業務範囲外
営業所再開をする際、全員が戻ってきた訳ではなかった。異動先の居心地が良くなり、そこで勤務することを希望する者もいたからだ。
その為、数人の新しい社員を募集したり、他の営業所から異動を募ったりした。
事務に新しい社員が他の営業所からやってきた。
主任という位置で事務の責任者という立場になる。
30代半ば、背が低めで眼鏡をかけた細身の男性、立石。いかにも真面目そうな見た目。
俺は、この男の笑顔を見たことがなかった。
「成瀬さん、お仕事中すみません」
気づくと俺の椅子の横に立石が立っていた。
気配がなさ過ぎて驚いたが、もちろん顔に出さないで対応する。
「なんですか?」
手を止め顔を見上げる。
数枚の書類を手に持っているのが見えた。
「この書類ですが、今度から成瀬さんに入力してもらっていいですか?」
とりあえず書類を受け取る。
「営業部の一ヶ月分の立替金?」
「そうです。営業部の方々が自費で購入された分の請求です」
「え? これ俺が全部入力するってことですか?」
「はい」
今まで立替えた分はレシートや領収書を請求用紙と共に事務担当に渡すだけだった。入力など不要だ。
「これ事務の仕事じゃないんですか?」
「今までやっていましたが、成瀬さん副所長なのでして頂きたいのです」
「これは高橋も副所長の時にやってたってこと?」
「いえ、ずっと事務がしておりました」
表情を変えることなく淡々と話していく様子にロボットの様だと思ってしまう。
「何でいきなり俺がすることになったんですか?
副所長業務じゃないってことだよね?」
「事務員の残業を減らすためです」
は? 何言ってんだこいつ。
事務員が残業減ってその分俺が残業する形になるよな?
自分たちが楽するために、関係ない誰かに負担を渡してるだけじゃないのか?
俺がどう返そうか考えていると先に口を開かれる。
「出来ないならいいですよ」
カチンとくる言い方。
煽っているとしか思えない。
そうだ、言い方なんだ。最初からこいつの敵対的な言い方に腹が立つんだ。
「申し訳ないですが、お願いできませんか?」のような言い方なら、多少の負担を請け負ってもいいと思える。
だがこいつは違う。
どこか上から目線で、してもらって当然という雰囲気で接してくる。
「いや、出来ないとは言ってない」
本当に腹が立つ。
そして、小さなプライドが『出来ない』とは言わせてくれない。
俺の返答を待ってましたとばかりに、パソコンを使いどういう風に処理すればいいかを雪崩のように説明される。
特別な操作は必要ない。入力すればいい。
だが、営業部の全員分を一ヶ月分となると簡単にはいかないだろう。
「では今月からお願いしますね」
そう言い捨て去ってった。
はあ!? 今月ってまだ5日しか経ってないんだぞ!! ほとんど俺がするってことじゃねえか!!
苛立ちを抑えきれそうにないので喫煙所に行くことにした。
一服すると少し落ち着いてくる。
身体に悪いと言われるが、なかなかやめれるものではない。
そして、一人になるとどんどん考えが溢れてくる。
営業所再開してまだ日も浅い。やるべきことがあるというのに追加業務か? 畑違いも甚だしい。
こんなの事務業務だろ!
じゃあ俺が事務仕事する間、代わりに営業に行くのか!? 行くわけないよな!?
「くそっ……」
その時、高橋が喫煙所に入って来た。
俺の様子を見て来たのか、偶然かはわからない。
「よう。いつになく不機嫌だな」
「え? 顔に出てた?」
「いや顔には出てない。
喫煙所への足取りでそう思っただけ」
隣に腰を下ろしながら高橋が答えた。
「さすが……。でも足取りでバレるなんて俺もまだまだだな……」
「何かあった?」
高橋に今の出来事を簡単に聞いてもらう。
「え? それ事務の仕事だろ」
開口一番に言われる。
「だよな〜……やっぱお前もそう思うか……」
高橋が煙を吐きながら俺を見る。
「最近お前、残業どう?」
「再開直後は結構多かったけど今は落ち着いてきた感じかな」
「そこだよ、そこに目をつけられたんだな。
事務が俺たちの残業時間も管理してるから、
それに気付いてお前に頼もうと思ったんだろ。
お前なら断らないと踏んでたのかもな。
あいつ、あれで結構周り見えてるから」
「マジかよ……でも凄いな」
「ああ、営業部のことまで見てるなんてな」
「いや、凄いのはお前だよ。周りまで分析して、
こうやって俺の話聞きに来てくれて」
高橋がハハッと笑う。
「いや買いかぶり過ぎだって。
俺は煙草吸いたくなって来ただけ」
そして続ける。
「俺が言おうか? 事務の仕事だろって」
「いや! それは大丈夫。
やってみる前から出来ないって言いたくねえし」
その続きを高橋に先に言われる。
「出来ないって言えないしな〜
わかるよ、俺も同じタイプだから。
でも無理と思ったら抱え込まんで言ってくれよ。
断る以外のいい解決策を一緒に考えるから」
「マジでお前いい男だな。お前には敵わんよ……」




