開く。
「結構厄介な感じなんだよね……」
「え……どんな風に……?」
「俺、新人のオリエンテーションもやるからさ、一応全員と顔合わせするんだよ。
でも多いから全員の顔や名前は覚えきれないけど、
こいつは覚えてる。
まあ、部長の子供ってことで目立ってるとこもあるけど」
「で?厄介な理由は?……」
今話してくれた内容は、具体的な理由になってない。
高橋が口を挟む。
「いいんじゃないか、聞かなくて。
聞いたらそれを意識してしまうだろ?
お前の目で純粋に判断した方がいいと思うけど」
「まあ……確かに。先入観あると正しく見れないこともあるし。
相手の悪い話聞いた後に相手を見ると好感度が下がるってデータもあったよな……」
でもここまで厄介だとか言われれば、理由言われなくても言ったようなもんな気も……
「今のお前は10年前のお前とは違う」
高橋の言葉に心が強化されるような感じがする。
「優愛は経理だからそのままここに配属されたけど、営業部はそれぞれやり方あるから、色んな営業所行かせて合った所に最終配属にするからさ、
無理だったら言ってよ。本部で引き取るから。
本部だって人手不足だから、人事でも経理でも配属先はあるんだよね〜」
阿部の言い方で優しさが伝わってくる。
昔のことを知っているので無理はしないでいいということだろう。
「それより成瀬〜、こいつの話聞いてやってよ〜」
高橋が話を逸らしてくれるのもありがたい。




